鍛え抜かれた肉体をもつ美女たちが、熱い戦いを繰り広げるスポーツバラエティー番組『超人女子』(木曜深夜 テレビ朝日系)。そのなかでもひときわクールな美貌で視聴者の目をくぎ付けにしているのが、アスリートモデルで柔術家の東あずさだ。2016年の「柔術家」としてのデビュー戦では、モデルの人気取りと揶揄され批判を浴びたが、果敢に挑み続け“モデル兼柔術家”という独自のポジションを手に入れた。だが、まだ道半ば。いつかは故郷である「岩手県の活性化につながる仕事したい」と語る東に話を聞いた。

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■多くの批判を浴びたデビュー戦

「モデルの仕事をスタートしたのは、17歳。でも、なかなか思うように自分を表現できなくて、漠然とした不安を抱えていました。私よりも容姿のいい女性はゴロゴロいるし、この世界から振り落とされないように、ただ、ただ必死でした。自分で自分の首を絞めているような感覚で、苦しかったですね」

 ブラジリアン柔術との出会いは2年前、22歳のとき。モデルとしての自信を失いかけていた当時、子どもの頃から打ち込んできた柔道の経験を買われ、仕事でブラジリアン柔術に挑戦するチャンスが舞い込んだ。

「これをやれる子は、自分しかいない! その瞬間、柔術が自分の武器になることを直感しました。ちょうど東京オリンピックの開催が決定し、アスリートモデルの需要が高まってきたという背景もありました」

 しかし、2016年にさいたまスーパーアリーナで挑んだデビュー戦は敗退。さらに追い打ちをかけるように、彼女に多くの批判が浴びせられた。

「当時の私は調子に乗っていて、高校までは柔道でそこそこの成績を上げていましたから、たいした経験もないのに“試合に勝てる”と思っていたんです。でも、もちろんアスリートの世界はそんなに甘いものではありませんでした。そもそもモデルとしての“人気取り”のためにやってみようなんて、甘い考えが大間違いでした。そんな考えでは、真剣に柔術と向き合い、誇りとしている方々に失礼です。2016年のさいたまスーパーアリーナでのデビュー戦では、キャリアもないのに“柔術家”と名乗ることに対して、多くのご批判もいただきました。当然だと思います」

 しかし、彼女はあきらめなかった。「自分でまいた種なのだから、ここであきらめてはだめだ」――。

「指導をしてくださっているブラジリアン柔術家の石川祐樹先生には『渡った橋を焼いてこい』と言われました。もう、あとには戻れない。その言葉の重みに打ちのめされ、覚悟を決めました」

■自虐的になりコンプレックスのかたまりだった

 出身は岩手県大槌町。2011年3月、東日本大震災によってこのまちは津波で壊滅的な被害を受けた。高校1年生だった彼女は、当時、この地でその光景を目の当たりにした。家族は奇跡的に全員無事だったものの、実家は津波で流され、あとかたもなくなった。そんなとき、芸能界への誘いを受ける。

「親は大反対しました。震災で多くの方が大変な思いしているときに、私だけが東京の明るい世界に行ってよいのか……と、ずいぶん迷いました。震災から半年後には、災害の大きさと途方もない喪失感をようやく実感し、鬱に近い状態にまでなっていましたし。でも、せっかく与えていただいた選択肢なので、やるからには絶対に成功しようと心の中で誓い、上京したんです」

 17歳で単身上京した彼女を待ち受けていたのは、強烈なコンプレックスに苛まれる日々だった。

「同じ事務所に所属する女の子たちは、みんなかわいくておしゃれで、教養もある。一方、私は“あか抜けない”……と、自虐的になり、コンプレックスのかたまりでしたね。上京したばかりの頃は“もっとかわいく、もっと細くならないと”と必死で、アルバイトしたお金で“小顔ローラー”を買ったり、努力しました」

■「華奢=美」という固定観念からの脱却

 ブラジリアン柔術を始めると、みるみる肉体も精神も変化した。

「ブラジリアン柔術の基本の体勢は寝技なんです。そのため、とくにお尻やおなかの筋肉が引き締まり、体が柔らかくなり、体幹が鍛えられます。モデルの仕事を始めた頃は“華奢な方がかわいい”と思っていましたから、以前は筋肉が衰えて、不健康なやせ体型だったんです。柔術を始めて、肉体の変化とともにメンタル面も強くなったと感じます」

 2017年はブラジリアン柔術の大会「SJJF DUMAU JAPAN OPEN JIU JITSU CHAMPIONSHIP 2017」では準優勝を果たすなど、柔術家としてのキャリアも着実に歩み始めた。

「これまでは自分がモデルとして、成功することばかりを考えていたように思います。でも、それでは、何事もうまくいくはずがありません。これからはもっとブラジリアン柔術の魅力を広め、さまざまな柔術家の方々の素晴らしさも伝えていきたいと考えています。また、これは上京当初からの思いですが、岩手県の活性化につながる活動にもどんどん積極的に取り組んでいくつもりです」

 アスリートモデルとして、柔術家として、そして“人”として成長を続ける東あずさ。その夢はまだ始まったばかりだ。
アスリートモデルで柔術家の東あずさ 。撮影/臼田洋一郎(C)oricon ME inc.