エベレスト登頂を目指し、下山途中で遭難して5月に遺体で発見された登山家の栗城史多(くりき・のぶかず)さん。「冒険の共有」というメッセージを掲げながらエベレストに挑み続けた栗城さんの死に、多くのファンが悲しんだ。

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 踏破困難な山や極地に挑み、残念ながら亡くなった著名な登山家や冒険家は少なくない。しかし、栗城さんの訃報は他の登山家の死とは少し違う波紋をもたらしているようだ。メディアに多く取り上げられながら、エベレストの困難なルートを「単独無酸素」という過酷な条件で挑んだ栗城さんの登山スタイルには以前からいろいろな意見が上がっていた。

 今回、栗城さんについて話を聞いたのは3回の北極踏破やアマゾン川のいかだ下りなどを成功させてきた冒険家、阿部雅龍さん(35)。人力車の車夫の顔も持ち、11月には南極冒険にも挑戦する。栗城さんと同様、支援者やスポンサーに支えられていくつもの冒険に挑んできた。生前の栗城さんと面識のある阿部さんに、彼の死に何を思ったのかを聞いた。

●わだかまりの残る栗城さんの死

――栗城さんが亡くなられたことをどう受け止めましたか。

 4年ほど前、彼の講演会に行ったときに控室で会ったことがあります。彼が登山の際の凍傷で指をなくした後で、包帯を付けた手で握手を求めてくれた。きさくでみんなから好かれているのが分かる人でした。講演会の後も、観客にわざわざ3方向におじぎをしていました。彼とは学年も一緒でした。

 今回の彼の事故死は、どこか「ざらっ」としてる印象があります。冒険の途中で亡くなった友人は何人もいますが、もっと「すっ」と受け止めていました。もちろん彼らの死も悲しいが、どこかさらっとしている。でも、栗城君の話はわだかまりが残る。消化されない。分からない部分が多いからです。

 冒険で亡くなった他の友人たちについては、僕は彼らの気持ちが分かる。死にたくはなかっただろうけれど、そんな困難な道にチャレンジしたことはある意味尊いからです。僕らは一般の人々より死に近いところにいる。一般論では語れない部分です。

●「トレーニングの回数を増やした方が……」

――では、なぜ栗城さんについては違う思いを抱いたのですか。

 僕ら登山家、冒険家の間ではずっと彼を危惧する声があった。事故死について聞いた時、そうなってほしくはなかったが正直「やっぱり」と思った。彼の挑戦したエベレストのルートは、トップクラスの登山家でもできないような難しいもの。彼に刺激を受けて山に挑戦する人が現われるのはいいことですが、彼の死は業界の誰もが望んでなかった。

 彼は、難しいルートをどんどん攻めていった印象があります。もうちょっと(別の)山に行く回数やトレーニングを増やした方が良かった。プロの登山家は、登山ガイドをしながら1年のほとんどを山に行く生活です。私もトレーニングを重視しているし、人力車の仕事もして体を鍛えている。

 ひょっとすると、彼は登山家になること自体が夢ではなく、夢を他人と共有するために登山をしていたのかもしれないと思います。彼のファンはたくさんいるのだから、もっとルートを簡単にしたり、さらには「挑戦するのは山じゃなくていいですよね」と言ってしまえばよかった。そう言ってもファンは怒らなかったと思います。でも、彼自身の責任感もあってそう言えなかったのかもしれない。8度目のエベレストへのチャレンジだったということもあるのかなと思います。

――登山や冒険の世界で栗城さんの死は今後、どう捉えられるのでしょうか。

 登山の世界では美談にはならないと思います。彼の行動は普通の登山家とは違っていた。トップクラスのクライマーが鍛え上げて挑み、その結果亡くなったらそれはそれでその人の「エンディング」になると思います。あれだけ山を登った人が最期も山で……というのは1つの人間のストーリーです。しかし、栗城君自身があの死を望んだとは思えない。

