4月15日に横浜アリーナで行われたWBC世界フライ級タイトルマッチで、国内ボクシング史上前代未聞の事態が発生した。

 前日に行われた計量で、王者・比嘉大吾(白井・具志堅)はフライ級リミットの50.8kgを900gオーバーし、2時間後の再計量も所属ジムの具志堅用高会長が「もう汗ひとつ出ない」として放棄、規定により2度防衛した王座を剥奪されたのである。それでも、試合自体はJBC(日本ボクシングコミッション)、WBC、プロモーターが協議し、翌朝8時の計量で4.5kgオーバーの55.3kg以内にリバウンドが抑えられ、健康状態に問題がない場合は決行されることになった。ただし、これも比嘉が勝つか引き分けの場合は王座は空位、挑戦者が勝った場合は新チャンピオン、という従来の規定に沿った変則マッチである。

 比嘉は当日の計量をなんとか600gアンダーでパスしたが、リング上での動きは冴えず、挑戦者のクリストファー・ロサレス(ニカラグア)に打ちまくられたため、9Rでセコンドが棄権を申し入れた。比嘉にとっては初の敗戦で、同時に日本新記録となる「16連続KO勝ち」の夢もついえることとなった。

●転級のタイミングを間違った比嘉陣営

 試合後、世界戦で日本人として初めて計量に失敗した比嘉には、「ライセンス無期限停止」の厳罰が下された。また、制裁金としてファイトマネーの20%が徴収され、具志堅会長らも戒告処分に付された。

 折しも、3月1日のWBC世界バンタム級タイトルマッチで山中慎介(帝拳)と対戦したルイス・ネリ(メキシコ)が前日計量オーバーでタイトルを剥奪され、その後ネリが日本から「永久追放」されるとともにWBCからも「無期限資格停止処分」に処された直後であったため、これは「タイミング的に最悪」(複数の関係者)の出来事でもあったようだ。

 また、関係者間では試合そのものも「中止すべきだった」との声が今も多くあがっている。しかし、テレビの放送枠は決まっており前売券も販売済みで、仮にキャンセルすれば相手選手への違約金も含めて損害額は計り知れない。結局は「半病人のような状態」の比嘉でもリングに上げざるを得ず、そして結果は見ての通りとなってしまったわけだ。

 なお、今回の試合は、村田諒太とのダブル世界戦の枠が空いていたことから、急遽そこに比嘉が入るかたちで決まったものだった。前回の防衛戦からまだ2カ月しかたっていないが、その試合で比嘉は1RKO勝ちしており、ダメージもなかったため、オファーを受けた具志堅会長も「この好調を維持したまま、減量も少ない状態で行える」と踏んでいたという。だが、実際の比嘉は、その後すぐに12kgも体重を戻してしまっていた。

「1カ月前でも8kg、4月3日の公開スパーのときでも、まだ5~6kgオーバー。周囲からは『ちょっとヤバいんじゃないか』という声もあがり始めていた」(関係者)というが、本人やスタッフは直前で「水抜き」(水分を絶つ減量法)を行えばなんとかパスできると考えていたようである。だが、筋肉がさらに増強されていた比嘉の体重は直前でまったく落ちなくなった。つまるところ、失敗の直接的な原因は、単純に「本人の考えの甘さ、周囲の見込み違い」によるものだったのである。

 もちろん、加えて「転級のタイミングを誤った」という事情があるのも確かだろう。比嘉は昨年5月のタイトル獲得時も体重が落ちずパニック傷害に陥っており、2月のV2戦でも脱水症状を訴えている。ジムでも転級を見据えていたさなかであり、その意味でもまさに“余計な1試合”だったといえる。

●日本で「減量神話」が根強い理由

 しかし、今さらではあるが、体力を犠牲にしてまで過度な減量をして階級を落とす意味など、果たして本当にあるのだろうか。もちろん、階級を下げれば体格差からある程度有利になることは容易に推測されるし、「1階級違えば、パンチはまるで違う」ともよくいわれる。

 だが、実際にそれがどの程度試合に影響しているかは計測不可能な上、パンチ力の違いにしても、あくまで選手が受ける“感じ”でしかない。また、体重を上げれば自身のパンチもその分重くなるはずだが、なぜかほとんどの選手はそれを考えないのである。さらに、今は昔と違い前日に計量を行うためリバウンドの差も激しく、実際の体重との関係性も薄れつつある。最近では、なんと1日で9.6kgリバウンドした実例もあるほどだ。

 一方で、日本でも「減量神話」は依然として根強い。特に具志堅会長の世代はそれが強いとされるが、原因は彼らの現役時代に2つの衝撃的な試合があったからだといわれている。

 ひとつは、1978年に55勝(53KO)無敗のバンタム級王者、カルロス・サラテ(メキシコ)が1階級上の王者ウィルフレド・ゴメス(プエルトリコ)に挑み、5回KOで惨敗した試合。もうひとつは、そのゴメスが32連続KO勝利・17連続KO防衛中だった81年に1階級上の王者サルバドル・サンチェス(メキシコ)に挑み、8回KOで惨敗した試合である。

 絶対王者のパンチでも、1階級違えば通用しない――これは当時のボクサーたちの脳裏に刻まれ、半ばトラウマのようにさえなってしまっているという。だが、それらの試合に関しても必ずしも体重差が影響したとは限らず、単なる実力差によるものだったかもしれないのだ。

 いずれにしても、今回の比嘉は大方の予想だった「1年間」ではなく「無期限」の資格停止となったことで、最低でも1年半~2年のブランクをつくると予想されている。また、その先は2階級上げてバンタム級(53.52kg以下)で再起するとも見られている。

 しかし、今後については必ずしも悲観的な材料ばかりではない。比嘉が減量苦から解放され、これまで以上のパフォーマンスを見せることも十分に考えられるし、将来的には、5月25日にWBA世界バンタム級タイトルに挑む井上尚弥(大橋)との“黄金カード”が実現する可能性もある。人間万事塞翁が馬、ボクサー人生においても何が幸いするかは誰にもわからない。

 ゴールデンウィーク最終日の5月6日。比嘉は試合後初めてツイッター、インスタグラムを更新した。一時は「このまま引退するのでは」と心配されたが、友人たちとバーベキューを楽しみながら笑顔でピースサインをするなど、久々に元気な姿を見せてくれた。比嘉はまだ22歳。今回の件を「悲しき終章」とするか、「新生・比嘉」へのスタートラインとするかは、まったくもって彼次第なのである。
(文=河崎恭史/ノンフィクション・ライター)

WBC世界フライ級タイトルマッチに敗れた比嘉大吾選手(写真:山口裕朗/アフロ)