世界の名峰に挑む登山家らに迫ったドキュメンタリー『クレイジー・フォー・マウンテン』が7月21日より新宿武蔵野館をはじめ、全国で順次公開されることが決定した。

【大きい画像を見る】日本人最年少で世界7大陸最高峰を制覇した南谷真鈴、まだ登りかけの山がある?【#1】


(c)2017 Stranger Than Fiction Films Pty Ltd and Australian Chamber Orchestra Pty Ltd

5月28日には東京・スペースFS汐留で映画に関するトークショーが行われ、同映画の監督であるジェニファー・ピードンさんと、日本人最年少で世界7大陸最高峰を制覇した南谷真鈴さんが出席した。編集部は、同日、南谷さんにインタビューを行った。(聞き手、撮影は大日方航)



「4年に1度は住む場所や、学校が変わる」という状態だった…アイデンティティの葛藤

同映画について、「今までに登ったことがある山も出てきて思い出が蘇りました。人はなぜ山に登るのか、恐怖に引かれるのか。思うことが多くありました。哲学的で普遍的な“なぜ人は山に登るのか”という部分が描かれていて、今までで一番惹かれる山映画でした」と絶賛した南谷さん。

(c)2017 Stranger Than Fiction Films Pty Ltd and Australian Chamber Orchestra Pty Ltd

特に、作中の『私たちが登っている山は、私たちの心の中にある(The mountain we climb is in our mind)』というセリフに感銘を受けたという。

「私も山を登りだした理由は、山が好きというか、山マニアであったというわけではなく、自分の心の中の山を登ることによって乗り越えようという思いがあったので、胸に刻まれる台詞でした」

1歳半で貿易関係の仕事をしていた父親の都合でマレーシアに移住し、5歳で一旦日本に戻ったものの、7歳の時に大連に行き、9歳で上海に移った。

のち日本の東京学芸大学附属国際中等教育学校に入学したが、自らの希望もあって父の駐在先の香港の学校に転校した。本人曰く「4年に1度は住む場所や、学校が変わる」という状態だったという。

そんな南谷さんが山に出会ったのは香港。当時香港のブリテッシュスクールに通っていたが、「生徒全員にパソコンが配られ、24時間ネットに繋がっている」という環境の中、自分が誰なのか、どういったカルチャーを生きているのか、わからなくなっていた。

参考画像:香港 (Photo credit should read Exithamster / Barcroft Images / Barcroft Media via Getty Images)

「まるで『コンクリートのジャングル』のような場所。小さな島なのに、空を見上げてもビルしかない。人口密度も世界で一番高い。ごちゃごちゃしていて自分を失いそうになっていました」

登山に目覚めた最初の経験は、学校行事でヴィクトリア・ピークに登ったことだった。

参考画像:ヴィクトリア・ピークからの眺め (Photo by In Pictures Ltd./Corbis via Getty Images)

「自分の無力さというか、地球からしたらちっぽけである自分を感じたいがために、山に登り始めたんです」

加えて、本人にとって衝撃的だったのは、のちボランティアを兼ねてネパール、ヒマラヤ山群のアンナプルナ(ネパールにある複数の山々の総称)のベースキャンプを訪れた時に山々の間から見えた、エベレストの存在だ。

参考画像:エベレスト(Photo by Paula Bronstein/Getty Images)

「絶対にここに戻って登りたい」と強く感じたという。やがてエベレストの山頂のみならず、世界七大陸最高峰を踏みしめることになったが、きっかけは確かにここだった。



「心の中のモヤモヤが晴れていなかった自分の中には、登りきれていない何かがあったけれど、ここまで壮大な美しい山(エベレスト)を登りきったら、見たことのない景色も見られるし、出会ったことのない人とも出会える。見えなかった自分も見えるようになる。その思いを求めていました」

登山に取り憑かれた南谷さんは、「気がついたら7大陸最高峰の山を半分くらい登っていた。せっかくなら終わらせよう」と徐々に目標を広げていった。

「途中で夢がどんどん大きくなって、エベレスト登頂だったのが7大陸最高峰制覇になって、エクスプローラーズ・グランドスラム達成(北極点、南極点、世界7大陸の最高峰すべてに到達すること)になって、今は海(現在、セーリングで世界を巡る構想を練っている)になった」

南谷さんは、「誰もが夢という山を登っていると思うし、私もまだ登りかけの山がある。それは、大学を卒業することなんですけれども(笑)」とユーモアたっぷりに笑う。

「何か山を乗り越えれば、また違う山が見える。次はこの山、次はこのチャレンジといったように。エベレストの頂上からの景色を見た後、次は海だな、と感じた。辿り着いた先に見える景色があって、それをどんどんどんどん追い求めているのかな」



『南谷真鈴』になるために
南谷さんの著書『自分を超え続ける: 熱意と行動力があれば、叶わない夢はない』では、次のような一節がある。

「エベレストは、私の過去と未来と、両方のために必要でした。私が『南谷真鈴』という人間になるために、あの山はどうしても欠かせないものだったのです」

今は、『南谷真鈴』になれたのだろうか。

問うと、「もう、全然なれていない~」とインタビュー中はじめて女子大生らしい表情を見せた。



「これからすることが、過去やってきたことに意味をつけると考えています。私が今までやってきたことが、私ではない。それが後になってからよくわかりました。だから、例えばエベレスト登頂をしたら当時は『私』になると思っていたし、本を書いた時もそう思っていたのですが、今よく考えてみたらこれも作り上げているストーリーの一部でしかなくて、まだ(南谷真鈴には)程遠いですね」

裏を返すと、理想の自分の姿(=南谷真鈴)が確実にあるということだろう。聞くと「多分、誰もが持っているものだと思います」という答えが返ってきたが、どうだろうか。言われてみれば、確かに漠としたイメージや、条件みたいなものは見えてきそうな気もする。

しかしながら、その理想とする姿に近づきたいという思いが、一段南谷さんは強いのではないかという印象を受けた。

「なりたい自分とか、よりよい自分に近づいていく中で、確実に私の中では『山を登る』という過程は必要なものだったんです」

そう語る南谷さんの言葉は、力強かった。

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