少子高齢化が進む日本で、福岡都市圏は例外的に人口が増え続けている。なかでも「人口増加率日本一」なのが福岡県新宮町だ。転機は2012年に家具量販店「イケア」の進出。だが新宮町はイケア誘致だけを狙っていたわけではない。つまり新宮がイケアを選んだのではなく、イケアが新宮を選んだのである。その理由はなにか。ジャーナリストの牧野洋氏は「街おこしのイノベーションがあった」と分析する――。(第2回)

※本稿は、牧野洋『福岡はすごい』(イースト新書)の「はじめに」と第2章「住みやすさがすごい――人口増加率日本一の秘密」の一部を抜粋し、再編集したものです。

■ファミリー向け物件で2000万円前後はザラ

「また新宮の新築マンション分譲のチラシが入っているよ。ほら、この広さでこの価格」「へえー、いつもながらすごいね」――。私は福岡市民として過ごした3年間、週末の朝方になると夫婦間でこんな会話を交わしたものだ。

当時、私が住んでいた東区と隣接する福岡県糟屋郡新宮町では大規模な新築マンションが続々と誕生していた。週末になると郵便ポストには新聞とともに決まって大量のチラシが入っていたのだ。ファミリー向け物件で2000万円前後はザラにあり、「即完売」も多かった。

新宮で販売になる分譲マンションの価格はもちろん、賃貸マンションの家賃も東区よりも明らかに安かった。それでありながら福岡都市圏にある。新宮の中心部にあるJR鹿児島本線・新宮中央駅からビジネス街がある博多駅までは電車で1本、所要時間は20分だ(東京で言えば中野駅から東京駅までが電車1本でちょうど20分)。

福岡市が勝ち組のコンパクトシティであり、人口を増やしているとしたら、新宮町は究極のコンパクトシティであり、福岡市を上回るペースで人口を増やしている。

2015年10月1日現在の国勢調査によると、新宮町の人口は3万344人。5年前と比べて23%も増え、増加率で全国市町村のトップになっている。30代前半から40代にかけての子育て世代の転入が多く、全体の人口増に寄与した。

町の中心部にあるのが2010年に完成した新駅・新宮中央駅だ。駅舎は屋上が緑化され、洗練されたデザインだ。ここの展望デッキから周辺を見渡すと、街全体がコンパクトであることが肌感覚でわかる。

駅から歩いて10分前後の距離には、高層マンションがいくつも建ち並んでいるほか、保育園6園、幼稚園2園、小学校3校、中学校1校、県立高校1校がある。中学校についてはもう1校の新設が決まっている。子育てにもってこいの環境だ。

同じ徒歩10分圏内にスーパー、銀行、医療機関などはもちろん、町役場、福祉センター、交番、消防署、文化センターなどの公共施設もそろっている。だからといって東京都心部のようにごみごみしていない。駅前ロータリーから沖田中央公園がまっすぐに伸びており、広々とした空間をつくり出している。

■イケア誘致成功で人口増加率日本一に

新宮最大のセールスポイントは、2012年に誘致に成功したスウェーデンの家具量販店イケアだ。イケアにとっての九州1号店で、沖田中央公園のすぐ横に位置する。駅前にあるだけに巨大さが際立つ。敷地面積は6万2000平方メートル以上で、東京ドームの1.3個分に相当する。

私にとっては新宮と言えばイケアだった。確かに新宮の新築マンションのチラシはよく目にしていたが、「他人事」だった。だが、イケアはまさに「自分事」。引っ越し直後から毎週のように新宮まで車を走らせ、イケアを訪れていたのである。自宅から車で20分の距離にあり、気軽に行けた。

カリフォルニアに住んでいたときにイケアを愛用し、家の中の家具の大半をイケア製にしていただけに、家族のみんながイケアに思い入れを持っていた。広大な店舗内を歩くのは楽しかったし、店舗内レストランの定番メニュー「スウェーデンミートボール」もおいしかった。

■人口は2万5000人→3万人に急増した

今思い返せば、イケアは引っ越しの1年前にオープンしたばかりでラッキーだった。ベッド、本棚、仕事机、洋服ダンス、ブラインド、カーテン――。結果として、カリフォルニア時代と同様に自宅の中は家具のほとんどがイケア製になった。

イケアが新宮に強烈なインパクトをもたらしたのは想像に難くない。人口2万5000人程度にすぎなかった町に世界的なブランドであるイケアが進出し、町の知名度が一気に上昇したのである。イケア進出から3年後の2015年には新宮の人口は早くも3万人を突破し、全国市町村の人口増加率ランキングで日本一に躍り出たのである。

イケアの登場をきっかけにイケア以外の人気チェーン店も競うように新宮へ進出している。九州全域からやって来る顧客の取り込みを狙ったのである。同業種ではニトリやサコダが進出したほか、コーヒーのスターバックスや衣料品のユニクロ、スポーツ用品店のヒマラヤ、ホームセンターのカインズも出店。街全体の景観は一変し、ショッピングモールが建ち並ぶアメリカ郊外のような雰囲気を醸し出している。

■「狭間」と言われた街がなぜイケアに選ばれたのか

そもそも新宮町はどのようにしてイケア誘致に成功したのか。正確に言うと、新宮はイケアに的を絞って誘致活動をしていたわけではない。新宮がイケアを選んだのではなく、イケアが新宮を選んだのである。

