電撃的に決まった米朝首脳会談(6月12日、シンガポール)──だが、対北朝鮮強硬派の米大統領補佐官の主張が金正恩委員長の逆鱗に触れたのか、会談の中止もあり得るという不穏な情報も流れている。

融和ムードから一転、再び武力衝突の危機へと後戻りしてしまうのか? そして、日本政府は拉致問題解決へ前進することができるのか? 「週プレ外国人記者クラブ」第117回は、米『フォーブス』誌などに寄稿するジャーナリスト、ジェームズ・シムズ氏に話を聞いた──。

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─6月12日、史上初の米朝首脳会談がシンガポールで開かれます。昨年には武力衝突の可能性も現実味を帯びていたことを考えれば、一気に融和ムードが高まった印象を受けます。

シムズ 融和に向かうきっかけとなったのは、やはり金正恩委員長が発信した「新年の辞」です。北朝鮮の最高指導者は、毎年必ず新年の辞で「先軍思想」(軍事をすべてに優先させる北朝鮮の指導的指針)に言及してきましたが、今年はそれについて語らなかった。このことだけでも異例中の異例ですが、さらに金正恩は平昌オリンピックについても「大会が成功裡に開催されることを心から願っている」「凍結状態にある北南関係を改善し、意味深い今年を輝かしい年として民族の歴史に書き加えなければならない」と語りました。

この呼びかけに韓国の文在寅大統領も応え、2016年2月から閉ざされていた南北ホットラインの再開、平昌オリンピックへの北朝鮮の参加、南北合同チームの結成と融和ムードが加速していきました。そして4月には板門店(パンムンジョム)での南北首脳会談が実現し、さらに韓国の働きかけもあって史上初の米朝首脳会談へと繋がっていったのです。

つまり、武力衝突の危機から融和への端緒も、北朝鮮がまず動いて、北朝鮮の主導で開いたと見ることができます。もちろん、米国を中心とした経済制裁が効いたことも事実でしょうが、北朝鮮としてはICBMの完成という目標を達成したことで、次のステージである「対話」へと向かっていったのだと思います。

─しかし4月に入り、ジョン・ボルトン氏が国家安全保障問題担当の大統領補佐官に、マイク・ポンペオ氏が国務長官にそれぞれ就任したあたりから、金正恩委員長が40日間で2度も中国を訪れるなど米朝首脳会談に向けて危機感を抱いているかのような動きを見せ始めています。ボルトン補佐官もポンペオ長官も、タカ派・強硬派として知られる人物ですが…。

シムズ ボルトンには、彼がジョージ・W・ブッシュ政権の軍縮担当国務次官だった時に3回ほどインタビューしたことがあります。確かに米国内では昔からタカ派として知られる人物で、彼が国際法を嫌っていることも有名な話です。要するに、米国の世界戦略にとって制約となるような要素は排除したいと考えているわけです。

ボルトンの過去の発言で私が強烈に覚えているのは、昨年、パリで開かれたMEKというイランの反体制派の集会でのスピーチです。MEKというのは米国が2012年までテロ組織として認定していた過激派ですが、そこで彼は「イラン革命の40周年となる2019年は、この集会をテヘランで開こう」と言ったのです。言うまでもなく、これは「イランの現政権を倒そう!」という意味です。

ポンペオもタカ派として知られ、過去には過激な発言で物議を醸(かも)したこともありますが、国務長官就任後は外交を優先する姿勢を見せていると思います。陸軍士官学校「ウェスト・ポイント」を首席で卒業し、ハーバード大の法科大学院も卒業したエリートでトランプ大統領の信頼も厚い人物です。

確かに、このふたりがトランプの脇を固めたことは、北朝鮮にとっては米朝会談に向けて要注意の要素と言えるでしょう。しかし金正恩の訪中は、中国に泣きついたというよりも、あくまで米国に対する牽制だと私は見ています。

─米朝首脳会談が決裂した場合はどうなりますか? 「一度は交渉のテーブルに着いた」という事実は、米国が武力行使する際の理由にもなると思いますが。

シムズ 国務長官就任後は外交を優先しているポンペオも、交渉が決裂したら隠していたタカ派の顔を見せるかもしれませんね。また、ボルトンは先月、北朝鮮の核兵器廃棄について「リビア方式を採用すべき」と主張していました。核兵器廃棄は段階的にではなく一気に行ない、経済制裁の解除も核兵器廃棄が済んでからというものです。

リビアのカダフィ大佐は2000年代初め、制裁解除と引き換えに核開発計画を放棄することに合意。しかしその後、政権は崩壊し、カダフィは反体制派により殺害された。ですから、「リビア方式の採用」は北朝鮮に対する皮肉とも受け取られ、これに反発しているわけです。

