「いつかはバルセロナでプレーする――」。

 そう心に決めて海を渡ったのは、思いもよらない“辺境の”ポーランド。その後、移籍したベルギーの名門チームでは10番を背負い司令塔として君臨。チームは現在、優勝争いの真っ只中だ。欧州での活躍が認められ、日本代表でも3月の欧州遠征で10番を背負ったが、ハリルホジッチ前監督の突然の解任で、自身初のW杯行きに暗雲が立ち込めている。

 W杯開幕まであと1か月、彼は今、何を思うのか? 飛躍を遂げたベルギーの地で直撃した。

◆日本代表の新“10番”はロシアの地を踏めるのか?

――今冬にベフェレンから同じくベルギーの強豪アンデルレヒトへ移籍したことは話題になりました。

森岡:ベフェレンという小さな街のクラブからベルギーの首都ブリュッセルのアンデルレヒトに来て、家族も喜んでいます。街やクラブの規模をはじめ、やっているサッカーもチームで求められる役割も違うので、移籍当初は戸惑いもありました。(加入後は1分け2敗と)勝てない時期もあり、プレッシャーの受け方もこれまでと違いましたから。ただ、もうだいぶ慣れました。アンデルレヒトはトレーニング環境がいいのはもちろん、練習からレベルが高く、いまは優勝プレーオフの真っ只中。プレーオフで2位以内に入れば来季のチャンピオンズリーグの出場権が得られますし、1試合の勝ち負けで優勝の可能性が高くなったり低くなったりして通常のリーグ戦とは異なる緊張感があり、充実しています。

――ベルギーでは昨年、同じく日本代表のFW久保裕也選手(24歳・ヘント)がブレイクしました。そこに今季は森岡選手が続き、日本人選手の評価も上がっているように思います。

森岡:裕也は今季もヘントで結果を出していますからね。また豊川(雄太)くんと冨安(健洋)くんも来ましたし、豊川くんはリーグ最終節でハットトリックしてチームを救いました。ベルギー国内での日本人選手の評価は間違いなく高くなってきていると思います。

――ポーランド時代はだいぶ苦労したようですが……。

森岡:ポーランドはただでさえフィジカル重視でラグビーみたいなサッカーをするチームもあるなか、僕がいたシロンスク・ヴロツワフというクラブはそこで降格圏に沈むようなチームでしたから(苦笑)。ホームスタジアムはユーロ2012で造られたので立派でしたけど、冬場はピッチも荒れて、約4万人収容と箱が大きい分、1万人の観客が入ってもスタンドはガラガラ感がありました。それに比べるとベルギーは若くて技術のある選手が多いし、スタジアムは小さいながらも雰囲気があります。すべてにおいて質が違いますよね。

◆海外では数字を残さないと話にならない

――Jリーグの神戸時代は技巧派のMFとしてパスの出し手としてのイメージが強かったですが(Jリーグ通算131試合出場17点。J2含む)、ベルギーでは今季13得点13アシスト(5月7日時点)と多くの得点に絡んでいます。海外に出て、プレーが変わったように見えます。

森岡:海外では、攻撃的なポジションほど目に見えて結果を出さないと自分自身の居場所がなくなってしまいます。だから、その辺の意識はポーランドに行ったときにだいぶ変わりました。日本では、たとえばアシストの前やチームが機能するような動きをしても評価してもらえますが、こっちでは数字を残さないと話にならない。マインド的に、自分をより主張することが増えた気がします。

――神戸時代にはゴール前に飛び込んだり、ヘディングする姿はなかなか想像できなかったですが……。

森岡:日本にいたときはいまより低い位置でプレーしていたこともあって、「繫ぐプレー」に徹していた感はあります。別にゴール前に入ったり、ヘディングが嫌いだったわけじゃないですけど(笑)。

※このインタビューは5/15発売の週刊SPA!のインタビュー連載『エッジな人々』から一部抜粋したものです

【森岡亮太】
’91年、京都府生まれ。’10年にJ1ヴィッセル神戸入り。’16年にポーランド1部のシロンスク・ヴロツワフに移籍。’17年にベルギー1部のワースラント=ベフェレンに加入。1月に同国の強豪アンデルレヒトに移籍。’14年9月5日のウルグアイ戦で代表デビュー。国際Aマッチ通算5試合、無得点。180cm、70kg

取材・文・撮影/栗原正夫