17歳の女子高生が45歳の中年男性に恋をする。
それだけ聞くと全世界を敵に回すような、ここ最近のワイドショーを賑わす下世話な話題を思い浮かべる。
しかし、年の差の恋に悩む女の子のありふれた恋愛映画には決して収まらない。
あきらと近藤の互いの夢と挫折を丁寧に切り取ることで、「頑張れない」人々の心に寄り添う純然たる日本映画が生まれた。

 眉月じゅんによる大人気コミックを『世界から猫が消えたなら』『帝一の國』などの永井聡監督が、小松菜奈と大泉洋を主演に迎えて実写映画化。
磯村勇斗、葉山奨之、松本穂香といった今後活躍が期待される若手俳優や、大泉とともに演劇ユニットTEAM NACSに所属する戸次重幸らが脇を固める。

小松菜奈と大泉洋の絶妙なキャスティング



 この二人が主演でなければ絶対に成立しないだろう。
その細くて長い四肢に男女問わず憧れの的である小松菜奈が、青春の光と闇を纏ったその鋭い目つきから、あきらのストレートな感情を全身で表現する。

 近藤という二枚目俳優が演じるとまるで意味が変わってしまう難役を、大泉洋が持ち前の愛嬌で絶妙な情けなさややるせなさで体現する。ユーモアに振り切らず、人生が半ばに差し迫った哀愁を自虐的に捉える姿から、あきらが恋に溺れる理由が少しは理解できるかも知れない。

 小松菜奈の醸し出すどことなく一匹狼的なオーラが、絶対的な心のバリアで他人を寄せ付けないあきらにふさわしい。その一方で、誰をも受け入れるような大泉洋の親しみやすいキャラクター。そのバランスが絶妙なキャスティングで成り立っている。

 恋が成就するために、カプセルトイを求めてガチャガチャの前に座り込んだり、ダサいTシャツ姿のまま街で近藤に遭遇してしまったことを恥じらったり。あきらの一途な想いによる一挙一動が痛々しくも可愛らしい。そして、その想いの陰にあるあきら自身の挫折感によって物語が大きく揺れ動いていく。

その恋は自分自身と向き合うために



 アキレス腱の怪我で陸上の夢を諦めざるをえなくなったあきらと、小説家への道を挫折して冴えないファミレスの店長をしている近藤。離婚して父親が不在の女子高生と、バツイチで息子と離れて暮らしている中年が、互いに欠けたものを補うことで恋愛や友情だけでは測り切れない関係を育んでいく。

 二人は人生を雨宿りしている。でも、きっといつか雨は上がる。それぞれが向き合うことで、自分自身の人生とも向き合っていく。そんな二人の姿を丁寧に切り取ることで、あきらと年齢がほど近い鈴木瑛美子が歌う主題歌の『フロントメモリー』(神聖かまってちゃん)の歌詞の通り、頑張りたくても「頑張れない」人々への応援歌のように観る人の背中をそっと押してくれる。

 時に一つの傘に入り、時に傘をさし忘れる二人がやがて同志のような熱い絆で結ばれることで、観る人それぞれがかつて思い描いていた「なりたい自分」と見つめ合うことができる。

 スクリーンが幕を閉じると恋愛映画を観終わったというより、人生の選択肢がふとした瞬間に蘇るような、生活の中でどこか雨が上がったような感覚に陥る。
青春の瑞々しさに年齢は関係ない。いや、ちょっとは関係あると思うけど、ブザマでもダサくても自分の人生を生きるための生活必需品がここにある。

ストーリー

 高校2年性の橘あきら(小松菜奈)はアキレス腱の怪我で陸上の夢を絶たれ、偶然入ったファミレスの店長・近藤(大泉洋)に優しさに触れたことをきっかけにその店でアルバイトを始める。

 バツイチで子持ちの45歳中年の近藤に、あきらは密かに想いを募らせていく。近藤もまた小説家の夢が破れ、息子と離れて暮らす生活に少なからず虚しさを感じている。

 やがてあきらは想いを抑えきれず近藤に告白するが、近藤は彼女の真っ直ぐな気持ちを受け止めることができないでいる――。

5月25日(金)、全国東宝系にてロードショー

監督:永井聡
キャスト:小松菜奈、大泉洋、清野菜名、磯村勇斗、葉山奨之、松本穂香・山本舞香、濱田マリ、戸次重幸、吉田羊
原作:眉月じゅん『恋は雨上がりのように』(小学館「週刊ビッグコミックスピリッツ」連載)
配給:東宝
2018年/日本映画/114分
URL:『恋は雨上がりのように』公式サイト

Text/たけうちんぐ

©2018 映画「恋は雨上がりのように」製作委員会 ©2014 眉月じゅん/小学館