二宮和也が「オペ室の悪魔」と呼ばれるダークヒーロー役を演じる人気テレビドラマ「ブラックペアン」に登場する手術支援ロボットが、いま日本の医療施設に普及しようとしている。

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 高精度の3D内視鏡を備え、超精密な手術が可能な手術支援ロボット「ダビンチ」(da Vinci Surgical System)は、米Intuitive Surgical(インテュイティブ・サージカル)社が開発した。従来の開腹、腹腔鏡手術の機能を提供しながら、数ミリほどの小さな切開部を通して手術が可能だ。外科医が3Dモニターを見ながら4本のアームを手術部に挿入し、まさに人間の手のように自由自在に操作できる。精緻な人体解剖図を作成した15世紀の発明家レオナルド・ダ・ビンチにちなみ、「ダビンチ」と名付けられた。

 大腸がんの中でも難しいといわれる直腸がん手術を、「ダビンチ」を駆使して、5年で600件以上、手掛けてきた直腸がん手術の第一人者である絹笠祐介・東京医科歯科大学消化管外科学分野教授に、ロボット手術の現状と課題について聞いた。

●日本はスタートラインに立ったばかり

――「ダビンチ」を使った手術について、保険の適用範囲が広がってきているが。

 診療報酬改定により、2018年4月から胃がん、肺がん、食道がん、心臓、直腸がん、膀胱がん、子宮がんなど12の術式において、ロボット支援手術に対して保険が適用されることになった。保険適用になる前は、9割以上が前立腺がんなど泌尿器科系の手術に「ダビンチ」が使われていた。また、自由診療においては直腸がん、胃がんの一部で実施されていたものの、数は少なかった。

 ロボット手術拡大の流れは世界中で加速していて、もはや止められない。日本では、今回の保険適用の拡大によってロボット手術がようやくスタートラインに立ったところという感じだ。

●導入に慎重な日本企業

――「ダビンチ」は現在、世界と日本でどれくらい使われているのか。新しいメーカーの参入はないのか。

 17年末の統計では全世界で4400台、日本は280台で米国に次いで第2位だ。最新の型式は第4世代で、価格は3億円もする。手術支援ロボットは米国のメーカーが独占している状況ではあるものの、日本からは川崎重工業などが参入し、2年以内に手術支援ロボットを製品化すると聞いている。

 日本ではこういうチャレンジングなデバイスの開発に対して、事故が起こったらどうしようかなどといった慎重な土壌があった。だが、これからはもっと日本企業も参加してほしい。こうして新規参入が進めば競争も促され、安くて良い製品が出ることになる。

●人工肛門の装着率を下げられる

――「ダビンチ」を使うことによる利点は何か。

 患者へのダメージが少なく、入院期間が1週間程度と、開腹手術の半分以下で済むのは、内視鏡を使った「腹腔鏡手術」と同じだ。ただ、ロボット手術の場合は、神経機能障害を腹腔鏡手術よりも減らすことができる。

 最も大きな利点は、「ダビンチ」で手術をすると、100%ではないものの、がんの取り残しを防いで、局所再発を防止できることだ。直腸がんは、これが最も大事な点だ。以前勤めていた静岡がんセンターにおける治療成績では、開腹や腹腔鏡手術と比べると、直腸がんの再発リスクは半分以下にまで減っている。

 これまでは、肛門のすぐ上にある直腸がんの手術を受けると、約3割は術後に人工肛門を装着しなければならなかった。人工肛門を着けると、外出時に不安が残り、QOL(生活の質)に影響が出ていた。だが、われわれのような専門施設で手術をすると、人工肛門装着の比率が約1割に下げられることが、これまでの成果から分かっている。

 また「ダビンチ」は、手と足を使うことにより、4本のアームを1人で動かせるので、助手などを使わなくても自分の思いのままに操れる。だから、手術がやりやすいのだ。腹腔鏡や開腹手術の場合は、ほかの外科医や助手を使いながらチームを組んで手術をするので、助手の技量に合わせなければならない。だが、「ダビンチ」の場合は全て自分でできる。手術にかかわる人数も減らせるのだ。

●従来の手術よりも神経障害が減らせる「ダビンチ」

――これまでの開腹、腹腔鏡手術と比較しての違いは。

 ロボットでないと手術ができないわけではないし、ロボットを使ったからといって何でもできるわけでもない。ただし、手術に関してはちょっとした底上げになる。腹腔鏡で9割できるのが、ロボットだと9割2分できる。腹腔鏡だと神経障害が10%起きるのが、ロボットなら4%くらいまで低減できる。

 また、腹腔鏡の場合は医者の得手不得手の差が大きく出てしまう。一方、ロボット手術では、長い目で見ると、この技量の差をなくすことができる。従って、教育の均てん化に役立つと思う。

――指導する立場になってみて、今までと違う点は。

 上級の指導医になってくると、難しい手術を求められる。自分が何とかしてあげなければならないので、責任を強く感じる。「あの先生なら何とかしてくれる」という思いで来る患者や、ほかの病院では対応できない患者が紹介されてくる場合もある。当然ながら、立場が上がってくると責任が重くなるのだ。

●「触覚」がないため事故のリスクも

――「ダビンチ」を使って手術をすると、手で患部を触っている触覚がないため、トラブルが起きることもあるそうだが。

 確かに、触覚がないため、ロボット手術を経験して特性を十分に理解することが大切だ。経験を積めば、触覚がないことがデメリットにはならない。ロボット手術の有効性については議論されているところだが、安全性についてはそれほど問題ないことが、すでに世界的に報告されている。ロボットの事故が特に多いというわけではないものの、ロボット手術による事故はある。それは触覚がないことによるものもある。

