「会社を退職したら趣味の延長線上で飲食店を経営してみたい」。そんな考えをもつ人は多いようだ。だが投資ファンドを運営する三戸政和氏は、「経験のない人が、趣味の延長線上として飲食業で起業するのは絶対にやめたほうがいい」と説く。甘い考えで始めた“素人起業”の悲惨な末路とは――。(第2回)

※本稿は、三戸政和『サラリーマンは300万円で会社を買いなさい』(講談社)の一部を再編集したものです。

■200台の駐車場が満車になる農産物直売所だった

私はしばしば、会社を退職した後に飲食店経営の夢を抱く人に出会います。しかし、断言しましょう。それも絶対に止めたほうがいい。

飲食業の経験のない人が趣味の延長で、喫茶店や居酒屋、バーなどを始めるのはおすすめしません。失敗して財産をすべて失うどころか、借金を背負って、悲惨な末路を迎えることになる可能性がきわめて高いからです。

知人から聞いた、飲食店起業の怖さがよくわかるエピソードがあります。

Aさんは、都市近郊にある農産物直売所の運営会社社長でした。週末には、200台くらい入る駐車場が満車になって、渋滞ができるほど人気の直売所です。

人気の理由の1つは、品種の豊富さにありました。

たとえば茄子1つとっても、長茄子、米茄子、白茄子、人気のイタリア茄子などさまざまな品種が揃っています。ほうれんそうなども、季節になれば、味も形も葉の厚さも、さまざまな種類が売られています。スーパーや八百屋では手に入らない珍しい野菜も人気でした。

土作りからして手間のかけ方が違います。有機堆肥、鶏糞、馬糞などを使ったり、牡蛎殻や塩を撒いたりもしていました。契約農家の方は熟成の仕方から、ハウス栽培や水耕栽培といったさまざまな栽培法も駆使しながら、試行錯誤し、よりおいしい野菜を追求して直売所に出荷しています。

■こだわりの「パン屋」が転落の始まり

そんな素晴らしい直売所をゼロから作り上げたのが、Aさんでした。

農産物直売所は、15年ほど前、農村の真ん中に建てられた公共施設の中にできました。地域の十数名の農家が共同出資して株式会社を設立し、直売所を運営することになったのです。そこで社長になったのが、当時まだ30代後半だったAさんです。

当時から高級デパートに野菜を納品するなどしていたAさんは、若手生産者のリーダー的存在でした。研究熱心で、野菜作りでは右に出る者がいないほどの腕前です。

直売所の社長の仕事をこなしながら、Aさんは生産者の1人として農業を続けました。日の出とともに農作業を始め、一段落したら直売所に出勤。直売所をオープンさせ、さまざまな仕事を終わらせ、合間に抜けてまた農作業を行います。

周囲からの信望が厚く、頼まれたら断れない性格のAさんは、農業委員会の役員や地域振興プロジェクトのリーダーなども兼務していました。

やがて、50代になったAさん。少しずつ引退後のことを考えるようになりました。直売所の運営会社は共同出資です。Aさんも株の一部を持っているとはいえ、オーナー会社ではありません。そもそも、Aさんは自らなりたくて社長になったわけではなく、いつまでも続ける気持ちはありませんでした。

そして、自身の引退後のことを考えて、Aさんは米粉を使ったパン屋さんを経営したいと考えるようになりました。忙しい仕事の合間を縫って、パン教室に通い始めます。研究熱心なうえに、器用で料理も好きだったAさんは、短期間でパン作りの技術を習得しました。

■大きな2階建ての建物を新築することにした

いよいよ現実的な目標になるにあたって、Aさんが金融機関に相談すると、担当者は乗り気になって積極的に融資提案をしてくるようになりました。

「どうせなら単なるパン屋さんじゃなく、地元食材の加工施設にしましょう。地域農業を振興するための施設を造るという枠組みを使えば、助成金が使えます。そして、条件のいい融資を受けることができますよ」

