貧しい移民家庭から実力で米軍のトップ(統合参謀本部議長)にまで上り詰め、政府の要職も歴任した伝説のリーダー、コリン・パウエル。ジョージ・W・ブッシュ政権下で国務長官に就任した直後、パウエルは大統領の初外遊に向けた重要なブリーフィングを、省の高官ではなく若手の実務担当者2人に任せることにした。国務省内は大騒ぎになったが、パウエルにはある「勝算」があった――。

※本稿は、コリン・パウエル/トニー・コルツ著、井口耕二訳『リーダーを目指す人の心得』(飛鳥新社)の一部を再編集したものです。

■「リハーサルもチェックもしない。彼らに任せた」

2001年にジョージ・W・ブッシュ政権が成立したあと、国務省では、初の海外訪問先にメキシコを選び、新しいメキシコ大統領、ビセンテ・フォックスと彼の牧場で会談していただく計画をたてた。話し合わなければならない重要案件は、移民や不法入国、麻薬、貿易などたくさん存在した。

その準備を進めるにあたり、私はブッシュ大統領に対し、「メキシコ関連の案件について概要説明をしたいので国務省まで足を運んでいただきたい」とお願いした。大統領就任後初の国務省訪問で、これが実現すれば部下もやる気が出るはずと思ったからだ。ブッシュ大統領は快諾してくださった。

翌朝、概要説明の進め方を国務省スタッフに説明。大統領への説明は、メキシコ担当の若い内勤スタッフ2名に任せた。内勤スタッフは実務で汗をかく若手外交局員であり、メキシコ国内でなにが起きているのかを一番よく知っているのは彼らだと思ったからだ。大統領が来られたら、私が彼らを紹介する。上席が口を開くこともないし、まして、次官補や次官補代理が口を開くことはない。スタッフが不安げに顔を見合わせたあと、おずおずと質問が出た。

「リハーサルはいつ行えばいいでしょうか」
「彼らが使うスライドはいつチェックされますか?」

「リハーサルはしない。スライドも見せる必要はない」――それが私の回答だった。

もともと私はスライドがきらいだ。パワーポイントなど使わないほうがいい。下級士官ふたりが大統領の向かいに座り、自分が知っていること、大統領が覚えて注意すべきことを話せばいいのだ。

心配はしていなかった。ふたりの担当者には会ったこともなかったし、彼らの名前も知らなかったが、当日までに用意を調えてくれると信じていたのだ。概要説明当日まで、ふたりは必死で働くはずだ。上司にも相談するだろうし、メキシコシティーの大使館にもいろいろと問い合わせるだろう。読めるかぎりの資料も読む。眠れない夜もあるかもしれない。いつもより大きなプレッシャーと興奮を感じるかもしれない。家族はきっと、そのニュースを親戚中に電話するだろう。

■期待にたがわぬ素晴らしい説明

実際、国務省全体が上を下への大騒ぎになった。予想どおりだ。それが狙いだったのだから。

その日がついにやってきた。大統領の一行が会議室に入り、大きな会議用テーブルの片側に座る。1983年にバージニア州ウィリアムズバーグで開催された先進7カ国(G7)サミットで使われた、由緒正しい机だ。各国首脳が座った位置には、それぞれ、座った人の名前を刻んだプレートが取り付けられている。

私は歓迎の意を述べると、国務省幹部に続けて担当者を紹介し、あとを彼らに任せた。もちろん、私の意図は大統領に伝えて了承をとってある。ふたりの担当者は、期待をたがえないすばらしい説明をしてくれた。メキシコ訪問に先立ち、大統領が知っておくべきことはすべて説明。大統領からの鋭い質問に対しても明確な回答を返す。説明が終わると、大統領は大満足で、にっこり笑いながら出席者と握手し、大勢の補佐官を引きつれて帰っていかれた。このあと、担当者ふたりは電話に走り、家に連絡したことだろう。その周りには、どうだったかと興味津々の同僚が事務所中から集まっていたはずだ。

最大の報酬はこのあとだ。

「すごかったぞ! 国務長官はわれわれを信頼してくれている。大統領もだ」

こういう話が光のスピードで国務省内を駆けめぐったのだ。それから10年間で、何十人もの国務省関係者からこの話を聞くことになったほどだ。

■新しいチームづくりは「信じること」から始めよ

新しい組織に着任したら、信じてはならない確たる証拠がないかぎり、まずは、そこにいる人を信じるべきだと私は考えている。こちらが信頼すれば、相手も信頼を返してくれる。互いの信頼は時間がたつほど深くなっていく。私がうまくやれるようにと一生懸命に働いてくれる。恥をかかせないようにと私を守ってくれる。部下が面倒をみてくれるのだ。

