「《フィデリオ》においては〈自由〉という概念が非常に重要な役割を果たしています。それもこの時代に〈自由〉をどう捉えていたか、が作品の重要なテーマです」

「音楽は決して全てを言い切っているわけではありません」「少なくとも終わり方に関しては、お客様がそれぞれ何かしら考える余地があるようなオープンな結末になっています。ご覧になった方にはそれぞれ、自分がこれをどう捉えるのかということを、ぜひ考えていただきたいです」

新国立劇場の今シーズン最大の話題作、ベートーヴェンの《フィデリオ》が間もなく上演される。ドイツ・オペラの巨匠ワーグナーのひ孫で、バイロイト音楽祭の総監督を務めるカタリーナ・ワーグナーが新演出する舞台だ。このオペラの演出を彼女に依頼した飯守泰次郎が、芸術監督として最後にタクトをとるのを聴く機会でもある。

5月20日(日)に迫った初日に先立ち、カタリーナとドラマツルグのダニエル・ウェーバーが出席した記者懇談会が開かれた。記者たちからの活発な質問にはほとんどカタリーナが答える形である。これまでも、バイロイト音楽祭で彼女が演出した《ニュルンベルクのマイスタージンガー》では、ハンス・ザックスがまるで独裁者のように君臨するエンディングで芸術の権威化を表現したり、《トリスタンとイゾルデ》ではあの世に旅立ったトリスタンの後を追うことが出来ないイゾルデを描き出すなど、彼女の演出は常に作品に新しい光を当てる力を持っている。

カタリーナ・ワーグナーと、ダニエル・ウェーバー(ドラマツルグ) ©Naoko Nagasawa

カタリーナ・ワーグナーと、ダニエル・ウェーバー(ドラマツルグ) ©Naoko Nagasawa

--ワーグナーの作品と比べ、ベートーヴェンの音楽とのご自分の親和性はどうですか?

「演出家として基本的には、その作品の音楽に惹かれるものがない限り演出はしません。自分として音楽に感じるものがあるから手がけるのです。ワーグナーの場合は事情が少し特殊で、子供の頃からずっとその音楽と共に育っていた馴染みのある音楽、私にとってはワーグナーの音楽というのはあまりにも当たり前な存在なんです。うまく言葉で説明することはできませんが、それは私の人生の一部分であると言っても過言ではありません。ただ、ベートーヴェンの《フィデリオ》の音楽には大変惹かれています」

「特に好きなのは合唱の部分です。他にも音楽的に惹かれる部分はたくさんあり、レオノーレのアリアもフロレスタンのアリアもそれぞれ素晴らしいです。ですがとりわけ合唱には心を奪われます。今回は、新国立劇場の合唱団があまりに素晴らしいので、今までより一層、合唱部分が好きになりました」

--時代設定、場所の設定はどうなりますか?(オリジナルの設定は18世紀のスペイン)

「《フィデリオ》の中には時代を感じさせない普遍的な要素がたくさんあると思います。例えば権力であったり、人間に常に付きまとう感情であったり。今回はできるだけ特定の時代を感じさせない演出になっています。時代を感じさせないというのは難しいことですが、この時代に特化しているな、と思わせるようなものはなるべく使わないようにしているのです。《フィデリオ》は、人間が長い間持っている、そして未来も持ち続けるであろう様々な要素が入っている作品だと思っているので」

オペラの主人公レオノーレが、政治的な理由で投獄された夫を助けるために男装して刑務所に潜伏する、という設定に関しては、

「オペラの作品には常に政治的な背景というものがあると思います。時代の背景です。どの時代のオペラにもそれはテーマとして取り上げられていると私は思っています。《フィデリオ》においては〈自由〉という概念が非常に重要な役割を果たしています。それもこの時代に〈自由〉をどう捉えていたか、が作品の重要なテーマです」

「男装する女性、というテーマは我々にとっても非常に重要なポイントです。彼女が変装するという事実、そして男装を解くという場面に今回私たちは積極的に取り組んでいます。ご覧になっているお客さんは誰もが、あれは本当は女性で男の格好をしているんだ、ということを知っているわけです」「これは少しネタバレになってしまいますが、ひとつだけ明かしておくと、今回はレオノーレが男性の姿になる場面を皆さんの前で見せる、という演出になっています。それは私たちが考えるドラマツルギー上、そして演出の流れの上で必要なプロセスだと思っているからです」

 ©Naoko Nagasawa

 ©Naoko Nagasawa

--弱い市民が権力に立ち向かうのも《フィデリオ》というオペラの魅力です。ストーリーの背景としてもフランス革命の後の混乱がある。このオペラが現代の日本人にどう響くと想像されていますか?

「これは日本の皆さんに限ったことではなく、我々全員が感じていることだと思いますが、時の権力に対して戦っても我々は無力である、ということを思い知らされることが時にはあります。その際にどうすればいいのか?それはもうこのオペラをご覧になる一人一人に自分で考えていただくしかないのですが、フロレスタンのようにどこかで現実的になって、これ以上戦っても意味があるのだろうか?と自問する人もいるかもしれない。これ以上、辛い思いをして苦悩することに果たして意味があるのか?それが何かをもたらしてくれるのか?と」

「いま、政治的に色々な状況が我々を取り巻いています。それは日本に限ったことではなく世界中がそうです。オペラには必ず政治的な意味合いというのは入っていると思います。だからといって今回の舞台にそれと分かるような形で特定の政治家が登場するわけではありませんが、日本人にとってもヨーロッパ人にとっても、誰にとっても示唆するようなポイントというものはこの作品の中にあると思っています」

カタリーナ・ワーグナー  ©Naoko Nagasawa

カタリーナ・ワーグナー  ©Naoko Nagasawa

立ち稽古にもほとんど参加したという指揮の飯守泰次郎との仕事であることが嬉しく、また新国立劇場のスタッフたちの、作品を作り上げる姿勢と情熱が感じられる環境で演出に取り組むことができたのは大きな喜びである、と語るカタリーナ。彼女が思う通りの舞台ができたであろう《フィデリオ》の上演が楽しみである。

取材・文=井内美香 写真撮影:Naoko Nagasawa ©Naoko Nagasawa

カタリーナ・ワーグナー