長崎新幹線のフリーゲージトレイン(軌間可変列車)採用は消えた。フリーゲージトレインとは、レールの幅(軌間)が異なる路線を直通できるように、車輪の幅の長さを自動で変えられる列車だ。

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 6月8日、与党の整備新幹線建設推進プロジェクトチームの検討委員会がフリーゲージトレインを選択肢から外し、フル規格またはミニ新幹線の二者択一とした。費用負担に難色を示す佐賀県に対して、検討委員会はJR九州と長崎県に対して、佐賀県の負担軽減策を検討するよう求めた。

 新幹線の建設費用は路線の距離に応じて決定されており、必ずしも便益とは比例していない。この隠れた問題点が表に出てきた。これまで作られた新幹線は基幹路線ばかりで、それなりに沿線に等しく便益があった。しかし、優先度の低い基本計画路線は、大都市との距離、所要時間の短縮の度合いによって、通過自治体の便益に差が出る。

 これは新幹線に限らず、行き止まり式のローカル線問題にも共通する。起点側の都市の自治体は資金力がある半面、終点側へ向かう市民は少ないから、ローカル線の維持にお金を使いたくない。終点側の町村は都市への交通手段を確保したいけれども、独力で線路を支える資金がない。起点と終点の格差問題がある。便益が大きい側が負担すべきだけれども、負担は線路の距離に合わせて平等に、となれば、便益のない側は負担したくない。

 この格差問題は佐賀県に限らず、今後も検討される新幹線計画路線で繰り返されるだろう。今後も日本全国に新幹線を張り巡らせるつもりなら、この機会に枠組みを変更すべきだ。あるいは全国新幹線ネットワークのなかで、便益の可能性を示すべきだ。

 佐賀県の主張は対福岡の便益に終始しており、関西経済圏から受ける便益を考慮していない。フリーゲージトレインは山陽新幹線に乗り入れできない。関西経済圏を考えれば、山陽新幹線に直通できるフル規格またはミニ新幹線の方がいい。突破口はここだと思うのだが。

●フリーゲージトレインはダメじゃない

 ところで、フリーゲージトレインを強力に後押しする勢力は、国土交通省でもJRでもなく、財務省だ。財務省としては、全国にこれ以上新幹線を建設するなど無駄遣いだ。フリーゲージトレインがあれば、既存の新幹線と在来線を乗り換えなしで接続できる。日本の高速鉄道網を低コストで構築できると考えた。だからフリーゲージトレインの開発予算設定は前向きだ。

 もっとも、開発期間の延長は誤算だっただろう。すでに500億円に達する予算を使いつつ、実用化は遠い。技術的にはクリアした。しかし、部品の交換頻度の高さなど運用コストの問題、重量増による運行線区限定などの制約が解決できていない。このまま開発を続ければ、その費用でミニ新幹線を作れたではないか、という金額になる恐れもある。

 それでは、フリーゲージトレインはダメな技術かといえば、そんなことはない。欧州の軌間が異なる国を結ぶ列車、アジアと欧州を結ぶ列車では実用化されている。海外でできることが、なぜ日本でできないか。答えはとても単純だ。新幹線の運用方法と相性が悪いからだ。つまり、「日本では」ではなく、「新幹線では」できない、となる。

 欧州で採用されているフリーゲージトレインと日本が新幹線で目指すフリーゲージトレインの違いは、台車の構造にある。欧州のフリーゲージトレインは機関車と客車で構成されている。機関車は車体にモーターを搭載し、動力をドライブシャフトで車軸に伝える。台車の構造は簡素だ。客車に至っては車軸すらない。左右の車輪が独立しており、軌間に合わせて左右にスライドさせるだけだ。外観は機関車と客車が一体的なデザインで、新幹線と変わらないように見えるけれども、実は両端が機関車、中間車は客車だ。

 新幹線は電車方式にこだわり、全ての客車にモーターを搭載している。その上で車体の軽量化に取り組み、重量の大きな機関車を使わない。客車にモーターを搭載するというのは、実際には台車に小型で高性能なモーターを組み込んでいる。欧州の軌間は標準軌(1435ミリ)や広軌(1435ミリより大きい)だから、台車の枠も大きい。日本は標準軌と狭軌(1067ミリ)だから、台車の大きさに限界がある。モーターを積むだけでも複雑になってしまうのに、軌間可変装置まで組み込むことになると、かなり複雑だ。