 医師が初心者の場合、触覚がないため、見えないところで臓器を損傷するリスクがある。見えていないところで器具が当たり、ぶつかっても分からないためで、見えないところでの動きも理解して手術を実施しなければならない。慣れない医師の場合は、画面全部を見ることも難しく、ぶつかっていても気付かないことがある。

 テレビドラマ「ブラックペアン」では、「ダーウィン」と呼ばれる手術支援ロボットが使われる想定になっているが、手術中にアームの先に取り付けた鉗子が動かないトラブルが発生して大量出血が起きる場面があった。直接、目で手術部分を見るのと、画面を通して見るのとではかなりの違いがあり、それを十分認識して手術できるだけの技量が求められる。

●韓国で見たロボット手術に感動

――ロボット手術をやろうと決めたきっかけは。

 静岡がんセンターに勤務していた09年に、私は腹腔鏡手術で名前が売れていたので、韓国の大学で講演をした。その際に、ロボット手術を見学したのがきっかけだ。その時、手術をしていた外科医はあまり上手ではなかったものの、使っていたロボットの凄さに感動した。

 帰国してセンターの院長に「ロボットを買ってほしい」と直談判した。すぐには通るとは思わなかったが、手術に理解のある院長だったので、当時では普通の病院としては珍しいことだが、11年に3億円もするダビンチを導入くれたのだ。それから、ダビンチを使ってロボット手術の腕を磨いてきた。

――ロボット手術を普及させるために若手の外科医に対して教育、指導に当たられている。「ダビンチ」を使って一人前の手術ができるようになるには、どれくらいの期間が必要か。

 いろいろな病院がロボットを使おうとしている。だが、施設はあってもトレーニングする医師がいないため、始められないでいる。前週は3回も指導に出掛け、いまも毎週、指導をしている。私の指導はいま3カ月待ちの状態で、指導の方が大変な状況だ。

 腹腔鏡手術と同じ時間でロボット手術ができるようになるには、50~60例くらいの手術をこなすことが必要である。腹腔鏡手術を凌駕(りょうが)するようになるためには、もっと多くの手術経験が必要になる。慣れ親しんだ手術と、初めて実施する手術とでは全く勝手が違うので、ロボット手術の術式に慣れることが一番大事だ。

●AIの導入は医療にインパクトを与えるか

――将来はこのロボットにAI(人工知能)が搭載され、さらに進化するのか。

 当然、AIが入ってくる。外科医に取って代わるのはまだ先だろうが、例えば、外科医が気を付けなければならない点などを、AIが指し示してくれるといったことが考えられる。経験あるドクターの指導方法をAIが学習していて、その指導方法を若手に教えることにより、初心者や経験のない外科医であっても、安全にロボット手術ができるようになる環境が期待される。

――ロボットの導入により、「医師の働き方」は変わってくるのか。

 外科医よりも内科医の方が変わるのではないか。外科医の場合は、毎回異なる手術をしており、全く同一の手術は決してない。ロボットを使って自動的に同じ手術をするというハードルは、かなり高いのが実情だ。もちろんAIは入ってはくるだろうが、まだまだ手を動かさざるを得ない。

 一方、内科医の場合、診断をするときには過去の画像データ、文献などを使うので、最適な情報を選んだり分析したりする際に、AIが大きくかかわってくるようになるのではないか。となると、内科医の場合、データに基づいた診断はAIに任せ、むしろ患者の悩みなどを、じっくり時間をかけて聞いて、AIの下した診断結果を参考にしながら、どのように治療するかを決める役割を担うことになりそうだ。

――患者に対してロボット手術を説明する際に、患者が不安に思うことはないか。

 「ロボット」という名前が悪い。何でも完璧にやってくれそうなイメージがあるが、完璧ではない。ロボットは人間がやる手の動きを忠実にまねているだけで、あくまで動かすのは医師の側だ。患者に対しては、開腹、腹腔鏡、ロボットの3つの手術について丁寧に説明して、どの手術を選ぶかを尋ねる。

 「どうしてもこれでやってくれ」という患者はいまは少ない。患者から聞かれると、「ロボットが良いです」と答えるが、それはこれまで600例以上、手術をやってきた自信があるからこそいえることだ。

――その自信を持つにはどうすればよいか。

 数をこなすしかない。その治療成績を振り返り数値にして示すことで、良いデータを残せたことが分かり、自信につながる。手術はチームで実施しているので、チームとしてデータをきちんと出せた意味が大きい。

●重要なのはロボットを操れる「外科医の養成」 

 以上が絹笠教授へのインタビュー内容だ。

 国立がん研究センターがん対策情報センターの予測によると、16年の日本人のがん患者は大腸がんが14万7200人で1位、次いで胃がん、肺がん、前立腺がん、乳がんの順。大腸がんのうち日本人は直腸がんの比率が高く、男性は37%、女性は28%を占める。

 直腸がんの手術は骨盤内に位置しているため非常に難しく、神経に囲まれているので繊細な技術が求められ、これまでの手術では約60%が排尿障害、約70%が機能障害を起こし、約30%が人工肛門を付けることになっていた。

 今後は「ダビンチ」がさらに多くの部位の手術に使われるようになる可能性がある。ロボットは新規参入により性能的には進歩するだろうが、重要なのはそのロボットを自在に操れる外科医をどれだけ養成して、患者の治療のために役立たせることができるかだ。

「ダビンチ」を使った手術風景(東京医科歯科大学提供)