では、仮に米朝首脳会談が最悪の形で決裂したとして、武力衝突に発展するか。確かに、一度も交渉のテーブルに着くこともなく、いきなり北朝鮮を攻撃するケースと比較すれば、交渉決裂後の武力行使は米国世論の支持を得やすくなるでしょう。

昨年、ピュー・リサーチ・センターが行なった世論調査では58%のアメリカ人は「平和的な解決ができなければ武力行使はやむを得ない」と答えました。今月のピューの調査では約7割が「交渉を評価する」とした一方で、過半数は「北朝鮮は真剣ではない」とも答えています。しかし、板門店での南北首脳会談が実現した後の現在の韓国が、北朝鮮への武力行使に加わる可能性は極めて低いと思います。

─6月12日には、中国の習近平主席もシンガポール入りするのでは…という可能性も浮上しています。米国は北朝鮮の後ろ盾となっている中国との間に経済摩擦問題を抱えていますが、これが北朝鮮との交渉に与える影響については?

シムズ 最近、米国で注目を集めているのが、中国大手通信機器メーカー「ZTE」の経営危機問題です。ZTEは2016年の米国内におけるスマートフォンのシェアで4位のメーカーですが、イランや北朝鮮に対して違法に輸出を行ない、再三にわたって虚偽の報告をしていたことから、米国は同社に対して7年間の輸出・販売の禁止という厳しい処分を下しました。また、この処分によって同社がAndroidのライセンスを失う可能性も浮上していて、倒産に至ってもおかしくない状況です。

中国も、この厳しい処分から「米国が本気になって経済制裁を行なったら、どれだけ怖いか」を考えないわけにはいかないでしょう。核兵器を巡る北朝鮮と米国の交渉に、経済摩擦をカードに使って不用意に介入することはリスクが大き過ぎるはずです。米朝首脳会談に向けて、米国の懸念材料は北朝鮮の出方や中国の介入よりも、トランプ大統領本人にあるのではないでしょうか。

トランプ政権ではボルトン、ポンペオといった優秀なスタッフが脇を固めているものの、実際に外交交渉を担当する現場の人材を見ると、対北朝鮮の専門家たちが次々と辞任してしまっているのです。全く、「北朝鮮の核問題について長期的なヴィジョンを持っているのか?」と疑いたくなる事態で、現在の現場スタッフには北朝鮮との交渉を行なう上で情報も経験も不足しているのが現実です。

─現在のところ、日本は北朝鮮を巡る問題で“蚊帳(かや)の外”といった状況ですが、支持率が低迷する安倍政権にとって日本人拉致被害者の問題解決は重要な課題のはずです。

シムズ 安倍首相はトランプ大統領に対して、米朝首脳会談で日本人拉致被害者の問題も解決してくれるよう強く依頼していますが、現実的にはシンガポールでこの問題が解決する可能性はかなり低いと言わざるを得ません。

北朝鮮という国は、先日は韓国系米国人3人を解放しましたが、外交問題を抱える相手国の国民を拉致して交渉カードに使うことを常套手段としています。卑劣なやり方ですが、日本との交渉カードになる日本人の拉致被害者を米国との交渉の席で手放すことはないでしょう。日本人拉致被害者の問題は、米朝首脳会談で核兵器の問題について解決の糸口が見えた後、日本が植民地支配に対する補償と経済協力というカードを持って臨む交渉の席で、となります。

安倍首相は、日本人拉致被害者の問題で強い姿勢を示したことで政治家としての支持を得た実績もあるし、ここでも力を発揮して内閣支持率を上げたいところでしょうが、現在の彼にできることはトランプ大統領にお願いすることだけ…。北朝鮮を巡る問題で、日本はメインプレーヤーのポジションにないのです。

むしろ、私が気になるのは森友、加計問題などで1年以上も国会の場で批判に晒(さら)されながら、一向に幕引きできない安倍政権の危機管理能力の低さです。日本人拉致被害者の問題でも、安倍政権の寿命に先が見えた状況では、北朝鮮が本気で交渉に臨む可能性は低いでしょう。

山口達也元メンバーの起こした事件に際し、誰かが台本を書いたかどうかはわかりませんが、TOKIOの対応はほぼ完璧だったと思います。安倍内閣も、TOKIOのメンバーたちから危機管理の秘訣を教えてもらうべきかもしれませんね。

(取材・文/田中茂朗)

●ジェームズ・シムズ










1992年に来日し、20年以上にわたり日本の政治・経済を取材している。『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙の東京特派員を務めた後、現在はフリーランスのジャーナリストとして『フォーブス』誌への寄稿をはじめ、様々なメディアで活動

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