女王蜂の3年ぶりのシングル作品となる「HALF」は、アニメ『東京喰種:re』のエンディングテーマ曲として、現在大絶賛オンエア中。ずしっと重みがありながら、軽やかにとどめを刺すような最新型のスタンダードだ。その「HALF」と背中合わせ的なカップリングの「FLAT」は、本当は誰かに打ち明けたいけど誰にも言えないままの想いを抱える、世界中のどこにでもいるあなたへの1曲。この2曲が刺さらないわけがない。
2年前に初めて女王蜂のライブを観た時の衝撃はいまだに鮮明で、人間の性や過ちや歪みやとりあえず知っている限りのしがらみや鎖を全部断ち切るだけの力を満々とたたえた、決して怯まない戦いの歌を4人は鳴らしていた。胸がすくほど爽快で、いびつなところも全部ひっくるめて、まるで「自分のままでいい」と言ってもらえたような解放感をあの夜のフロアで味わった。自分の目で見たことと目の前で起きたこと、それこそが疑いのない真実で、それはライブも作品も同じ。あの夜から幾重にもアップデートを重ねている女王蜂を体感したくてライブが待ち遠しい。そして、ありったけの情熱を注いで産み落とした新曲「HALF」を通じ、自身の表現の核についても語ってくれたアヴちゃん(vo)の言葉をひとつも漏らさずここにとどめます。

女王蜂 アヴちゃん 撮影=森好弘

女王蜂 アヴちゃん 撮影=森好弘

●聴く人が音楽を選ぶのはいいけど、聴く人を選ぶ音楽って違うと思う●

――昨年リリースしたアルバム『Q』は、ポップで踊れるアルバムでもあり、同時に自分自身がえぐられるようでもあり、さまざまな感情が喚起される作品でした。ひとつ思い出したのは、自分は中学の時にプリンスの『パープルレイン』を聴いて性やタブーを超越するプリンスの表現に衝撃を受けたんですが、それと同じぐらいの破壊力を初めて女王蜂のライブを体験した時に感じました。ただ『Q』はあまりに威力がありすぎて、ちょっと距離を置きたい時もあるぐらいです。

嬉しいです。作り手として最高傑作と謳っている限りはそういうものを作らないと、と常に思っているし、最高を更新することって当然のようでいて簡単なことではなくて。たとえば、“このお店の味は何年も変わらず美味しい”と言われているお店は、確実に味をアップデートし続けているから売れ続けているんだろうし、野球選手でも、試合に出続けたいのであればフォームを変えていかないと同じ打ち方をしていたら攻略されてしまいますよね。私たち自身がアップデートしていくことをすごく大事に考えているし、『Q』は当時の最高傑作を作れて、それを一年経っても新鮮な気持ちで聴いてもらえるのはすごく嬉しい。世界中にあらゆる音楽があふれているけど、アルバムという作品自体はとても少ないと思うんですね。前にプリンスがグラミー賞の授賞式でプレゼンターとしてスピーチした時に、「みんな、アルバムって覚えてる?」と言っていたのが印象に残ってるんですね。プレイリストじゃなく12曲、13曲で1枚の作品であるアルバムを聴いたことがあるか、と言っていると私は解釈して、すごく「わかる!」と思って。私もアルバムを作りたいから。

――今回のシングル「HALF」は、さっきのアヴちゃんの言葉を借りればまさにアップデートされた作品で、シングル作品ですが『Q』に匹敵するほどの威力もメッセージもある1枚です。

やったー! 女王蜂は強ぇなぁ!