 ただし、私は新幹線のフリーゲージ台車は、そのうちに実現すると思う。フリーゲージトレインの開発に参加した川崎重工は、炭素繊維強化プラスチックを使った軽量台車「efWING(イーエフウィング)」の実用化に成功している。川崎重工は新幹線の鋼製台車で亀裂を起こして信頼を失ってしまったけれども、efWINGの高速車両への対応が実現すればチャンスがある。モーターだってもっと小さく、パワフルになるだろう。しかし、やっぱりこれは「そのうちに」だ。今のところは絵空事で、これをアテにして事業プランを進めてはいけない。

 つまり、結論として、現状ではフリーゲージと新幹線の相性は悪い。でも可能性はないわけではないから、高速電車向けのフリーゲージトレインの開発は続けるべきだ。ただし、それを待っていられないのが長崎新幹線である。

●近鉄がフリーゲージトレインに取り組む理由

 新幹線のフリーゲージトレインが行き詰まっている中、近畿日本鉄道が名乗りを上げた。6月22日、同社の総合研究所にフリーゲージトレイン開発推進担当役員を就任させる。国交省とも連携する方針とのこと。採用路線として、橿原線と吉野線の直通列車が上がっている。近鉄は大阪・京都・奈良・名古屋を結ぶ路線網と、大阪阿部野橋・吉野を結ぶ路線網で軌間が異なる。フリーゲージトレインを走らせれば、全路線を直通する列車を設定できる。新幹線の採用が消えたいま、長崎の敵を吉野で討つという形だ。

 近鉄は大手私鉄で路線距離の合計が最も長い。ちなみに2位は東武鉄道、3位は名古屋鉄道だ。巨大な路線網が出来上がった背景には、過去に鉄道事業者の合併、買収を繰り返した歴史がある。その結果として、自社の路線の規格を統一できない。これはよくある話で、例えば京王電鉄は京王線と井の頭線で軌間が異なるし、阪急も京都線系統は他の路線と車体のサイズが異なる。

 近鉄の場合は、多くの路線が新幹線と同じ軌間、標準軌だ。これは路面電車から始まった歴史による。しかし、南大阪線と吉野線は狭軌である。吉野線は吉野鉄道が軽便鉄道として建設され、吉野口で国鉄和歌山線と線路をつなぎ、貨車を直通させるための路線だった。お花見の時期は国鉄から吉野へ直通する旅客列車もあったという。

 南大阪線・道明寺線・長野線は大阪鉄道が開業した。御所線は大阪鉄道の子会社の南和鉄道による。大阪鉄道は狭軌を採用しており、後に吉野線と直通運転する。これらの路線は後に近鉄の前身の大阪電気軌道に買収された。こうして、南大阪線・吉野線系統は近鉄の広大な路線網から独立した運行系統となった。

 近鉄は路線網が広大なだけに、大阪・京都・名古屋の三大都市と、京都・奈良・伊勢・吉野など観光名所に恵まれている。吉野線は2004年にユネスコ世界遺産に指定された「紀伊山地の霊場と参詣道」へのアクセスルートとして、訪日観光客からも注目されている。近鉄では南大阪線と吉野線を直通する特急「さくらライナー」と、観光列車の「青の交響曲」を走らせている。フリーゲージトレインを実用化すれば、橿原線を経由して、大阪・京都・名古屋から吉野へ向けて特急列車を運行できる。世界遺産へ、新幹線の駅から直通列車を運行できるわけだ。

●近鉄のフリーゲージトレインは第2の名阪特急に?