なお、信頼関係の醸成など簡単だと言いたいわけではない。大統領への概要説明がめちゃくちゃになった場合は、思ってもいなかったほど深刻な問題があることを意味しており、思いきった対策をとることになったかもしれない。

ただ、私は、新しい組織に着任するときトラブルを想定しないことにしている。前任のリーダーも優秀でできるかぎりのことをしたと信じて着任するのだ。肩をいからせ、刃物を振りまわしながら登場するのはよくないと思う。相手に不安と恐怖心を与え、警戒されるだけだからだ。刀を振りまわす人物は病原菌と認定され、官僚白血球に袋だたきにされるのだ。

■厄介な仕事ほど具体的なディレクションを

やはり国務省に着任してすぐのころ、実戦部隊の将校(次官補)たちに、「米連邦議会へ行って議員と交渉はしたくないと思うか」とたずねたことがある。さっと手があがった。全員だ。それはそうだろうと思う。私にとっても楽しい仕事ではない。だが、やらなければならない仕事だし、私ひとりでは荷が勝ちすぎる。だから、皆にも分担してほしいと頼んだ。

部下の腰が引けているのは、おかしなことを言ってしまって連邦議会や国務省で問題にされたらどうしようと思うからだ。だから、政府の立場は必ず教えるので、その立場を守るようにしてくれとも話した。君たちならできる、信頼して任せる、と。

事前に私に相談する必要はない。自分の判断で議員に会いに行くなり委員会に出るなりして、彼らがなにを知りたがっているのかを確認してくれ。ただ、議員からの質問には、「たずねてくれてありがとう」という姿勢で対応すること。彼らは国民を代表する人々であり、われわれは国民に奉仕する公僕だからだ。なにか問題が起きたときは、全員でなんとかする。われわれはチームなのだから。

もちろん、刀を振りまわさなければならないこともある。

1986年にイラン・コントラでレーガン政権が大揺れとなったとき、フランク・カールッチとハワード・ベーカー、ケン・デューバースタイン、そして私が国家安全保障会議および大統領首席補佐官オフィスと協力し、対策に奔走。事態は収拾できたが、その過程で多くの首を切ることになった。だが、残った人々とはいい関係が保てたし、チームに新しく参加してもらった人々と残った人々も互いを信頼し、レーガン政権最後の2年間を成功に導こうとひたむきに働いた。この目標も達成することができた。

■部下を信頼することが、リーダーへの信頼につながる

陸軍に入隊したとき、私はジョージア州にあるフォートベニングで士官としての基礎訓練を受けた。訓練が終わったとき、私は年上の軍曹からこう言われた。

「パウエル少尉、これで訓練はおしまいです。いいスタートを切られ、成功されることをお祈りしています。今日は、リーダーシップについて、一言だけご忠告申しあげたいと思います。部下の兵たちが好奇心からついてきてくれれば、あなたはいいリーダーということになります。そのうち、生きるか死ぬかという危険な目に遭う日が来るでしょう。そのとき、兵は皆、恐れ、不安にかられています。もちろん、それまであなたが十分に訓練した兵たちですし、やるべきことができるだけの武器や装備も用意されています。そのとき兵たちは、あなたがどのような方法でこのめちゃくちゃな状況から自分たちを救ってくれるのかを知りたいと思い、最後まであなたと行動をともにするのです」

軍曹は好奇心という言葉を使ったが、あれは信頼についての話だった。部下は、リーダーを信頼するが故についてくるのだ。リーダーを信じているから、自分たちがしなければならないことを信じているからついてくるのだ。

だからリーダーは、常に、チーム内に信頼関係を築くことを念頭に動かなければならない。リーダー同士の信頼、部下同士の信頼、そして、リーダーと部下のあいだの信頼を築かなければならない。そして、そのような信頼は、他人を信頼する無私のリーダーからしか生まれない。

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コリン・パウエル(Colin Powell)
1937年、ニューヨーク市生まれ。ニューヨーク市立大学卒、ジョージ・ワシントン大学大学院修了。1958年にアメリカ陸軍に入り、2度にわたってベトナム戦争に従軍。レーガン政権で国家安全保障担当大統領補佐官を務めた後、ブッシュ(父)政権下の1989年、米軍制服組トップの統合参謀本部議長に史上最年少で就任、湾岸戦争などの指揮を執った。2001~05年、ブッシュ(子)政権の国務長官。現在は政界を引退し、バージニア州在住。

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米上院歳出委員会での証言を前に微笑む、国務長官当時のパウエル(2003年、写真=AFP/時事通信フォト)