――「HALF」は曲が始まった瞬間の音の圧がとてもヘヴィで、ずしっとくる手ごたえがありながらとても軽やかなんですよね。

ヤンキーですね。ヤンキーって重厚かつ軽やかでしょ。前作の時にも話してたんですけど、私もドン・キホーテに行くしアニメイトも行くしギャルいし、「イェ~」って言いながらプリクラも撮る。素敵なことっていっぱいあるし、そんな中で楽しく素敵に自分を表現したい。重くもあるし軽やかでもある、そういうのが好きですね。

――以前、『金星 Feat.DAOKO』について「ドン・キホーテで買い物をしている高校生にも聴いてほしい」と言われていましたね。

そう。要は、聴く人が音楽を選ぶのはいいけど、聴く人を選ぶ音楽って違うと思うんですね。自分たちの表現もどこかの場所や店舗だけで限定的に扱われるのもメジャーでやっている以上は違うと思っていて。だから、今回アニメイトに「HALF」が置かれる事態はアニヲタからするとたまらないんですよ。今のご時世ってみんながプレイリストを作るDJ文化でもあるし、写真も自分で簡単にレタッチできちゃうデザイナー文化だと思うんですね。そういう中でも、お金をかけてアルバムを作ったりライブをしたりということはなくならないわけだから、だったら自分が本当にいいと思うものを作っていきたい。そこを戦ってるヤンキーです。かつギャル、かつヲタです。

――女王蜂の音楽にはダンスやポップなどたくさんの武器がありますが、「HALF」は今まで以上にドープで、ヒップホップの影響も色濃く感じます。

ドープって言葉は嬉しい。書いといてくださいね、「女王蜂、超ドープ。ヤベェ!」みたいに。

――はい。

この曲は、特に詞が気に入ってます。

女王蜂 アヴちゃん 撮影=森好弘

女王蜂 アヴちゃん 撮影=森好弘

――この歌詞は、『東京喰種:re』のテーマ曲の依頼がくる以前に書かれていたものだったとか。

そう。もともとハーフって言葉が好きじゃなくて、「どことどこのハーフ?」とか「お父さんはどこの人?お母さんは?」って何度も聞かれてきたし、他のみんなは「どこ出身?」って聞かれて終わるところを、なんで私はこんなにアイデンティティを聞かれないといけないんだろうって小さい頃から思ってて。面倒くさくなってきて、「知らない~」とか適当にやりすごしてたんですけど、決して半分(=ハーフ)じゃないし、かといってダブルでもない。アイデンティティなんて別にいいじゃん、人に聞くことじゃないじゃんって思っていて。そんなことを聞かれたくないからこういう仕事をしてるんだし、という気持ちもある。そうやって生きていて、ある日、「簡単な英語しかわかんない。HALF」って思った瞬間に「できる!」ってガーって歌詞が書けた。最初にスタジオで歌った瞬間に、なんて大きい曲ができたんだろうって思いました。妹(ルリちゃん)が最初に聴いた時、「この大きさ、スタジアムやん」って。スタジアムが見えるぐらい大きなものが解き放てたのかなって。それは嬉しかったですね。

――すごく素敵だなと思うのが《生まれてみたいから生まれて来ただけ》という歌詞。これまでの作品でもそうですが、アヴちゃんは潔いというか、周りのせいとか他人のせいにしないんですよね。

しないですね。異常なぐらい。誰かのせいにはしたくないとか、いじわるなんかじゃ止まらないとか、笑わせたいのにそう出来ないとか、誰のせいでもない辛さというものは自分が書かなきゃいけないと思ってます。書ける人は少ないと思うんですよね。例えば、女の子に生まれたかったとか、男の子に生まれたかったということであれば、身体の問題だけなら好きにすればいいけど、本来は本当の自分に戻るためにやるわけですよね。だから「私は戻りました」と思えるかどうかが大事なんだと思う。これは性別間の話だけど、すべてに対してそうだと思うんですよ。別に4オクターブなんて誰だって訓練すれば普通に出せると思う。それは才能じゃなくて訓練だから。

女王蜂 アヴちゃん 撮影=森好弘

女王蜂 アヴちゃん 撮影=森好弘

――なるほど。

やる気になればなんだってできると思うんですよ。ただ、認めること。「私はこうなのだ」って思い込むことなんてどうでもいいじゃないですか? 自分が納得できて、人に迷惑さえかけなければ。そういう観念で私は生きてるんですけど、それってめちゃくちゃスーパードライな考え方だと思うんですね。熱い考えだけど、ちょっと渇いてる。だけど、女王蜂を支持してくれている人の中には、私みたいに渇いていないウェットな人もいるし、多少神格化されちゃってる部分もあるとしたら、それは歌詞にしているから。優しさっていうのは、歌で初めてにじみ出るものだと思うんですね。「FLAT」にしても歌詞だけ読んだらキレ倒してますよね。