●すべての責任は登山家個人にある

 僕は20代のころ、冒険の世界の中で死ぬのがいいと思っていました。20代で登山中に亡くなった友人も何人かいます。命を落とすまで取り組んだ美しさ、というものも感じる。だからこそ、彼のチャレンジに多くの人が感動した。指を9本なくした後にエベレストにまた挑む。よほど勇気がないとできない。彼も応援してくれた人の気持ちに応えようとしていたのかもしれません。

――冒険家や登山家の世界ではそういった支援者との関係性も大事です。

 そうですね。僕もスポンサーの企業からカメラや時計などの機材を提供してもらい、企業やクラウドファンディングを通じて資金を調達し、冒険に臨んでいます。11月の南極行きでは1250万円を集めるのが目標です。南極への交通費だけで1000万円以上かかる。冒険はそういった支援者の方々に支えられています。

 ただ、南極行きでは当初計画していたルートを最近、変更しました。もともと「ノーマルルート」と呼ばれるコースを想定し、単独無補給での日本人初踏破を目指していましたが、別の人が達成したのです。周囲からは変えたことについていろいろ言われましたが、「わがまま」を貫きました。

 プロの冒険家では往々にしてよくあるのですが、いい人が多い。周りの目を気にして全力で応えようとする。日常生活では全力で周囲の期待に応えても死ぬことはあまりありませんが、冒険では死にます。

――栗城さんも周囲の期待に応えすぎた面もあったのでしょうか。

 ここだけは冒険家として言っておきたい。すべての責任は冒険家や登山家個人に帰結します。命の駆け引きは自分でやらなくてはならない。今回、責任はスポンサーや支援者にあると言う人もいますが最後は彼自身の責任だと思う。応援した人に責任はない。

●「自分は登山家じゃない」と言い出せればよかった

 ただ、彼がエベレストの登頂で難易度を上げていったのは不可解です。勝てない試合をしにいくのはとても怖いはず。それができるというのは、僕には分からない。

 僕は冒険でも準備とトレーニングを重ね、ある程度成功すると確信を得てから遠征に行く。スポーツの試合もビジネスでも同じことでしょう。全く勝てないと思ってるビジネスプランを実行する人はほとんどいません。冒険にはリスクがたくさんありますが、リスクヘッジを行ってから取り組むものです。

 経営者と同様、やはり行動の責任は冒険家や登山家、その人にあります。誰にアドバイスもらったからだとかは言えない。ただ、彼の背負っていた責任が自分でもコントロールできないほど大きくなっていたのかもしれない。

――栗城さんが心理的に逃げられなくなっていた可能性もあると。

 彼は「自分は登山家じゃない」とどこかのタイミングで周囲に言ってしまえればよかったのかもしれない。僕も、あえてメディアには「夢を追う男」と自称してます。冒険家と言うと、世間の人は冒険家らしさを求めてくる。そういうときは、「人力車夫もやってる夢を追う男です」などと逃げられる。

 登山でも冒険でも、どこかで違う肩書と切り替えることができたらよかったのに、と思います。そこを切り替えられなかった彼は硬派。でも、1つの物事に執着し過ぎるのはよくない。そもそも、彼のゴールはエベレストの無酸素登頂ではなかったはず。否定の壁を壊すとか、挑戦を共有するということだったはずです。

 僕も北極でホッキョクグマにテントを蹴られたり、アマゾン川でマラリアにかかって幻覚を見たりなど冒険で何度も死にかけました。それでも生還できたのは、冒険家の恩師に「死ぬくらいなら帰ってきて皆に頭を下げた方がいい」と教えられたからです。

 今回の事故は、良くも悪くも後世に残していかなくてはいけない。彼が山で亡くなることは誰も望んでいなかった。やはり、冒険家や登山家、そして経営者なども同じく「わがまま」でなくてはいけないと思います。経営者が社員全員の声に耳を傾けても駄目でしょう。何より、周りを気にして自分をゆがめたら自分の人生を生きているとは言えないのです。

エベレストに挑み亡くなった栗城さん(出典:栗城史多 "SHARE THE DREAM”)