連続テレビ小説「半分、青い。」(NHK 総合 月〜土 朝8時〜、BSプレミアム 月〜土 あさ7時30分〜)
第11週「デビューしたい!」第62回6月12日(火)放送より。 
脚本:北川悦吏子 演出:橋爪紳一朗

62話はこんな話
律(佐藤健)と別れ悲しみにくれる鈴愛(永野芽郁)に、秋風(豊川悦司)は漫画を描けと言う。
「律くんがくれたチャンスだ」と。

鈴愛の成長
62話は主題歌からはじまって、鈴愛の部屋の場面に(菜生のプレゼントのバッグや晴のぬいぐるみがちゃんと出してある)。
「背中さすさすしてて」とユーコ(清野菜名)に抱きつく鈴愛。「さすさすして」ってかわいい台詞。

「なんだろ このデジャヴュ感」「ダブルで来たってことか」「1週間で2回振られている」とユーコは冷静だ。
そこへボクテ(志尊淳)もやって来て「本当の事言うと、律くんと鈴愛ちゃん絶対にくっつくと思ってたんだよ」と慰めているんだか惜しんでいるんだか。
「私もそう思ってた ような気がする」と応える鈴愛。
なんなんだよー。正人(中村倫也)はどうなってんだよー、と思うが、61話のレビューでも書いたが、鈴愛は、正人に振られたときの無様な態度から少し成長している。

まず、律との別れで惨めにすがることをしないで、からっとしようとしたこと。そして、仕事場では泣きたくなると今度はトイレに行って泣くようになった。あの発明品はもう使わない。
過呼吸になってユーコに慰めてもらったのは同じだが、転んでも毎度同じパターンを踏まないことを学んだといえるだろう(世の中にはいつも同じパターンの人もいるけれど)。それが正人の役割。

それと、こういうとき母のくれたかわいいぬいぐるみを抱きしめたりしないところが、晴よりは母子離れしているように思って面白い。

律くんと鈴愛はもっと深いところで

Tシャツの襟が破れているのもかっこいい秋風。鈴愛に「描け」「泣いてないで いや 泣いてもいいからかけ」「楽になる」「創作は 物語をつくることは自身を救うんだ」「物語には人を癒やす力があるんだ」などと励ます。

場面はティンカーベルの廊下から秋風ハウスの中庭に。鈴愛はユーコとボクテとテーブルを囲んでおしゃべり。空は青空。白い雲が浮かんでいる。
「雲が律だと思ったらいつでもいられるな」と空を見上げて夢想する鈴愛。
「馬鹿だねえ鈴愛は」とユーコが意外とばっさり。
岐阜弁と標準語のちゃんぽんで、思いを語る。
「触った記憶がない。それが私と律や」と言う。
確かに、31話で「捨てないで」と律が言ったとき鈴愛の手首に触れたくらいなのだ。あと、57話の背中。

鈴愛「マア君のことは触れたいと思った。本当に好きだった」
ユーコ「それはきっと恋だ」「律くんと鈴愛はもっと深いところでつながっていたんだよ 恋なんかよりもっともっと深いところで」
鈴愛「それは何色?」
・・・などという恋の哲学を語る会話をボクテがメモる。「これ絶対使えるよ ネームにすればいいよ」と。

律がくれたチャンス
秋風はいつもの秋風塾の最初に、これからは描いたものを「月刊ガーベラ」に見せるという。デビューのチャンスが開けて来た。
鈴愛は自身の体験に基づいて膨らませたアイデアを語る。
「あっ 見て 月きれいだね って言えなかったんです」
「思い出縛りだったから。思い出しか言っちゃいけない」

ここまで聞くと、秋風は、椅子を鈴愛のすぐそばに近づけ、顔を覗き込むようにする。
ユーコとボクテは少し椅子をずらして、秋風と鈴愛と距離を取る。

「楡野 いまだ。いま描け お前絶対いいものが描ける」
「これは神様がくれたチャンスだ。いや、律くんがくれたチャンスだ」

「律って口に出したら悲しい」と言う鈴愛の口をむんずと抑えて描けと迫る秋風。
鈴愛「鬼」
秋風「鬼上等 描くんだ」

こうして、ついに鈴愛は漫画を描きはじめた。

「律がくれたチャンス」。どんなに悲しくてもそれを原動力にして何かを生み出す、そしたらその悲しみは美しく昇華され、その人は離れていても生涯大事な人で居続ける。自分のこころのなかで燦然と輝き続けるのだ。それが生きるということだ。

朝ドラはみんなを救う
お仕事のバランスはこれくらいがいいのかもしれない。
なかには、お仕事のディテールをしっかり描いてほしいという視聴者もいるが、過去、お仕事のディテールを丁寧に描いた朝ドラはたいてい視聴率が低い。上方落語に励む人々を丁寧に描いた「ちりとてちん」などがその例だ。作品としての完成度はとても高いが、ひとつのことに特化してしまうと、その職業に興味のない人を遠ざけてしまうからだ。そういうドラマもあってもちろん良い。私はドキュメンタリー志向なので地味でも細かいものが好きだ。
その一方で、朝ドラのように不特定多数の視聴者を対象としている番組では、「半分、青い。」のように、家族も夢〈仕事〉も恋愛も盛りだくさんで手短に瞬間盛り上げるように描いたもののほうが、視聴者の多様な欲望に刺さる。しかも北川悦吏子の描くひとつひとつのエピソードは刺激が強く心を惹く。刹那的とも言うが、テレビドラマにはそれくらいがいいのだと思う。恋愛のど修羅で視聴率が上がっているのは、スキャンダルが好まれる世の道理にも即している。

「創作は 物語をつくることは自身を救うんだ」「物語には人を癒やす力があるんだ」という秋風の言葉どおり、鈴愛がどんなに無様でも、それが許容され、彼女が周囲に見守られ這いつくばって前進していくことが、鈴愛を救い、視聴者を救う。
朝ドラは、たくさんの人を救う。

ここのところすごいと思ったのは、土曜日に派手な恋愛のど修羅を描き、月曜日にシックな恋の終わりを描いたことだ。土曜でまとめて、月曜は新たなフェイズという従来のパターンを無視して、土から月をつなげたことで物語としても強烈な牽引力を発揮した。

「思い出しばり」で思い浮かぶのは、山田太一の「想い出づくり。」。

“「人生を振り返った時、確かな想い出が欲しい!」適齢期を迎えたOL3人が“青春の証明”を探していく…。“TBS チャンネルのサイトより。「適齢期」「OL」とは2018年には死語みたいな言葉だが、放送されていた81年には当たり前に使われていた言葉だ。24歳、そろそろ結婚を考える年頃の女性3人(古手川祐子、田中裕子、森昌子)が確かな想い出が欲しいと考えてとった行動は・・・。傍から見たらなんだそれはと思うようなことでも大事なことがある。そういうことをつぶさに描いた山田太一の名作。結婚の現実の描き方が容赦なくて、気持ちが揺さぶられる。

ほかに向田邦子の直木賞受賞作「思い出トランプ」も思い出される。
(木俣冬)
「想い出づくり 」(山田太一セレクション) 山田 太一 /里山社