日大アメフト部の事件から組織の「危機管理」について考えてみる

日大アメリカンフットボール(アメフト)部の危険なタックルの問題はいろいろなことを考えさせてくれる良い機会になりました。

学生アメフト会のライバル校関西学院大学との試合開始1プレイ目にでた、日大選手の危険なタックルをめぐる日大の一連の対応に批判が集まっています。この日大選手は、その後もパーソナルファウルを繰り返し、合計45ヤードの罰退をチームにもたらし1分30秒で退場となりました。

危険なラフプレイは論外であるにしても、戦略的な陣取り合戦であるアメフトの試合のセオリーから言っても考えられないプレイが一体なぜ行われたのかが、当初、マスコミで問題となりました。

当該選手は、記者会見で「監督、コーチからの相手クォーターバックに怪我をさせろとの指示を受けてやった」と暴露。その後、日大監督、コーチは会見を開き「指示していない」と反論しましたが、その後も日大側の対応は後手後手に回り、マスコミ報道もヒートアップ、収まる気配がありません。

いまや、日本一の社長排出人数を誇る日大ブランドも、ズタズタというまさに危機的状況です。そんなマスコミ報道に、「そろそろ飽きてきた」と思っている方々と、危機管理について考えてみたいと思います。

危機を危機と認識していないとマニュアルも意味がなく対応は失敗する

「危機管理」とは「人々の生命や心身等に危害をもたらす様々な危険が防止され、万が一、事件・事故が発生した場合には、被害を最小限にするために適切かつ迅速に対処すること」(文部科学省「学校における防犯教室等実践事例集」平成18年3月)とされていますが、一般的には、危機という事態に陥ったときの初期対応を言うことが多いようです。

基本的に多くの自治体や企業には「危機管理マニュアル」が存在し、危機が発生したときには、マニュアルに沿って行動することになっているようです。危機管理学部があるくらいの日大ですから「マニュアル」は、当然あるのではと思います。

にもかかわらず、事態の収拾どころか、日大の経営にとって一番大事な「日大というブランド価値」を棄損させ続ける危機的状況が続いているわけです。なぜでしょうか?

そもそも、監督、コーチにとってあのタックルは事件でさえなく、当該選手の発言通りであればもともと予定していたことでしょうし、大学にとっては、「危機」の定義に当たらない運動部内の出来事に過ぎなかったのです。

「危機管理マニュアル」に当てはまらないのに、危機的状況が進む事態に困惑の連続、ついに、マスコミ対応には自信のある元記者の広報担当者が会見の司会となり、(危機でもないのに危機危機と嬉々とする記者たちに)「これ以上やっているときりがない」という、ある種の正論とも言える言葉を口に出してしまい、火に油を注ぐ事態になったわけです。(やっちゃった、本当に危機にしてしまいました。)

組織は社会的存在であるということをふまえ考える

私も、発端となった出来事自体は「危機」ではないと思います。それが何故、危機になってしまったのか?原因は、「何故、日大がアメフトをするのか」を考えればわかることなのです。(昨年の27年ぶりの優勝のように)勝利、名誉、学生の確保・・・。

いろいろ考えられますが、アメフトがそうであるように、何かをしようとすると相手(他者)が必要です。日大も(企業も)そうですが、すべからく社会的存在ですので、社会に存在を許容されなければ=価値を供給しなければ、存在さえかなわないのです。

ですから、企業は(日大も)、社会的価値を生み出す存在としての社会に関与する姿勢を企業理念として掲げているのです。そして、価値を生み出す根源は、なんといっても「顧客」です。日大の理念は、残念ながらわかりませんが「スポーツ日大」というコピーを使って、顧客=学生獲得に力を入れています。それでは、なぜ日大の方々はあのような行動をとることになったのでしょうか?

顧客や社会を顧みないルールや考え方が危機を招く

組織から見ていきましょう。世の中には組織だらけで、どこの組織にも属さないという人はいないと思いますが、人が組織に属する理由としては、人が組織に貢献して供給する価値より、組織から提供されると思われる価値(誘因)の方が大きいからだと言われています。だから、監督もコーチも元記者先生も、日大という組織のルールに則り行動したわけです。

しかし、供給される価値(地位、給料・・・)の根源は、顧客=学生であり、その先にある社会であるということに理解が及ばなかったのでしょう。

目先のことだけ(21年ぶりに優勝して名誉を得る経験をしたので、勝つことの嬉しさだけに目が向いたのでしょうか)に目が行き、目の上のたんこぶ、目の前にいる敵の選手を潰すことが、また優勝につながると短絡的に考えたのかもしれません。

日大は、附属高校などを含めると大きな社会的な広がりを持つ組織ですが、彼らの行動が結果として、日大の危機的状況を招いたのです。

マニュアルがあっても思考が停止してしまうのは最悪の結果に

多くの会社は、危機管理といえばマニュアルとセットになって考えられています。実は、マニュアルによる思考停止こそが原因があるのだろうと思います。東日本大震災で、7割の生徒を失った石巻の大川小学校のように・・・。

マニュアルは、事態のオペレーションには有効です。しかし、行動は、常に「何故、今そうするのか」、「適切に行動であったか」という自問が伴わなければならないと思います。(言い伝えで聞いた)「裏山へ、行きたい」と主張した、マニュアルを知らない大川小学校の子供たちのように、最善は何かを考えて行動することなのです(残念ながら、生徒の意見は取り入れられませんでした)。

結局、危機的事態には、特に「人間」が問われる、ということなのだと思います。同じように、「会社」が問われているということを考えるべきなのです。

(岡部 眞明/経営コンサルタント)

企業・組織の「危機管理」とは?日大の事件から学ぶ危機管理