2018年バンド結成15周年を迎え、現在SID 15th Anniversary LIVE HOUSE TOUR 2018』で全各地を回っているシド。『ランキングBOX』では、記念すべき節の年を祝うべく、スペシャル企画を不定期でお届け!その内容とは、メンバー4人に、2003年の結成から現在に至るまでの活動の思い出をランキング形式で振り返ってもらいます。第1回は、2003年から2004年の思い出BEST3!「うわー、いろんな思い出があって悩む!」「あー、懐かしい!」などと言い合いながら、やっぱり1位はこれでしたね。今だからこそられるエピソードもあったりと、ファンならずとも必見です!!

1位シド結成

ゆうや マオくんがまず明希を誘ったのが、シド結成の第一歩だよね。
マオ 明希とは、対バンしたことがあって。新しくバンドを組もうと思ったときにまず思い浮かんだから、人づてで聞いた明希のバイト先に電話をかけて、「ベースやっている明希くんっていう人、いますよね」って本人に取り次いでもらって、「一緒にバンドをやらない?」って誘ったっていう。

――すごい行動
明希 ホント、あれはびっくりした。でも、バイト先に電話をかけてまで誘ってくれるっていう、その熱意はとしても嬉しかったな。
ゆうや そのあと、Shinjiが誘われて。
Shinji 最初、対バンしたことがあったマオくんに、東京池袋マクドナルドに呼ばれてさ。そのときの、自分としてはあくまでファッションのつもりでがボーボーだったんだけど、マオくんに「山から下りてきたの?」って聞かれた思い出がある(笑)
マオ 当時、Shinjiは「もう音楽やめるかも」みたいなことを言っていて、「やめるんだったら最後にとやってみようよ」って誘ったんだけど、思っていた以上にやめそうな雰囲気で現れたからさ、つい(笑)。で、ゆうやは、前のバンドで一緒にやっていた時期もあったから、もう一度誘って。
ゆうや そういえばさ、その前のバンドが解散したとき、すでにマオくんと一緒にやることになっていた明希が打ち上げに来て。ずっとカラオケマイクを放さないで、中森明菜さんの曲を延々歌っていたよね(笑)
明希 やべぇ、図々しいにもほどがあるじゃん。めっちゃ恥ずかしい(笑)
マオ その後、しばらくはShinjiとゆうやにはサポートをしてもらったんだけど、正式加入が決まったときは……
ゆうや 居酒屋で、4人で「イェー!」ってなったこと、今でも覚えているな。いやぁ、当時のことを思い出すと感慨深いね!

2位事務所への所属

ゆうや 事務所に所属して何が変わったかって、発言に対して駄出しをされるようになったっていうことだよね(笑)。それまでは叱ってくれる人がいなかったこともあって、の場合はただただを残すっていうことばっかり考えていて。それこそ、インタビューを受けるのに曲のことを一切しゃべらなかったりもしたからね(苦笑)。それじゃあ通用しないんだっていうことを知って、ちゃんとしなきゃっていうことは意識するようになった。恥ずかしながら、それが大人としての第一歩だったなと思う。
マオ あと、それまでは曲が出来たらライヴでやるっていう感じだったけど、アルバム『憐哀-レンアイ-』くらいからは、作曲の締切りというのが設定されるようになって。それも、大人として、プロミュージシャンとしての第一歩だったよね。

――最初の頃は、大変だったのではないでしょうか。
明希 でも、やれって言われたことをできないと、すぐ終わっちゃうんじゃないかっていう不安感があって。とにかく死にもの狂いでした、は。それに、100期待されているんだったら、120で返したい、こいつすげぇじゃんって思わせたいっていう気持ちが、今もあるので。それが原動なのかなと思いますね。
Shinji は……事務所に入ったばかりの頃、何回か事務所の階段で寝た記憶がある(笑)
ゆうや だいたい、も一緒にね(笑)
マオ 当時、ゆうやShinjiはやんちゃだったもんね。お酒が入ると長いし、止めがきかないし(笑)
Shinji でも、次の日の仕事に遅刻しないようにに帰らず事務所まで行って、セキュリティがかかって開いていないから階段で寝るっていう(笑)
ゆうや ま、遅刻しないようにっていうところはだったということで(笑)

【3位】初の東京日本武道館

マオ たちが初めて日本武道館に立ったのが、“DANGER CRUE Presents『嘉-参-』”。たくさんの人に自分たちを観てもらえる機会なんて、それを逃したらいつあるかわからないし、だったらを残そうということで、1曲の「」をアカペラで歌って。
ゆうや そうしたら、終わったあとに反がものすごくあってね。
マオ そうそう、ファンが一気に増えたもんね。

――にしても、初の大舞台でアカペラとは……とんでもない度胸の持ち
ゆうや ホントに。マオくんがこれからアカペラで歌うって考えただけで、なんてめちゃめちゃ緊していたし、もうかける言葉も見つからなくて。
マオ オリンピックみたいな緊感だったよね。ここでを出しきれなかったら、もうあとはないぞみたいな。
Shinji も、足が震えるくらい緊したもん。ただ、たちならやれるっていう自信はあって。
ゆうや 実際、バッチリキメてお客さんの心を掴んだマオくんはさすがですよ。未だに、そのときのことをファンの方に言われたりするもんね。
マオ うん。そこで初めてシドを知ってくれて、以来ずっと応援してくれている人も多いし。
明希 でさ、あのとき確か、を走ったりしないほうが逆に立てるからやらないようにしよう、って決めていて。はすごく走りたかったんだけど(笑)
マオ うん、すげぇ言ってた(笑)。でも、当時のたちじゃ、の先まで行っても“キャー!”ってならないし。
明希 マオくんに、「次にやろうよ」とも言われてさ。今思うと、そのときすでに、マオくんは次の武道館まで見据えていたんだなって。そして、最初の頃に大舞台に立ったことで、次のライヴからもう何も怖くなくなったというか。初武道館で、だいぶ舞台度胸がついたと思う。

文/江優

【SID 15th Anniversary RANKING COLLECTION】vol.01/2003年〜2004年の思い出BEST3