千羽鶴

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平成30年7月豪雨によって、西日本を中心に大きな被害が生じた。いまも救助や支援物資めるが相次ぎ、問題は解決していない。こういった災害の際、復支援の願いを込めて千羽が贈られることがあるが、当の被災者にとっては「ただの」「何の足しににもならない」と感じる人も少なくない。

この問題をめぐり、ネット上で「とあるアイデア」に共感のが相次いでいる。

■千羽鶴はただのゴミ?

被災地への千羽は、祈りを込めたプレゼントとして定番化していた。しかし、贈るほうは気持ちがいいかもしれないが、受け取る側からすれば「食料やお金が良かった」という本音もある。加えて、千羽という「思い」があるだけに捨てづらく下にもできない側面も。

こういった本音は昔からあったのだろうが、SNSの発展によって本音が可視化されたのかもしれない。最近では「千羽より募」「より衣食住」というも数多くあがっている。中には、千羽を贈る人に対して「を折らずにを送るべき」「自己満足」といった厳しいも見受けられる。

今回の被災でも、千羽に対して「ゴミ」と否定するもあれば、「折った人の気持ちもある」といったさまざまな意見があがった。

■「万札で折るべき」「部屋に飾る」の声も

また、ツイッター上では「お札で折ればいい」といった皮や、「自分の親や子供が被災してもを贈るのか」と切実な訴えも寄せられている。

■千羽鶴を肯定する声も

「千羽は邪魔」との意見もあるが、一方でタイミングなどを考えた上で「贈ること自体はかまわない」とのも。

千羽を贈るにせよ、現にせよ、食料や衣料品にせよ、復支援したいという気持ちはみな同じ。

それだけに、過剰なまでに争いが起きるのは悲しいといえる。千羽を折って部屋に飾って復を祈る、少額でも募するなど、一人ひとりが自分にあった支援のかたちを選ぶことが大切なのかもしれない。

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(文/しらべぇ編集部・鳩麦エスプレッソ

「千羽鶴はただのゴミ」「万札で折るべき」 被災地支援の千羽鶴に賛否が相次ぐ