あれは5月。試合前のグラウンドで懐かしい声が耳に飛び込んできた。

「おーい、アキラ。アキラ~! ちょっとこっちに来て、この子らと一緒に写真に写ってくれへん?」

 滅多な事では笑わない中村晃が観覧スペースの方を振り向くと、ちょっと嬉しそうににんまりと表情を崩していた。松田宣浩、柳田悠岐、今宮健太といった面々も声をかけられてはそこへスタスタ近づいていく。

「お久しぶりです。マナブさん」

「マナブちゃうで、サトルや!」

 そのたびに繰り返される、このボケとツッコミもまた懐かしかった。

 ホークスOBの森本学(もりもと・さとる)さんがヤフオクドームを訪れていたのだ。7年前、33歳の時に引退。ホークス一筋で9年間プレーして一軍通算375試合に出場。打率.234、1本塁打、52打点は目を見張る数字ではなかったが、内野はどこでも守れるユーティリティプレーヤーとして重宝された。

引退後は福祉事業を経営

 野球のプレーよりと言ってしまうと失礼だが、明るく気さくな人柄で人気を集めた選手だった。「ヨソ者が抱く大阪生まれのイメージ」そのままのテンポの良い喋り口調で、ちょっとした一言でも笑いを巻き起こす。なかでも名前ネタは鉄板で、そこには年上も年下も関係ない挨拶代わりのようなもの。イジりもするけどイジられる。チーム一の愛されキャラだった。

 そんな森本さんの現在は「社長」になっている。

 地元大阪に戻り、引退した翌年2月には「株式会社フォレストブック」を設立した。介護・福祉を主な事業としており、デイサービス施設やケアプランセンター、リハビリ特化型デイサービス施設を次々とオープンさせている。また、福岡でも障がいを持つ子どもたちの「余暇活動」支援を行っている。この日はその一環で、ホークスの大ファンだという10代の女性2人の野球観戦をサポートするためにヤフオクドームを訪れたというわけだ。

 たくさんのプロ野球OBを知っているが、デイサービスなどの福祉事業を経営している方を他に知らない(※1)。かなり特殊な『セカンドキャリア』だと言っても大袈裟ではない。

 そのワケや、第2の人生の生き甲斐などを大いに語ってもらった。

――なぜ、介護の道に?

「実は30歳を過ぎたくらいから『次の道』は考えていたし、野球以外のことに携わろうと決めていたんです。プロ野球選手の引退後って、そのまま指導者になる人や解説者のような一部の人以外はまるで名前を聞かなくなる。でも、プロ野球選手にまでなった人は、他の世界でも上手くいくはずと考えていました。

 野球はチームプレー。それにプロ野球に入るまで、そしてその世界で生きていくために『気づき』が絶対に必要なんです。アマチュア時代は主砲でならしたヤツがプロでは右打ちしたり、バントを一生懸命練習したり。それって一般社会で生きていくうえでも役に立つはずなんです。

 介護の道を選んだのは、おじいちゃんの存在が大きいかな。僕が小学校の時に脳梗塞で倒れて半身不随になってしまい、在宅介護で家に居たんです。だから介護というものが身近にあった。でも、自分はずっと野球ばかりやっていて、大阪桐蔭高校も今ほど強豪じゃなかったけど野球漬けだったし、大学は府外の福井工業大学に進んだ。社会人のシダックスも東京のチーム。結局おじいちゃんに何もできないまま、プロに入ってしばらく経ってから亡くなってしまった。小さな頃はおじいちゃんっ子だったんでね。それが今の世界に興味を持ったきっかけにはなりました」

 開業当初は「ほぼ全員に反対されたし、失敗すると言われ続けた」という。「だけど、勝負する前から、なんで負けると思ってやるんや」とプロ野球の世界で生き抜いた持ち前のガッツが生きた。

王監督を見習った雰囲気作り

 そして、プロ野球選手だったという経験が、今もたくさん生かされているという。

「初めの頃、従業員から上がってくる報告は、報告というよりも愚痴ばかりでした。なので、今は『なんでも良い。些細なことでいいから一日でひとついい報告を持ってきてほしい』とお願いしています。あのスタッフの挨拶が元気だったとか、普段あまり笑わない○○さんがいつもより楽しそうだったとか。

 人間って悪いところはすぐ目につくけど、良いところはきちんと探さないと見えてこないものです。自然とスタッフの目配りや気配りが良くなっていく。職場の雰囲気も良くなるし、働き甲斐も出てくるんです。

 逆に僕も従業員のいいところを探して、声をかけるようにしています。それは僕が現役時代に感じたことです。ずっとスタメンがなくて、控えでも2、3試合出番がなくなると『もうファームかな』と落ち込みそうになる。そんな時、必ず王(貞治)監督は『バッティングが良くなってきたな』とか声をかけてくれたんです。見てもらえているんだという安心感があったし、よし頑張ろうと何度も奮い立たせてもらいました。いま、社長をやってみて、王監督のその凄さを改めて感じます」

 介護職は人手不足や待遇面などでネガティブな印象を持たれがちだ。森本さんは「それを変えたい」と力強く言い切る。

「介護は魅力のある職業であり職場だと、周りに認めてもらわないといけない。そのためには今働いている人間がレベルを上げることが必要。僕らが笑顔になって、利用者さんも笑顔になれるし、生きる活力も生まれるんです。

 せっかくなら、仕事に楽しさを見出さなきゃ。小さなことでもいい。僕も最初は現場で研修をしていて、こんなことがありました。おじいちゃんのトイレ介助だったんですけど『ちょっと立ってくださいね』と言った時にウォシュレットのボタンを押してしまったみたいで、水がおじいちゃんのち○ち○に当たって俺の顔に降り注いできたんです。それが今の業界のスタートですよ(笑)。おじいちゃん、やめてーって騒ぎながら大笑いしました。怒ったり嫌になったりはしなかった。今こうやって喋ったらネタになるし、こんなオモロイこと普通ないでしょ。笑いに変えた方が楽しいやないですか。そんなのでもいいから、発想を変えていけば、仕事って楽しく思えるようになるんです」

 今後は、いま福岡で学んでいることも活用しながらさらなる展開を考えていると、目を輝かせながら話してくれた。

 あの日あの時にグラウンドで躍動していたアノ選手がユニフォームを脱いだ後もイキイキと頑張っている姿は、応援していたファンにとっても嬉しくなるもの。

 これからもまたOB選手を訪ねて、ぜひ書く機会を持ちたいと思う。

※1 一部修正(6/14 15:00)。阪神、広島で活躍し昨年引退した江草仁貴氏もデイサービス経営を始めているそうです。

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(田尻 耕太郎)

内野のユーティリティプレーヤーとして7年前までホークスでプレーしていた森本学