 現在、京都から吉野へ行くには、京都線・橿原線を直通する特急に乗り、橿原神宮前駅で吉野線に乗り換える必要がある。難波から吉野へは大和八木で橿原線に乗り換え、さらに橿原神宮前駅での乗り換えとなる。難波から乗るよりも、大阪阿部野橋から特急に乗った方が便利という感覚だ。名古屋から吉野も大和八木・橿原神宮前駅乗り換えになる。

 フリーゲージトレインが実用化されると、橿原線と吉野線が直通できるため、京都からは乗り換えなし。橿原神宮前駅の構造を見ると、橿原線を延長した位置に吉野線の線路が続く。吉野線・南大阪線のプラットホームは西側に離れているけれども、橿原線のプラットホームの隣に吉野線の臨時ホームがあり、乗り継ぎに配慮している。南側には留置線があり、ここに軌間切替設備を設置できそうだ。

 難波からも乗り換えなしで吉野に行ける。大阪線と橿原線が交差する大和八木駅にはインターチェンジのような短絡線が2本ある。北西側の短絡線は京都と伊勢志摩方面を結ぶ列車が使っている。南西側にも短絡線があり、現在は車両検査に向かうための回送列車が行き来している。この線路で難波方面と橿原神宮前方面を直通できる。

 さらに、これらの短絡線とスイッチバックを併用すれば、名古屋からも橿原神宮、吉野方面へ直通列車を運行できる。逆向き走行がちょっと面倒だけど、乗り換えなしは地理に不案内な観光客にはありがたい。できれば南東方向にも短絡線がほしいけれども、用地買収などのコストを考えると現実的ではなさそうだ。

 もし、スイッチバック併用を厭わずに名古屋と吉野が結ばれるなら、橿原神宮前駅でもう一度スイッチバックさせて、吉野ではなく、名古屋駅と大阪阿部野橋駅を結ぶルートも面白い。近鉄は大阪難波と名古屋を結ぶ名阪特急の歴史がある。大阪名古屋間は新幹線があるけれども、近鉄特急も健闘している。

 所要時間は、新幹線「のぞみ」の50分に対して倍以上の130分と敵わない。しかし運賃+特急料金は新幹線自由席の5830円に対して4260円と、1500円以上も安い。これがお財布の堅い大阪の人々には好評らしい。新幹線の駅は新大阪で、大阪中心部に行くには乗り換えが必要だけれど、近鉄特急はど真ん中の難波に直行できる。近鉄は2020年に名阪特急に新型車両を投入し、全席バックシェルタイプのゆったりした座席を用意する。スピード以外の全てのメリットをアピールするようだ。

 このタイプのフリーゲージトレインを、名古屋~大阪阿部野橋で運行するというプランはどうだろう。スイッチバックが2回と運用面では面倒だけれど、大和八木~橿原神宮前の所要時間は10分程度。そもそも大阪阿部野橋方面から橿原神宮で乗り換えること自体が面倒だから、逆向き走行も許容範囲だ。

 あべのハルカスや新世界は観光客も増えており、天王寺と新大阪とのアクセスも加味すると、大阪阿部野橋エリアから名古屋方面の需要はありそうだ。伊勢志摩方面も直結できる。近鉄のフリーゲージトレインによって、大阪阿部野橋は今まで以上に近鉄の拠点駅として重要度が増すことになる。

●新幹線にとらわれなくても活躍の場はある

 近鉄のフリーゲージトレインがどのような車両になるかは今後の検討課題だ。しかし、停滞する新幹線方式にとらわれず、欧州方式の機関車+客車+機関車方式にするのであれば実現する可能性は高い。そして、国交省との共同開発となれば、近鉄以外の会社でも採用しやすいだろう。

 例えば、なにわ筋線だ。南海とJR西日本の直通運転が実施され、阪急電鉄も十三(じゅうそう)から狭軌の連絡線を建設する構想がある。ここにフリーゲージトレインを導入すると、阪急電鉄の路線網となにわ筋線を直通できる。東京・大田区が推進する「蒲蒲線」こと新空港線にも期待したい。狭軌の東急多摩川線と標準軌の京急空港線との直通運転にフリーゲージトレインが使える。LRT(次世代型路面電車)と既存の鉄道路線の直通運転も可能かもしれない。

 新幹線にとらわれなくても、フリーゲージトレインの活躍の場所はある。実績を積んた後には海外にも売り込める。フリーゲージトレインは役立つ技術だ。実現してほしい。頑張れ近鉄。

(杉山淳一)

長崎新幹線への導入が見送られたフリーゲージトレインの開発に、近鉄が積極的な姿勢を示している