3月後半からのネパール旅行で出会った若者たちのことを書いたが、今回は備忘録代わりに旅のTIPS(ヒント)を紹介しよう。

[参考記事]
●最近日本でよく見かけるネパール人労働者たちはGDP世界172位の貧困国から来ている

 日本からカトマンドゥまでは直行便がないので、まずはどうやって行くかが問題になる。一般的なのは上海か成都で乗り継いで昆明まで行き、そこからカトマンドゥに向かうルートで、飛行距離は短いが2回乗り継ぎのため中国で1泊する必要がある。関西方面からなら、関空から広州経由でカトマンドゥに行く中国南方航空の便がある。中国以外だとソウル(仁川)乗り継ぎの大韓航空の便があり、これは当日移動ができそうだ。

 香港(キャセイパシフィック)、バンコク(タイ航空)、クアラルンプーール(マレーシア航空)経由や、LCCのエア・アジア(クアラルンプール経由)を使うこともできるが、いったん南に下るので飛行距離は長くなる。デリーを経由するルートもあり、こちらはインドとネパールをいっしょに回りたいひとにはよさそうだ。

生き神「クマリ」の館とナラヤンヒティ王宮

 2015年4月15日にカトマンドゥ近郊を震源とするマグニチュード8の大地震が起き、多くの建物が倒壊した。世界遺産に指定されたダルバール(王宮)広場の被害も甚大で、有名なシヴァ寺院やナラヤン寺院は瓦礫と化し、王宮も倒壊の恐れがあるとのことで見学できなくなった。震災から4年たっても復興はあまり進んでいないようだ。

 そのなかでほぼ唯一、見学できるのがクマリの館。クマリとはネワール仏教の生き神で、僧侶カースト・サキャの一族から初潮前の少女が選ばれる。クマリとなった少女は、王宮近くの館に住み、病気治療や願望成就の祈願を行なうのだという。9月の大祭インドラ・ジャトラでは3日間にわたってクマリを載せた山車が町じゅうを回り、邪気を払い繁栄をもたらすとされている。

 そのクマリは、ツアー客などがいると2階の窓から顔を出してくれる(ツアーガイドがチップを払うからのようだ)。幸いなことに欧米人のツアーがいっしょで、濃い化粧をし民族衣装で着飾ったクマリを見ることができた。

 カトマンドゥには、じつはもうひとつ王宮がある。国王一族が住んでいたナラヤンヒティ・ダルバールで、2008年5月28日の王政廃止にともなって博物館として一般公開されている。王室の儀式が行なわれたホールや国王の寝室、執務室などが見学でき、王宮を訪れた各国首脳の写真が飾られている(日本からは皇太子が訪問している)。

 2001年6月1日、このナラヤンヒティ王宮でネパールを揺るがす大事件が起きた。ネパール暦の第三金曜日に王族が集まる晩餐会で、ビレンドラ国王の長男の皇太子ディペンドラが銃を発砲して国王夫妻と長女、二男、国王の末弟、2人の姉を含む9人を殺害、自らも現場の外にある池の近くで頭部に銃弾を撃ち込んで倒れていたのだ(その後、皇太子は重体のまま新国王になったが2日後に息を引き取った)。

 この衝撃的な事件の公式発表は「皇太子が犯行後に自殺した」というものだが、当初から疑問の声が噴出した。10人の遺体は検視を受けることなく荼毘に付され、自殺した皇太子は右利きだったが弾は左のこめかみから入っていた。また、泥酔していたとされる皇太子の身体からはアルコールが検出されなかったなどの証言や報道が現われ、混乱に拍車をかけた。

 国民の疑惑は、晩餐会を欠席して災難を免れ、新国王に即位した王弟のギャネンドラに集まった。ギャネンドラの一人息子パラスが現場にいたものの無傷だったこともあり、インドやアメリカの諜報機関を使った「宮廷クーデター」説が公然と唱えられた。

 新国王となったギャネンドラは非常事態を宣言、翌2002年5月には下院を解散し首相を解任して内閣を側近で固め、05年には全閣僚を解任して直接統治を宣言した。この専制が国内外の強い反発を生み、06年4月に大規模な民主化運動(ロクタントラ・アンドラン)が起き、5月18日に国王の政治的特権はすべて剥奪、28日の制憲議会発足で王政は廃止されネパール王国(ゴルカ朝)は終焉した。

 この大事件の舞台となったナラヤンヒティ王宮博物館は木曜~月曜の開館(火曜・水曜休館)で、入場は午前11時から午後4時(11月~1月は午後3時)まで。

往時のネパールを堪能するなら古都パタンへ

往時のネパールを堪能するなら古都パタンへ

 往時のネパールを知りたかったら、カトマンドゥから南に車で30分ほどの古都パタンに行ってみよう。パタンのダルバール(王宮)広場には16~18世紀にマッラ王朝が建てた王宮や寺院が集まり、修復中の建物はあるものの地震にもよく耐えた。

 パタンからカトマンドゥに戻る途中に、東側のルートをとればパシュパティナート、西側のルートならスワヤンプナートに立ち寄ることができる。どちらも世界遺産で、スワヤンプナートは白い巨大ストゥーパで有名な仏教寺院、パシュパティナートはガンジス川の支流で「聖なる川」とされるパグマティ川の川岸にあるヒンドゥー教徒の火葬場だ。

 今回はパシュパティナートを訪れたが、橋を挟んで上流側、ヒンドゥー寺院(シヴァ寺院)の正面にあるのが上位カーストの火葬場で、下流側が不可触民(アウトカースト)の火葬場になっている。バナラシとのちがいは、沐浴するひとの姿が見られないことだろうか。