イケアに選んでもらうためには魅力的な条件がそろっていなければならない。そこにはいわば「街おこしのイノベーション」があった。

もともと新宮は戦後に工場地帯として開発され、町の地理的中心部は開発から取り残された農地として存在していた。本来ならば地理的中心部は街全体の核を担うべきなのに、既存市街地から離れた「狭間(はざま)」と言われていた。1990年代後半になって街の活性化に向けた取り組みが動き出した。

ポイントは大きく3つあった。(1)下水処理場を整備する、(2)JR新駅を設置する、(3)大型商業施設を誘致する――である。最大のハードルは下水処理場だった。誰もが下水処理場の必要性を認識していながらも、どこに建設するかで合意にいたらず、前へ進めなかった。どの地区も「下水処理場=迷惑施設」と思い込み、押し付け合いになっていた。

■「駅前に下水処理場」という発想

通常、下水処理場は市街地の端っこに位置する。マンションの住民は「汚泥や排水で匂う」と言うかもしれないし、レストランやデパートの経営者は「客足に影響が出る」と言うかもしれないためだ。人が最も集まる駅前は論外であり、「駅前に下水処理場」という発想にはなかなかならない。

だが、新宮町は「駅前に下水処理場」という方向へ進んだ。逆転の発想である。「住宅が売れなくなる」「商業施設が来なくなる」など否定的な意見ばかり聞かされていたものの、「駅前に下水処理場」で合意を取りつけて2001年に「都市計画マスタープラン」を策定した。

そこで識者の意見を入れてたどり着いたのが「下水処理場=環境との共生」という構想である。下水処理場「中央浄化センター」を地下に埋設し、地上に緑豊かな公園を整備するというのだ。駅前には駅前広場と一体化した公園が出現し、広大なオープンスペースを生み出す格好になる。

2010年には待望の新宮中央駅が開業すると同時に浄化センターが完成。沖田中央公園には多様な樹木が植えられ、浄化センターでオゾン処理された水は公園のせせらぎ水路や近隣施設のトイレで再利用されるようになった。副町長の福田猛は「水は高度処理しているから匂わないですよ。公園では子どもたちが水遊びしていますが、体に触れても大丈夫。最初は信じられなかったですけれども」と話す。

■リーマンショックも乗り越えた「新宮方式」

大型商業施設の誘致も順調に進んでいた。2004年にイオングループが事業認可の申請を行い、ショッピングモールの建設に向けて地権者とのあいだで仮契約を結んでいた。

ところが、新宮は2008年9月になって想定外のハプニングに見舞われた。アメリカを震源地にした金融危機「リーマンショック」が発生し、日本を含めて世界は瞬く間に悲観論一色になったのだ。イオンは動揺し、「テナントの確保など安定した運営が難しい」との理由から翌年の2009年1月に出店を断念した。

新宮ではイオンの出店を見込んですべてが動き出していただけに、影響は大きかった。マンションの建設計画はいっせいにストップ。新宮生まれの福田は当時を思い出して「一瞬ですべてが浮いた状態になりました。茫然としてしまいましたね」と語る。

イオンの出店断念から半年後に再び状況は一変した。イケアが福岡都市圏に新規出店する計画で、候補地の一つに新宮も含まれているとのニュースが飛び込んできたのだ。それを受け、新宮側もイケアに対して積極的にPR活動を展開した。

■イケアはなぜ新宮を選んだのか

結局、イオンに代わってイケアが進出を決めた。九州各地に出店しているイオンと違い、イケアにとって九州出店は初めて。しかもイケアは世界的なブランドであり、九州全域からの集客を見込める。災い転じて福となす、と言うべきかもしれない。

イケアはなぜ新宮を選んだのか。イケア・ジャパンは「福岡を九州の主要なマーケットと位置付け、ストアの開店に向けて用地を選定してきました。新宮は新駅の駅前ということで、公共交通機関、福岡市内からの車でのアクセスもよく、利便性が魅力でした」と説明する。

確かに立地条件は抜群だが、それだけではない。いかに交通の便がよくても、新宮の地理的中心部が「狭間」だったらどうなっていただろうか。開発から取り残され、下水処理場も整備されていなかったら、イケアは魅力を感じなかったのではないか。

イケアは進出地に求める条件として「子育てしやすい」や「環境に優しい」も挙げている。この点で新宮は合格だ。だから子育て世代が続々と新宮へ転入しているのである。

このような環境をつくる起点になったのが、駅前で下水処理場と公園を一体的に整備する「新宮方式」だ。これによって町の地理的中心部は「みんなが嫌がる迷惑施設」ではなく「みんなが集まる憩いの場」になった。最終的にはイケア誘致にもつながって「街おこしのイノベーション」が実現したのである。

ちなみにイケアのトイレでは、目の前の公園の下にある下水処理場で処理された水が再利用されている。(文中敬称略)

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牧野 洋(まきの・よう)
ジャーナリスト
1960年生まれ。慶応大学経済学部卒業、米コロンビア大学大学院ジャーナリズムスクール修了。1983年、日本経済新聞社入社。ニューヨーク特派員や編集委員を歴任し、2007年に独立。早稲田大学大学院ジャーナリズムスクール非常勤講師、ファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)理事。2008~13年カリフォルニア在住、2013~16年福岡在住。著書に『米ハフィントン・ポストの衝撃』『共謀者たち』(河野太郎との共著)『官報複合体』『不思議の国のM&A』『最強の投資家バフェット』など。

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