●情熱がない表現は意味がないと思うし、何をするにしてもやっぱり情熱がいちばん大事だと思う●

女王蜂 アヴちゃん 撮影=森好弘

女王蜂 アヴちゃん 撮影=森好弘

――キレてますね。でも、歌は優しい。FLATとHALFって字面も似てますね。

双子なんです。その2曲はほぼ同時にできたんですよ。そういうパターンは結構あって、時間差で発表したりもするけど、今回は2曲同時に出してみました。「HALF」という曲が浮かんだ時に、“じゃあ「FLAT」って曲もなきゃ”と思ってキレ倒しました。

――「HALF」の“もうカッコつけてくしかないじゃん”のところは何度聴いても胸にこみ上げるものがあります。虚勢を張っているわけじゃないけど、弱みを見せるわけにはいかないと思っている自分に“泣いてもいいんだよ”と言ってくれているような歌の優しさを感じます。

いろんな受け取り方ができればいいんですよね。「東京喰種:re」のエンディングで流れている時にアニメの可愛い絵がついていて、そうかと思えばドラスティックに終わる放送回もあるので、「この人たち仲良さそうにしてるけど実は……?」っていう受け止め方もあっていい。どうとでも取れるものというのは女王蜂においては大事なところだと思うし、ドライな人も、「助けて」って思いながらウェットに聴く人も、女王蜂を聴いてどうにか日々を歩いていくという聴き方もあっていいと思う。ドライでもウェットでも、どっちのタイプにも使えなきゃダメだと思うんですね。自分が書く限りは。

――私のようにウェットな女王蜂リスナーもいれば、人によっていろんな響き方、受け取り方をしているんでしょうね。

情熱がない表現は意味がないと思うし、何をするにしてもやっぱり情熱がいちばん大事だと思う。私も情熱を出したいし肯定したい。それは本当に素敵なことだから。情熱があるのとないのとでは雲泥の差で、私も情熱的な人間なんですよね。たとえば情熱を台所のコンロで言えば、弱火にしたり、家を燃やすぐらい強くするとか、それはさじ加減で。それプラス青い炎を手に入れたと思っているんですね。赤い炎の奥でポッと灯っているけど何よりも熱い。それを自分の中に持てているのはよかったなぁって。情熱=体温と感情と、もっと言えば血が通っていることだと思いますね。大事なことは。

――「FLAT」で《どこにもないようなスタンダード》と歌われていますが、それは女王蜂の音楽なのかなと思います。

スタンダード=誰もが知っている、広く知れ渡ってるものなわけだから、《どこにもないようなスタンダード》という言葉自体が矛盾と言えば矛盾なんですけどね。でも、歌詞にある《動き出したら止まんない》とか《カッコつけてくしかないじゃん》とか、今、女王蜂が言いたいことはそれなんだろうなと思う。それを押しつけたくないし、キレ倒したくない。歌詞ではキレているけど、うわぁ~ってそこら中をひっくり返すようなキレ方じゃなくて、「私たちはやるけど?」っていう半ギレの強さというか。

●感謝はいつもセンターにあるけど、その感謝を一瞬で凌駕するだけの情熱がある●

女王蜂 アヴちゃん 撮影=森好弘

女王蜂 アヴちゃん 撮影=森好弘

――アヴちゃんはロックを否定しているわけではないと思うんですが、ダンスミュージックやポップなものと、ロックは違うカテゴリーにとらえられがちで。もしも、ロックは好きだけどダンスやポップなものは聴かないリスナーがいたとして、「HALF」はそういうロックファンにも響く曲であると思います。

