by Scott Webb

 これから「結婚したい」と思っている人にとっては、ちょっと夢のない話になってしまうかもしれません。でもどうかスルーしないで聞いて欲しい。お願い、今日はダラ嫁に5分間だけ時間をください。(読むの早い人は3分で!)

 ここのところ毎日、TVやネットのニュースで報道されている5歳の女の子の虐待死事件。事件の全容のほんの一部が伝えられているだけかもしれないけど、それでもあの少女が短い生涯で経験したことはあまりにも壮絶で、「直視できない」「チャンネルを変えてしまう」という声が、私の周りでもとても多いです。うん、私も無理。目を逸らしたい。

 でも、あの子じゃない別の誰かが、私たちがあのニュースから目を逸らしている間も、あの子と同じような目に遭っている、という現実は必ずあるんですよね。そう思うと、目を逸らして考えないようにする方がもっと無理。私たちは誰一人、あの子を助けることができなかった。だって、あの子のことを知らなかったから。

 でも今はもう知ってるよね。子供を虐待してしまう親がいることと、虐待されている子供が今日もどこかにいるってことを。じゃあ、私たちにも何かできるはずじゃない?

※今回の事件で児相へのお叱りのお電話が殺到して、業務に支障が出ている地域もあるようです。ご連絡する場合は冷静な配慮を。

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#児童虐待問題に取り組まない議員を私は支持しません

 私は報道されていること以外、あの事件の夫婦については何も知りません。だから想像の域を出ないけど、そもそもなぜ妻の方は自分の娘を愛してくれない男と結婚してしまったのかな、最初は小手先の優しさとかに騙されて一緒になっちゃったとしても、途中で「アレ?」と気づいたときにどうして離れられなかったのかな、なんで訪ねてきた児相のスタッフを「自分の立場が危うくなるから」と追い返せたのかな?と考えてしまう。

 男の方は、そもそもなぜ父親になれる素質もないのに連れ子のいる女性と結婚したのかな、最初は自覚できてなかったとしても邪魔に感じたり最初に暴力を振るってしまった時点で、「あ、無理だ」と逃げ出すか、あるいは子どもを適切な場所に預けるなりできなかったのかな?と。いや、乱暴な言葉になっちゃうけど、ハッキリ言いますね。

 そもそも、なんでこんなクズが結婚できたの?

結婚は、そんな大したものじゃない

 私は家事が苦手なダラ嫁のくせにこんなコラムを書かせていただいているおかげで、悩めるお嬢さん方から「どうしたら結婚できますか?」とアドバイスを求められることが多々あります。

 みんな、気遣いができて身綺麗にしていて聡明なお嬢さん方です。そんな彼女たちが、 “結婚”というものに恋い焦がれて、「できない私はダメ人間なんだ」と思い悩む姿を嫌というほど見てきました。
活躍されている先輩方の中にも、ただ独身であるという理由だけで周囲から気の毒がられたり、自虐に走ったりする人も少なくないです。

 ああ、もうね、私はただ叫びたい。あなたはどこも悪くないよ!って。 “結婚”は、選ばれた人のところへ届けられる宝石ではない。そんなもの、ただの“制度”であって人生においてそれ以上の役割はない。そう、“結婚”はあなたを救う奇跡ではないのです。

 人生がもしすごろくなら“結婚”が上がりだと思っている人は少なくないでしょう。
でも、結婚するのに特別な資格はいらないし、母親や父親になるのにも、無許可&無資格でOKなんです。犬を飼うのに免許が必要な国だってあるというのに。

 かさねがさね、乱暴な言葉になっちゃうけど、どんなクズでも結婚ができるんです!
結婚は、そんな大それたものじゃないんです。

結婚をしてないから…

 たくさん恋愛をしていればモテているということになり、たくさんセックスをしていれば求められているということになり、結婚できればまともな人だ、ということになってしまう。そんな古臭い刷り込みを、私たちはそろそろ本気で上書きするべき。

 今から十数年前、どこかの雑誌が『セックスでキレイになる』なんて文言をブチあげたもんだから、女の子たちは「セックスしてないとブス」という思い込みに心を侵されて、しなくてもいいことまでしでかしてしまい、負わなくてもいいはずの傷を負ってしまったと感じています。
雑誌のキャッチコピーとしてはよくできたフレーズだと感心するけれど、そのおかげで人生を踏み外してしまった女性がいかに多いか、と考えると犯罪的コピーだと思う。ゼロ年代の負の遺産。そんな時代、もう終わらせましょうよ。

 もちろん、魅力的な人がそうでもない人(ごめん!)より恋愛経験が多かったりスピーディに結婚したり、という事実もあると思います。
だけど、逆もまた然りではない、ということ。

 彼氏彼女がいないから・結婚してないから、人としてダメなんてことはありえません。

 そういう「状態」を材料にして人を測ることには意味がなくて、むしろ自らの望みに反してなぜそのような「状態」になってるのか、その「理由」の方が重要なのです。

自分を滅ぼしかねない結婚をしてしまったら

 そんな世間のプレッシャーに負け、ギャンブルやお酒に依存するように、恋愛に依存した状態で結婚してしまったら、そこから抜け出すには相当なパワーが要ります。

 一人で生きていくことは難しくないのに、中毒で瀕死の状態だから、ハタから見たら「なんでそんなことができないの?」と驚くようなことすらできなくなってしまう。そして恐ろしいことに、生きてる限り人はいつ依存に陥るかわからないものです。

 私だって、酒や男に逃げずにここまで生きてこれたのは単なる運だった可能性もある。たまたま恵まれていただけで。ちょっとした運の違いで、「なんであんなことできるの、信じられない」と思っている鬼畜が、私だったかもしれない。あるいは、親に殺されていたのは私だったかも。

 自分を滅ぼしかねない何かに依存しないよう生きるには、ひたすら自分の幸福感に執着するしかない。自分自身と自分が大切にしているものの幸福を侵すものを許さず、傷付けられたら戦うこと。

 もし戦えないぐらい手ごわい相手だったり、逆に自分が相手を傷つけてしまいそうなときは、逃げちゃえばいいんだよ。
逃げる体力を奪われる前に、さっさと遠くへ逃げちゃおう。逃げてきた人を救ってくれる制度というのは、調べてみれば意外とあるのです。

 もうすでに一人で逃げる体力がなくなってたら、外に向けてSOSサインを発して欲しい。必ず誰かが手を引っ張ってくれる。
これ、恋愛や結婚だけに限らずですよ。「過労死は自己責任」なんていう上司がいる職場からも、今すぐ裸足で逃げろーーーーーーっ!

Text/ティナ助

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