現在女性の長寿世界一は御年117歳の都千代さん。男性112歳の野中正造さんだ。両名とも恐ろしいほどのご長寿だが、世界には非認ながらさらに長生きのご長寿おばあちゃんが存在する。


■「長寿はが与えた罰、幸せだと感じた日はない」

 英Mirror」(5月16日付)によると、チェチェン共和に住む女性、コク・イスタンブロヴァさんは1889年生まれの128歳。奇しくもアドルフ・ヒトラーと同年に誕生したイスタンブロヴァさんは、第二次世界大戦中にナチス戦車横を通っていった恐ろしい体験をしている上、帝政ロシアの終焉、ソビエト連邦の崩壊といった動の20世紀ロシアを生き延びてきた歴史の生き人だ。128余り人生は苦労も多かったとは思うが、それ以上に実り豊かなものだったことだろう。……だが、イスタンブロヴァさんは自分の長生きをまったく喜んでいない。

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「長生きしたのはのご意志です。私が望んだことではありません。なぜこんなに長生きしてしまったのか見当もつかないんです」(イスタンブロヴァさん)

 ご長寿であれば、睡眠や食事などの長寿の秘らしきものを1つは持っているものだが、イスタンブロヴァさんは長生きのための努は一切しておらず、食事もスープは食べず、発酵したミルクを好んで口にするぐらいだという。イスタンブロヴァさんは今週129誕生日を迎えるが、その心が晴れることはない。

人生で1日たりとも幸せな日はありませんでした。私にとって長生きは神様さまからの贈り物ではなく、罰なのです」(同)

 イスタンブロヴァさんには何人かの子どもがいたが、1人の息子は6歳で亡くなっており、最も長生きしたイスタンブロヴァさんが104歳の時に亡くなっている。子どもより先に死ぬことができなかったこともイスタンブロヴァさんの心を重くしているのかもしれない。

「私の人生幸せ人生ではなかったと心の底から思います。ドイツ戦車の横を通った時は本当に恐かった。その後のカザフスタンでの生活も厳しいものでした。難民としてシベリアにも住みましたが、私たちはカザフスタン人にひどく憎まれていました。その頃は毎日、故郷に帰ることを夢見ていましたよ。庭仕事をしていると少しの間は悲しみを忘れましたが、心の中はいつも故郷のことでいっぱいでした」(同)

子どもの頃、祖が私をいてひどく叱ったのを覚えています。首が少し見えていたことにを立てたようでした。このように厳しいムスリム的な規があったのですが、ソビエト連邦が誕生すると、皆すぐにオープンを着るようになったのです」(同)

 イスタンブロヴァさんのお気に入りの場所は、木陰にある古いベッドだという。になると、ここに掛けて過ごすそうだ。しかし、その程度の慰めでイスタンブロヴァさんの心が癒されることはない。

人生を振り返ると、もっと若いうちに死んでおけば良かったと思います。私の人生は働き詰めで、休んだり、遊んだりする時間はありませんでした。私たちがすることは地面を掘るか、スイカを植えるか、そのどちらかでした。そうして働いているうちに、日々が過ぎていったのです。私はもう生きていません。間延びしているだけです」(同)

 これほど徹底して人生を否定するイスタンブロヴァさんの人生には筆舌に尽くしがたい苦労や悲しみがあったのだろう。一方、イスタンブロヴァさんがあまりにも悲観的だと思う人もいるかもしれない。そのような人は、生は肯定されるべきものだという暗黙の前提に自分が立っていることに気付いていないのだ。決して肯定することのできない生が存在することを認められないのはあまりにも残酷だろう。これ以上イスタンブロヴァさんが苦しまぬうちに、に召されることを願うばかりだ。
(編集部)


イメージ画像は、「Thinkstock」より

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