カンヌ国際映画祭グランプリ受賞作『殯(もがり)の森』などで知られる河瀬直美監督の長編第10作『Vision』(上映中)で、永瀬正敏、岩田剛典(EXILE / 三代目 J Soul Brothers)、夏木マリら日本人キャストに囲まれながらヒロインを演じるフランスの名女優、ジュリエット・ビノシュ。河瀬作品に、米アカデミー賞も受賞した海外のスターが出演するのは初めてのこと。縁あって本作に出演することになったビノシュに、その経緯をはじめ奈良・吉野の山で行われた河瀬監督の独特の撮影手法について聞いた。

 ビノシュと河瀬監督が会ったのは、わずか1年前の2017年、カンヌ国際映画祭だった。ビノシュいわく「カンヌで会ったときは、一緒に写真を撮っただけで、直美(河瀬監督)はわたしと映画を作ることまでは考えていなかったと思う。わたしは『あなたの作品に出たい』と強くアピールするタイプではないの(笑)」とのこと。しかし、『あん』『殯(もがり)の森』などの河瀬作品を観ていたと言い、「その後、わたしがパルムドールの発表のスピーチで愛と光の話をしたのが直美の心に引っかかったのではないかしら。『Vision』は愛と光の物語だから、『わたしの次の作品に出るのは、この人』と確信したんだと思う」。

『Vision』劇中写真 (C) 2018“Vision”LDH JAPAN, SLOT MACHINE, KUMIE INC.

 日本に帰った河瀬監督は、ビノシュと直接、Skypeでコンタクトをとり、企画は一気に進む。ビノシュが演じるのは、ある目的のために日本を訪れるフランス人エッセイストのジャンヌ。9月の初めには、河瀬監督のホームグラウンドである奈良・吉野の森で前半の撮影が行われた。「夏の終わりで、自然が躍動するのを感じた」とビノシュは日本の森に大いに魅せられたことを振り返る。「垂直に立つ杉の木から漏れる光、キノコや苔といった小さな自然の美しさ、そして祈りを捧げる場所……。森の中で静かに感動している自分を発見したわ。宮崎駿監督の『千と千尋の神隠し』などを思い出し、人間と自然のつながりに浸ったの」。

 これまでさまざまな国で、数多くの作品を経験してきたビノシュにとっても、河瀬監督の現場には驚く点が多かったようだ。吉野では「製作アシスタントや、ヘアメイクアーティストなど女性たちだけの“宿坊”があり、わたしもそこに泊まって撮影に通った」という彼女が、劇中、最も共演シーンの多い永瀬正敏と初めて会ったのは、何と本番の瞬間だったそう。ビノシュは「永瀬さんとは、いきなりカメラの前に立つことになった。挨拶をする間もなく演技を始めるのは簡単ではなかったわ。言葉もうまく通じないし……」と当時の戸惑いを告白。しかしそれが、あえての意図だったことを知ってからはスムーズに役に入り込み、「わたしも、永瀬さんも、自分が持っているものを差し出せばよかった。ある意味でシンプルな作業だったの」と河瀬組の独特な行程に身を委ねていった。

6月9日に実施された『Vision』公開記念舞台挨拶にて。左から美波、夏木マリ、永瀬正敏、ジュリエット・ビノシュ、岩田剛典、河瀬直美監督

 「どこにカメラがあるのか、いつカメラが回り始めるのかもわからないことがあり、演技を終えてから、カメラの位置を聞いたこともあった。でもそのスタイルは大好き。演じていて快感なの」と河瀬監督のもとで、日本で「Vision」という薬草を探すジャンヌと一体化していったビノシュは、9月、11月と2度の撮影に参加。前半部分を撮り終えた後、11月からの撮影が始まる際に後半のシナリオにも変更が加えられたという。「前半のラッシュを観た直美は、ジャンヌが日本に来た目的を新たに付け加えたの。この変更は、監督の権利でもあり、わたしが新たな脚本に順応すればよかった」と女優としての対応力を試されたことも、楽しんだようだ。

 今改めて撮影の日々を思い出し、「常に『一緒にご飯を食べましょう』『こちらに集まって話しましょう』などと気遣いを見せてくれる日本人の気質が大好き。こういう感覚はフランスでは消えつつあるから」と懐かしむビノシュ。これまでもオムニバス『パリ、ジュテーム』の諏訪敦彦監督のパートや、『GODZILLA ゴジラ』『ゴースト・イン・ザ・シェル』といった、日本に縁の深い作品に出演してきた彼女は、次回作となる是枝裕和監督の現場を「待ち遠しくてたまらないわ」と目を輝かせていた。(取材・文:斉藤博昭)

河瀬直美監督の新作『Vision』で永瀬正敏と共にW主演を務めたジュリエット・ビノシュ - Tiago Banderaa / H&K