あぁ、それは嬉しい。私は女王蜂はロックという自覚は一切なくて、「女王蜂=ロックバンド」と言われると、そうかしら? って正直思うんですね。なぜならロックっていうもの自体が敷かれたレールに対して「てやんでぃ! まっすぐ歩いてやらへんぞ」と抗っているものに思えるから。そのレールもなかった人からすると、「レールを敷いてもらえるってどういうこと?」ってなるし、ドロップアウトとか言うけど、ドロップするものもアウトするものもない立場からすると、よくわからない。立派な学歴がある人がやっていることに対して噛みついているわけでもバカにしてるわけでもなくて、「グレるってどういう意味?」って思う。グレる=まっすぐに育ててもらった上で道を踏み外す、ということですよね。ロックに対しても、たとえば“この衝動が~”とか歌ってるノリと自分はちょっと合わないというか。パンクもグラムロックもわからない。デヴィッド・ボウイは素敵だなと思うけど、自分の好きなものは何だろう? と考えるとそれは女王蜂なので、女王蜂のサウンドになっているもの、女王蜂のサウンドが好きなのかな。

――女王蜂の曲には音楽のジャンルだけじゃなくいろんなものが混在していますよね。

そう。だから、なんとも言えないですよね。面白いなと思うのは、『Q』を出すと「女王蜂らしい」って言われるし、次に「HALF」を出すとまた「今の女王蜂らしさとは?」みたいになる。たぶん次を出せばまたそうなるんだろうし、自分の好きなことを手加減せずにやっていれば、それが女王蜂らしさなんだなって。

――『美少女戦士セーラームーン』の数々の作品や、『DEVILMAN crybaby』でテーマ曲を歌われたり、昨年はバンドで舞台『ロッキー・ホラー・ショー』に出演されたり、いろんなきっかけで女王蜂を知った新しいファンも増えていると思います。

たとえば鳴り物入りでバキューンってデビューして、そのままガーッといく人たちと私たちは違うと思っていて。女王蜂は楽器を始めて1年ちょっとでデビューしちゃって、当時は投身自殺のようなライブでしかお客さんを引き寄せることができなくて、ある日限界が来て大破して活動を休止して。音楽も辞めようと思ってたけど、でも自分の中に滾るものがあったからまた出てきて、CDを出すとか出さないよりも、出さざるを得ないものを作ったからこそリリースがあって。今回の「HALF」ってセカンドシングルなんですよ。9年もバンドをやってて2枚目。でも、女王蜂が9年やってるとか、メジャーに行って7年になるって誰も思ってないんですよね。それはたぶん最強の武器なんだと思う。たぶん女王蜂は永遠に何歳かわかんなくて、若手だからとかベテランだからとかじゃなくて、「あの人たちはいいものを作ってる」とか「おもしろいことをやってる」って見られたらいいと思う。本当は「女王蜂はライブがカッコいい」というところだけ見てもらいたくて突っ張ってきていて、それがちょっとずつ結実してきたかなという実感はありますね。

――現在絶賛全国ツアー中ですね。これからも手加減せずに突き進んでいく女王蜂を見ていたいし、女王蜂を聴くことで自分が解き放たれる快感を味わいたいです。

聴いてくれているファンの人たちはすごい存在で、ものすごくエナジーをもらってる。同時に私たちに違いはなくて、みんな一緒だと思っているんですね。みんな素敵だしみんな最高で、ただ私は手加減できないからしないし、迎合もできない。音楽シーンみたいなものとか学校とかが本当に無理と思って私はバンドを組んだから。音楽とかライブって、解き放ちたくてやっているし、やっぱり私は書かなきゃダメで書かずにいられないから書いてるし、女王蜂があるからやれているところもある。ただ、本当に孤独な作業だと思っていて、でも孤独じゃないのはメンバーが支えてくれているからなんですよね。誰でもみんなどこかで寂しいんだと思うけど、私が大丈夫なんだからみんなはもっと大丈夫なはずだし、聴きに来てくれる人がいるから音楽をやれているんですよね。感謝はいつもセンターにあるけど、その感謝を一瞬で凌駕するだけの情熱がある。女王蜂の音楽は人によっては毒でありクスリでもあると思うけど、作った本人にまず効いているし、自分にとって毒になるかクスリになるか聴いてみて欲しいですね。

女王蜂 アヴちゃん 撮影=森好弘

女王蜂 アヴちゃん 撮影=森好弘

取材・文=梶原有紀子 撮影=森好弘

女王蜂 アヴちゃん 撮影=森好弘