長寿のシンボルとして知られる1000羽折ることで、病気回復や長寿などの効果を願うという願掛けのような習わしが日本にはあり、いつしかこれを元気づけのために大災害となった被災地に送るという文化が定着しつつあります。しかし、この習に対し異論を唱える方々が続出しております。どうやら現地ではあまり要らなようです。ー千羽は要らない

事の発端は、熊本地震で千羽が送られたが、それよりも実用的な物資を送ったほうが、被災者に対し効果的であるという議論が巻き起こっていたということです。その理由としては、被災地に千羽を送ってもあまり効果がないという意見もあるようです。そればかりか千羽はそのままゴミ化してしまい棄されるというのです。

利用価値のない千羽よりも、やはり実用的な「募」や「食料」のほうが良い。
あたりまえのことなのかもしれませんが、かといって「実用性」を優先させてしまうと批判の対となってしまいます。

ー千羽よりも「募」は怒られる
千羽ではなく、実用的な「募で」。という考えは、気持ちをに変えるのかというツッコミを受けてしまうようです。


ー千羽幣で折ればいい

なお、この解決法になっているのかどうかわかりませんが、千羽幣で折ればいいという解決法も有るようです。むろん、1000枚に達するには1000万円の調達が必要です。ただしもしその千羽を送った場合、それを普通幣に戻す作業が必要になります。

それならば募のほうが・・・となってしまいそうですね。


ーそもそも何故送るのか。

そもそも千羽を何故送るのか、送る方々の意見をまとめますと
善意の一貫
・気持ちがうれしい
・いらない、迷惑、自己満足と思われるのは悲しいこと
・わざわざを折って励まそうとしている人たちのことも考えるべき
・あなた達を心配していますという気持ちを素直に受け入れるべき
ということのようです。
どうやら「実用的かどうか」という意見と「持ちが大事である」という全くベクトルの違う論争が起きているようで、噛み合うはずもないようです。

熊本に送られた千羽鶴はスクラップにされたと話題になりましたが

千羽よりも気持ちのこもった、かつ実用的なモノが見つかれば解決法につながるのかもしれませんね。


画像掲載元:いらすとや


(秒刊サンデーたまちゃん


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被災地に「千羽鶴は要らない!」善意と無駄の議論で対立がSNSで激化