マルセイユの人たちは、極東のから来たアジア人DFの名前を一発で覚えた。

今日は寒いね〜」を意味する“ça caille” 。「サ・カイーユ」という発音するこの言葉は、「サカイ」と聞こえる。だから、みんなのに、酒井宏樹の名前はすんなり入ってきた。

 しかし、このサイドバックプレーは、「寒い」とはほど遠かった。

背番号2』は、毎試合ちぎれんばかりに体をってゴールを守る。ゴールマウスん前に身を投げ出し、相手FWのキックをまともに顔面に受けて流血したこともある。

 そんな「熱い」プレーをする選手こそ、マルセイユサポーターめている戦士だ。かつてこのクラブに所属した、元アルゼンチン代表のDFガブリエルエインセも絶大な人気を誇ったが、マルセイユサポーターはことさら、サッカー界でよく言うところの「シャツを(汗で)濡らす選手」を評価する。この言葉には、文字どおり走り回って汗だくになるということ以外に、仲間のために汗を流せる、労をいとわず身をチームのために投げ出せる、という献身的な意味が込められている。そして酒井エインセ同様、そんなユニフォームを汗みどろにしてチームのために奮闘する選手だ。まだディフェンダーとしての実を図りかねている入団当初から、ファンたちは「サカイチームのために身を粉にしてプレーする。彼はきっとこのファンに気に入られるよ」と印を口にしていたものだ。

 とはいえ、ハッスルプレーだけで人気を保てるほど、このサポーターは甘くはない。チームの勝利に貢献できなければ、々に葬られる。しかし、その面でも酒井は、マルセイユサポーターの厳しい評価をクリアした。

「毎試合、ゴールに直結する好クロスがある」
ストライカーに決定さえあれば、酒井は今ごろ10アシストは記録している」

 これらは、サポーターサイトコメント欄にあったもの。右サイドコンビを組むフロリアン・トヴァンが昨年、フランスのA代表に招集された時に「サカイのおかげ」と礼を言ったのは有名な話だ。

 そして、厳しい分だけとことん人情でもあるのがこのの特徴。同じようにプレッシャーは厳しくても、そこが首都クラブパリSGとの違いでもある。奮闘する酒井を応援しようと、『SAKAI 々の』と日本語で書かれた横断幕がスタンドに掲げられたこともあった。地元記者たちも、マルセイユの大事な戦となった酒井を取材する私たち日本人にも温かく接してくれる。

 酒井マルセイユが合っている理由を、「自分は昔から集中がないので、プレッシャーが多い分限りなく集中させてくれる」と話していた。もちろんそれだけではない。生活面では、こまごまと面倒をみてくれる大家さんをはじめとする周囲の人に恵まれた。気も多く、地中海美しい。そんな心地良い環境の中で家族と営む日常生活にも不満がない。

 酒井にとってマルセイユ私ともに満たされる場所だった。

 そしておそらく、マルセイユの人たちに一番いたのは、酒井のそんな「マルセイユの、クラブも人も好きで好きでたまらない」という彼の全身から溢れ出る思いだ。

 4月12日ヨーロッパリーグ準々決勝セカンドレグ、対ライプツィヒ戦で、酒井は待望のマルセイユゴールを挙げた。その時、彼以上に喜んでいたのが、監督チームメートだった。

 この日は酒井28バースデーでもあった。彼と同じ誕生日で、リュディ・ガルシア監督からお祝いメールをもらったというテレビ局ディレクターは、メッセージに「うちのサカイ今日誕生日なんだ」と書かれていたと笑っていた。ガルシア監督酒井を可がっているのは周知の事実だが、そのディレクターも「どんだけ好きなんだよ!」と思わず吹き出してしまったという。

 このクラブをとことん愛し、自分のキャリアを賭けて全身全霊で挑戦する酒井の姿勢と、プレー妥協はしないが、このクラブのために全を尽くす選手には心から援を送る、というマルセイユ土が、見事にマッチングした。

 これはサッカー界のハッピーマリッジだ。酒井マルセイユの出会いは、運命的だったような気がする。

文=小川由紀子

マルセイユのファンに受け入れられ、良好な関係を築いた酒井 [写真]=︎Getty Images