体重計メーカーのタニタが、ゲームコントローラー「ツインスティックVTX」(バージョン・タニタ・エキストラ)の開発に乗り出す。セガゲームスが2月に発売したゲームソフト「電脳戦機バーチャロン×とある魔術の禁書目録 とある魔術の電脳戦機」(プレイステーション4)に対応した操縦かん型のコントローラーだ。

【画像】これが新型ツインスティックだ!

 「タニタが本気だ」「情熱を感じる」「ニッチな商品だが大丈夫か」――タニタの挑戦は、ネット上のファンを沸かせた。とある魔術の電脳戦機は、巨大なロボットを操る対戦型アクションゲーム「電脳戦機バーチャロン」シリーズの15年ぶりの新作。その周辺機器を、タニタが手掛けるというのだ。6月8日には、開発費用を募るためにクラウドファンディングのプロジェクトが始動した。

 ゲーム分野は、タニタにとって新たな事業領域。そんな開発プロジェクトを任されたのは、新事業企画推進部の久保彬子さん。それまで久保さんはあまりゲームに触れたことがなく、途中「めちゃくちゃ心が折れた」という。

 外出中も「道路のポールやガードレールが、ツインスティックに見えてしまう」ほどプロジェクトについて考えていた――久保さんに舞台裏を聞いた。

●「それなら私に作らせてほしい」

 プロジェクトが始まるきっかけは、タニタの谷田千里社長がセガゲームスの松原健二社長と会い、話をする中で、15年ぶりのバーチャロン復活を発売前に知ったことだった。谷田社長はバーチャロンのファン。セガのスタッフを招き、社内でバーチャロン大会を開くなど、交流もあった。

 バーチャロンの過去作は、アーケードゲームと家庭用ゲームで展開。家庭用ゲーム機の周辺機器として、アーケードゲームの気分を味わえるツインスティックも発売されてきた。しかし新作ではツインスティックの発売予定はなく、「それなら私に作らせてほしい」と谷田社長が声を上げた。

 2018年1月、谷田社長から「社内で作れないか検討したい」と相談を持ち掛けられたのが、久保さんだった。

 久保さんは「大変でした」と苦笑いする。それまで久保さんが扱っていたのは「コラボレーション案件」が中心だった。例えば、家庭用ゲーム機「セガサターン」のデザインを再現した体組成計のように、他の企業とコラボし、タニタの既存商品をベースにした新商品を開発、新しい顧客層を取り込むというものだ。

 しかし、ゲームコントローラーの前例はない。タニタにとって、全く作ったことがない製品へのチャレンジだった。「誰に何を聞けばいいのか、というところからスタートした」(久保さん)

●「ゲーム用語が分からなかった」

 久保さんは、バーチャロンを遊んだことがなかった。谷田社長との会話では、ゲーム用語が分からず苦しんだという。「言葉に付いていけなかった。1つずつ調べながら進めた」。久保さんのPCには、調べたゲーム用語をまとめたメモが残っているという。

 秋葉原にも足を運んだ。実際にバーチャロンのアーケードゲームに触れ、ファンにも話を聞いた。そうするうちに面白味を感じ始めたという。「操縦かん型のツインスティックを握り、自分がロボットを動かしている感覚は、通常のコントローラーとは全然違う。ダイナミックな動きを感じられる」

 2月15日、退路は断たれた。とある魔術の電脳戦機の発売日、谷田社長がツインスティックの開発を表明するメッセージ動画がYouTubeに公開された。

 それまでプロジェクトは、社内では特に周知していなかったという。「いきなり社長のメッセージが公開されたので、社内もざわついた」。ただ、そのメッセージ動画をきっかけに、ゲームが好きな社内の開発者もプロジェクトに集まるようになった。久保さん自ら、そうした社員がいる部署に出向き、プロジェクトに引き込んだ。社外の製造メーカーの協力も得た。

●「1つのモノができていくのを感じた」

 開発するツインスティックVTXは「一生もの」がコンセプトだ。久保さんがバーチャロンのファンと交流し、同作のプロデューサー亙重郎さんと打ち合わせを重ねる中で、イメージができていった。こだわったのは「アーケードの操作感を再現すること」だった。

 現時点では“設計図”の段階だが、新型のツインスティックは基部の構造を強化し、「ねじり」や「加重」に対する耐久性を確保する。約10年前にセガが発売した前モデル「ツインスティックEX」では、スティックを倒せる角度(傾斜可能角度)は4度までだったが、新型は基部を強化したことで、アーケード版と同じ8度に。ユーザーがメンテナンスをしやすいように、本体内の配線レイアウトがシンプルな構造を採用する考えだ。

 こうした仕様が決まり、クラウドファンディングのプロジェクトが始動したのが6月8日。その間、ファンからは「頑張ってください」「待っています」といった温かい励ましがあった。「モノづくりは、こんなにやることがあるのかと感じた。1人では出来なかった」と久保さん。ファンの声援を受け、外部メーカーと連携していく中で「1つのモノができていくのを感じた」(久保さん)。

 バーチャロンも「だいぶ得意になった」。いつの間にか、久保さんの生活にバーチャロンが組み込まれていた。「だいたい2本の棒が立っていると、ツインスティックに見える。この間隔だと近すぎる、傾斜角はもう少しほしい……などと考えてしまう。楽しみながら取り組んでいたのだと思う」

●単に「社長の趣味」ではない

 「モノづくりの可能性を見いだす取り組みにしてほしい」――プロジェクトが始まった当初、谷田社長は久保さんにそんなメッセージを送ったという。今回のプロジェクトは、ただ単に「社長の趣味」というわけではなかった。

 「ニッチな商品は、本当はすごく要望があっても、市場規模や売り上げの見込みを考慮するために潰れていくことが多い」(久保さん)。大企業では、承認フローの中で、そうした“夢ある企画”が消える場合もある。タニタは、体組成計、活動量計などを開発するモノづくりの中小企業だからこそ、「コアなファン向けの商品を作りたいという思いがあった」(久保さん)

 ただ、販売在庫のリスクを抑えるには、どれほど需要があるかを少しでも明確にする必要がある。そこで、タニタが選んだ手段がクラウドファンディングだった。

 リターンとしてツインスティックが届く支援は、1口5万5400円から(税込)。7月30日までに5000口、合計2億7700万円を募る。期間内に目標金額に到達した場合のみ、プロジェクトが成立する「All or Nothing」方式を採用した。達成すれば、クラウドファンディングサイト「CAMPFIRE」では過去最高額のプロジェクトになる。

 支援は試作機の開発や金型の製作に充てる。久保さんによれば、前モデルのツインスティックは、10年近く前に発売されたこともあり、製造に必要な金型が破棄されていたという。

 開始から6日間(6月14日時点)の調達額は約3580万円、達成率は12%と、まだ道半ばだ。久保さんは「目標額は大きいので、盛り上げたい」と意気込む。1口500万円、1000万円のプランも用意し、個人だけでなく企業からの支援も募る。

 久保さんは「いち中小企業が成功例を生めば、他のメーカーにも波及し、日本の製造業の活性化につながる。作りたいものを作れる世の中にしたい」と話す。「クラウドファンディングを含め、さまざまな方法を生かせれば、新しいモノづくりの形が見えてくるかなと考えている」(久保さん)

(ITmedia NEWS 片渕陽平)

タニタ新事業企画推進部の久保彬子さん