つまり、うまくやれば低い金利で、高額な融資を受けられるということでした。

農産物直売所からもそれなりの報酬を得ており、農家としても立派な売り上げを立てていたAさんの信用力は非常に高く、金融機関の担当者からすれば上客でした。担当者は当然、借りられるだけ借りてもらったほうが自分の成績にもなる、とソロバンをはじいていたはずです。

まんまと乗せられてしまったAさん。パン屋を開業するにあたり、大きな2階建ての建物を新築することにしました。

1階には大型オーブンを備えたパン工房と店舗、それとは別に、高額融資の条件であった地元食材の加工のための厨房を設けました。さらに将来、カフェをオープンする可能性も考えられるからと、2階に飲食スペースとキッチン、広いウッドデッキも備えつけました。

■厨房機器はすべてピカピカの新品だった

こうして、Aさんは初めての飲食店経営であるにもかかわらず、新築で、3カ所も厨房がある立派な店舗を構えることになったのです。もちろん、厨房機器はすべてピカピカの新品です。

振り返れば、ここがAさんにとって「地獄」の始まりでした。

ふつうは、初期費用を抑えようと考えるものです。たとえば、それまでも飲食店だったお店を居抜きで借り、厨房設備もなるべく中古のものを購入し、内装と外装をリフォームして開店する……といった具合です。

こうしたやり方なら、1000万円程度の予算があればなんとかなったはずです。そのうち500万円を自己資金で用意し、500万円を銀行から借り入れるくらいがスタンダードなところでしょうか。

ところがAさんは、開業資金として、助成金のほかに金融機関から3000万円以上の借り入れを行いました。かなりの自己資金も投じたはずです。

初めてであるにもかかわらず、こんな高額の借り入れを行うなんて考えられません。そもそも金融機関の融資審査が通らないはずです。しかし、農業振興のための特別な融資制度を使うことで、本来ありえないはずの審査が通ってしまいました。

■スタートからたちまち多額の人件費が必要に

もう1つ、Aさんの失敗がありました。一般的にパン屋を開業する際は、当初はオーナー夫妻などが自分たちでパン作りと販売を行います。その後、売り上げの伸びに応じて手が足りなくなった部分をアルバイトでカバーするというのが、飲食店で独立する際の基本的なやり方でしょう。

ところが3カ所に厨房を設けたAさん。それだけ人手が必要になるにもかかわらず、そもそも自分には直売所と農業の仕事があり、また、奥様は別の仕事をしていたため、初めから人に頼るほかありませんでした。

そこで、パン教室で知り合った若者を店長として雇用しました。そのほか1人を見習い職人としてフルタイムで雇用し、店舗のオープン時間には女性スタッフを常時2人、雇用しました。

こうして借入金の返済に加え、スタートからたちまち多額の人件費が必要になってしまいました。

■1個200円のパンを何個売ればペイできるか

3000万円を金融機関から最大7年の返済で借り入れていたようですから、利子を含んだ月々の返済額はざっと40万円以上、雇い入れた4人分の人件費で月に80万円。ここに光熱費等の支払いを加え、月々140万円程度の支払いがあった計算になります。25日の営業日で割ると、1日の固定費(支払額)は5万6000円。

そこに、パンを作った場合の原材料費がかかってきます。原価率30%と想定し、1個200円のパンを何個売ればペイできるか――。答えは400個です。

これは、オーナーの報酬をゼロと見積もっての損益分岐点です。Aさんはほかに収入があったためこれでも成り立たせることができましたが、本来はオーナーの報酬も想定に入れて計算しなければなりません。

しかも、400個という販売見込み数も、毎日133人のお客さんが訪れ、それぞれパンを3個ずつ買ってくれてようやく辿り着く数字です。簡単ではありません。

■なぜAさんは、過剰とも思える投資をしたのか

結果として、開業後のAさんのパン屋の売り上げは、この数字に遠く及ばないものでした。なぜAさんは、過剰とも思える投資をしたのでしょうか。

知人によれば、「ライバル」の存在があったのではないか、ということでした。Aさんのパン屋から10キロほど離れた場所にある、大人気の有名なパン屋です。営業時間中は常にレジに長蛇の列ができ、多数のパン職人と店舗スタッフが生き生きと働いていました。Aさんにとっては、ベンチマークとなる大きな目標だったはずです。

