ついに完結!『さよなら絶望先生』(久米田康治/講談社)第三十集刊行です。はちゃめちゃブラックジョークラブコメディが、まさかの畳み掛けで全てを完璧に終わらせてしまいました。笑っていたすべたのことの真実を見られるこの最終巻、ぜひ!
エキサイトレビュー

ついに久米田康治の和風ブラックジョークマンガ『さよなら絶望先生』が完結しました。
写真は、『さよなら絶望先生』第一集と最終巻の表紙です。
16集まで絶望先生が表紙で、17集から29集はクラスの少女達が表紙でしたが、一周して絶望先生が同じようなポーズで戻って来ました、喪に服しながら。

幾度もアニメ化されている作品、内容をおおまかにご存知の方も多いでしょう。
自殺しようとばかりする超ネガティブ教師、絶望先生こと糸色望。
ちょっと電波が入ってるんじゃないかというレベルのポジティブ少女、風浦可符香。
その他、きっちりしていないと気が済まない猟奇少女木津千里、絶望先生をつけまわすストーカーディープ恋愛少女常月まとい、DV疑惑のあるしっぽ大好き包帯娘小節あびる、被害妄想ならぬ加害妄想に襲われていつも謝っている加害妄想少女加賀愛、学校に引きこもる少女小森霧、カップリング大好きBL少女藤吉晴美などなど……。
個性的すぎるメンツが集う学園黒コメディでした。キャラ人気も男女ともに高いです。
作者の久米田康治は時事ネタを得意としており、全編にわたってネタ満載。コマ一つ一つまで最新のニュースネタを、ギリギリ危ないラインまで攻めるのが魅力の一つな作品でした。
結構際どいネタを毎回突っ込んでくるので、こっちがハラハラするくらいでした。

ところが以前も書きましたが、第二百九十二話で、まさかの「あと10かい」宣言
空前絶後の、単行本まる一冊カウントダウンマンガになりました。えーっ、どうすんのこれ!?
最終巻30巻はちょうど「あと10回」からスタートしています。
いい意味のマンネリパターン化ギャグマンガになってくれそうだったこのマンガ。どのようにして畳むのか、この一冊で見ることができる恐ろしい最終巻なんです。
作者が以前描いていた『かってに改蔵』も、ギャグ漫画なのに、心に大きく傷を付けるようなとんでもないラストを迎えたので、読者としてはある程度覚悟はしていましたが、あらゆる設定全てを拾ってしまったからびっくり。

このマンガは基本的に絶望先生と風浦可符香の凸凹なやりとりと、クラスの生徒から思いを寄せられる(ただしヤンデレ気味に)ハーレム型ラブコメディです。
ところがこの巻ではっきりこういう言葉が出てきます。
「風浦可符香という人物は実在しません」
なんだと……じゃあいままで僕らが読んでいた、ヒロインの少女風浦可符香は一体だれなんだ?

これについてはぜひ本を読んでみてください。
絶望先生は何をし続けていたのか。
あのドタバタラブコメを繰り広げていたクラスメイトは誰だったのか。
絶望先生の家族である糸色倫や糸色命は一体なにものなのか。
男子生徒たちは一体なんのために出てきていたのか。
風浦可符香とはなんだったのか。
破天荒なコメディだった作品が、この最終巻を読むことで一気に見え方が変わります。

なにがすごいって、めちゃくちゃなギャグ漫画に見えていながら、実は第一集から解答の伏線がはられていたこと。
例えば、風浦可符香が出てくる場合、誰か他の女の子が一人の様子がちょっと変わっている。
例えば「赤木杏」という少女が出てくる回には、絶望先生が出てこない。
例えば、クラスメイト全員が絶望先生に思いを、不自然に寄せはじめる。
それどころか第一集一話の「出会ってはいけない二人が出会ってしまった」という文章、可符香の歌う歌詞付きトロイメライなど、すべてがエンディングのために準備されています。

これを久米田康治は「『最初から狙ってました!!!』と…。いや…これじゃまるで狙ってなかったみたいじゃないですか? 一応本当に最初から考えていたんです。こういう疑念を払拭するために連載においては、初回に決めたオチを書いて封印してどこかに保管しておいて欲しいんです。初回文書です。」と自虐ジョークでまとめています。
基本オムニバスのギャグ漫画なのでどこから読んでもいいのですが、それでも『さよなら絶望先生』は第一集から順に読んでいただきたい。
そんな時間ないさっさと読みたい!という方はこの最終巻から読むといいと思います。
そうしたら第一集から読みたくなるはずですから。

この作品の最終巻を強くおすすめしたいもう一つの理由は、ハーレム物に対する一つの痛烈な解答が取り扱われているからです。
アニメマンガラノベゲームで、主人公のことをみんな女の子が大好きで「かんべんしてくれよ〜☆」という作品、いっぱいあります。男の夢です。夢だからしかたない。
しかしそれは現実的にもし叶えるならどうすればいいのか。本当の純愛とはどういうものなのか。ハーレムの中で純愛は貫けるのか。
それが連書き下ろしで描かれます。今のマンガ文化に対して、純愛の解を投げつけてきているんです。
ハッピーエンドなのか、バッドエンドなのかも読む人それぞれなはず。
久米田康治は「最終巻にもバス停を4つ用意しました。どこで降りても最終回っぽい作りにしました。マルチエンディングでなく一本道ですが、降りるところは選べます。鬱エンドとハッピーエンドを交互に躁鬱を繰り返すように作りました。どこのバス停で降りても構いません。」と語っています。
確かに第二百九十八話からの4話はすべて最終回っぽくなっており、鬱エンドとっても、ハッピーエンドととってもいい構造になっています。オムニバスであることを逆手にとってエンディングを何通りも用意する、というのもマンガではほとんどない試み。

ファンならもちろん必見の内容ですが、そうではない人でもマンガの描き方としてかなり特殊で楽しめるはずなので、ぜひ手に取って読んでみてください。
ぼくは好きすぎて、毎週読みながら吐きそうになっていましたが、今はこの最終巻を手にして成仏寸前でございます。
絶望という名の希望、しっかり残っています。
(たまごまご)

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