 ヒンドゥーの文化では女性は「穢れている」とされるため、インドのレストランにはウェイトレスはいない。ネパールにも同じタブーはあるが、観光地ポカラのカフェやレストランでは女性が料理をサーブしたり、厨房で働いていた。インドよりもヒンドゥーの縛りは緩いと思ったのだが、それでもカーストによる区別(差別)は厳然とあるようだ。

 葬儀場では、「泣き女」と呼ばれるサリーを身にまとった中年女性たちが号泣する姿を見ることができる。

エベレストを見るならマウンテンフライトがおすすめ

 ネパールを訪れたからにはエベレストを見たいと思うひとも多いだろうが、ベースキャンプに行くには本格的なトレッキングの準備と最低でも4日、人気コースなら10日程度の日程の余裕が必要だ。ヒマラヤのビューポイントとして有名なナガルコットならカトマンドゥから車で2時間程度で日帰りもできるが、空気の澄んだベストシーズンは12月で、3月でも靄がかかって美しいパノラマはなかなか見られない。

 そんなときにお勧めなのはマウンテンフライトで、カトマンドゥの空港から早朝出発の便がたくさん出ている。私は市内の旅行会社で予約したのだが、空港に航空会社のブースがあるので、到着時に立ち寄って購入することもできるだろう。

 フライトは小型のプロペラ機で、2席ある窓側だけに乗客を座らせる。行きは左手、帰りは右手にヒマラヤが見える。所要1時間ほどで、コックピットも見学させてもらえる。地上6000メートルまで上がるので、かなりの確率で雄大なヒマラヤの山並みとエベレストの威容が見られるだろう。

 ポカラからは、ウルトラライトプレーンと呼ばれる超軽量動力機で高度1500メートルまで上昇し、アンナプルナ山系のマチャプチャレ(標高6993メートル)を眺めるフライトもある。ホテルで動画を見せてもらったが、これはかなり怖そうだ。

 ネパール最大の観光地であるポカラはアンナプルナへのトレッキングの拠点で、1泊2日から2週間までさまざまなトレックングコースが用意されている。出発前に準備しておけばいいのだろうが、街にはたくさんのツアー会社があるのでそこで頼むこともできる。ガイド付きの1泊2日のトレッキングで、宿泊と食事(5食)込みで2人で2万5000円ほどだった。

クレジットカードは使えないが富裕層は増加中

クレジットカードは使えないが富裕層は増加中

 最後に、今どきのネパールを紹介しよう。

 ナラヤンヒティ王宮博物館から南に下るダルバール・マルグ(王宮通り)の、アンナプルナホテルから先の一角が「カトマンドゥの六本木」ともいうべきお洒落スポット。夜、賑やかなクラブミュージックが聴こえてきたので覗いてみると、ビルの屋上につくられたモダンなレストランで、奥ではライブもできるようになっていた。

 平日だったので席は3分の1くらいしか埋まっていなかったが、私以外はみな地元の若者たちで、女性はモデルのように着飾っている(実際にモデルかもしれない)。客単価は1人2000円くらいだろうか。たいしたことないと思うかもしれないが、一食200円程度で食事できるネパールでは、これまでなら外国人しか出入りできなかった店だ。カトマンドゥでも、トレンドに敏感な裕福な家庭の子女が増えていることがわかる。

 次はSam's One Tree Cafe。1階がクラフトショップになっているオーガニック・カフェだが、オーダーを取りに来た若いウェイターからメモ用紙を渡されて戸惑った。最初は英語がわからないのだろうと思ったのだが、メモに注文を書いて渡すときの様子で耳が不自由なことに気がついた。

 ウェイターの若者は、他のスタッフとは手話で話していた。聴覚障がい者を雇っていて、スタッフも手話が使えるのかと感心したのだが、実は厨房も含め、この店はマネージャーを除く全員が聴覚障がい者で運営されていた。

 客を見ていると、いろんな反応があって面白い。

 ウェイターがメモを渡しているのは外国人で、地元の客はふつうに話しているからネパール語なら唇が読めるのだろう。スタッフの動きもごく自然なので、彼らが障がい者だと気づいていない客もいる。

 ヨーロッパ系(とりわけ女性)は、相手が耳が不自由だとわかると、まずは身振り手振りでコミュニケーションを取ろうとする。それに対して(私を含め)アジア系は、要件を紙に書いて伝えようとする。

 スタッフはみなきびきびと働いており、オーガニックの野菜をつかった焼きサンドウィッチも美味しかった。

 なお、ネパールではホテルを除きクレジットカードが使えるところがほとんどなく、停電が多く通信環境も不安定なので旅行会社でも現金払いが求められる。町中ならATMはあちこちにあるので早めに用意しておこう。

*『地球の歩き方ネパールとヒマラヤトレッキング』を参考にしました。

橘 玲(たちばな あきら)

作家。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ヒット。著書に『「言ってはいけない残酷すぎる真実』(新潮新書)、『国家破産はこわくない』(講談社+α文庫)、『幸福の「資本」論-あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」』(ダイヤモンド社刊)など。最新刊は『橘玲の中国私論』の改訂文庫本『言ってはいけない中国の真実』(新潮文庫)が好評発売中。

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旧王宮ナサル・チョークに隣接するマヘンドラ博物館。建物の外観は維持しているが修復中のため立ち入り禁止      (Photo:ⒸAlt Invest Com)