パン屋の経営は初めてでしたが、Aさんには勝算がありました。Aさんのお店が提供するパンは、こだわりの厳選した小麦粉を使い、とても風味豊かな本格的なパンです。絶妙な配合で米粉を加え、もっちりしていてとてもおいしいと評判でした。

また、Aさんが自分で育てた旬の野菜やフルーツを使った惣菜パンは、目標にした人気店のパンにけっして引けを取らないクオリティ。私の知人は、東京の青山か六本木辺りに出店しても人気が出るほどのレベルだった、と言っていました。

ところが、Aさんのパン屋にはひとつ大きな問題がありました。「立地」です。

■飲食店の運命を左右する「立地」

ライバルの人気店は、主要道路沿いにありました。週末にはたくさんの車が行き交い、見晴らしもいい一本道。ドライバーは遠くからでも看板に気づき、次々ハンドルを切って入っていきます。60台分以上ある駐車場は、週末も平日も、いつもいっぱいでした。

それに対し、Aさんの店は車通りの少ない農道沿いにありました。しかもカーブの内側にあり、近づかないと店舗の建物が見えません。なぜか看板は小さく、道路を走っていてもその存在に気づきにくく、駐車場も6台分ほどしかありませんでした。

道路の先には住宅街があるものの、歩くにはかなり遠い。「どうしてこんなところにパン屋さんが?」と不思議に思うほどだったのです。

おいしいものさえ作れば、お客さんは必ず買いに来てくれる――。

それは、Aさんが農産物直売所で実践し、大きな成功を収めたところから生まれた経営哲学、信念のようなものでした。しかし残念ながら、飲食店には、Aさんの経営者としての経験はまったく通用しませんでした。

■ある飲食店経営者の自死

パン屋の経営は、いつまで経ってもいっこうに上向きません。いつしかAさんは、農産物直売所の運営と農作業に加え、日が明ける前の早朝にパンの仕込みまでするようになっていました。少しでも人件費を削減しようと思ったのでしょう。

朝4時にパン工房に行って仕込みをし、それから畑に行って農作業をし、その後、直売所で夜7時ごろまで働きます。さまざまな会合に出席し、それから再びパン屋に戻って、レジを締めたり、翌日の準備を行ったりします。あまりのハードワークで、睡眠時間は毎日3~4時間確保するのが精一杯というありさま。

Aさんは、しだいに弱音を吐くようになりました。「毎月100万円も赤字だよ。参っちゃうよ」と、こぼしていたそうです。

そんなAさんが突然、自死を選んだのは、パン屋のオープンから半年後のことでした。

彼はなぜ、お店を閉めるという選択をしなかったのでしょうか。人気の農産物直売所一本に立ち戻って、やり直すことはできなかったのでしょうか。真相はわかりませんが、本当に残念でなりません。

断言します。引退後に飲食店を経営して成功できるのは、飲食業界にいて必要な経営スキルを身につけている方だけです。ノウハウのない人が安易に手を出すと「地獄」を見ます。

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三戸政和(みと・まさかず)
株式会社日本創生投資代表取締役CEO。1978年兵庫県生まれ。同志社大学卒業後、2005年ソフトバンク・インベストメント(現SBIインベストメント)入社。ベンチャーキャピタリストとして日本やシンガポール、インドのファンドを担当し、ベンチャー投資や投資先にてM&A戦略、株式公開支援などを行う。2011年兵庫県議会議員に当選し、行政改革を推進。2014年地元の加古川市長選挙に出馬するも落選。2016年日本創生投資を投資予算30億円で創設し、中小企業に対する事業再生・事業承継に関するバイアウト投資を行っている。また、事業再生支援を行う株式会社中小事業活性の代表取締役副社長を務め、コンサルティング業務も行っている。

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写真=iStock.com/KatarzynaBialasiewicz