6月26日放送の『THE JASRAC SHOW!」vol.68』にて、『ストリートファイターII』、『スーパーマリオRPG』、『キングダムハーツ』など、人気ゲーム音楽を数多く手掛けた作曲下村陽子さんが登場。

 同じく作曲大森俊之さん作詞木本慶子さんと、下村さんが作曲を志すようになったきっかけや、かつて在籍していたゲーム会社「カプコン」に入社するまでの驚きの経緯などについてりました。

左から大森俊之さん木本慶子さん下村陽子さん

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音楽との出会い

大森
 作曲になったきっかけとなる音楽との出会いというのをお聞きしたいです。

下村
 そうですね。私の子供の頃って、ピアノが習い事の定番で。

木本
 そうですね。

下村
 なので、仲が良かった女の子従妹が、みんなピアノをやっているという感じで、それを弾いているのを聞いて、あこがれて。私もピアノを弾きたいというところから始まりましたね。

 最初はオルガンだったんですけどね。バイエルンの上巻まではオルガンでやりました。

大森
 なるほど。その頃のお写真が。

下村
 ちょっと待って(笑)。これは大阪ですね。日本楽器というのが、時代を感じてやばいですね。日本楽器って今は言わないですよね。

木本
 言わないですよね。

大森
 ちょっとお姉さんになった。12歳らい。小学校6年生ぐらいの。

下村
 そうですね。これ、手作りしてくれてたんですよ。

大森
 なんか、晴れの舞台に綺麗な形で、こういうの着せたいって、親御さんの方が夢中になっちゃったりするところが。

下村
 そうですよね。今は、ビデオがありますけど。当時は本当に写真

大森
 動画を撮ろうとすると、8ミリでカタカタ音がしちゃう。

下村
 そもそも動画がなかったです。写真と、カセットテープ

大森
 録音したりすると、レコードに焼いて、盤をくれたりみたいな。

下村
 いいところはそうみたいなんですけど。私の時は、本当にカセットテープでした。カセットテーププログラムの自分の出番だけ切ったのが差し込んであって。そういう時代でした。

大森
 それ、中学以降も続けていらした感じ。

下村
 そうですね。いわゆる町のピアノ先生に11年間習って、音楽で進学したいというときに、先生が変わって、ずっと続けてきた感じですね。

大森
 学生時代にピアノをやっていて。でも中学校時代は、合唱部に参加したり、高校時代はブラスバンドみたいな。

下村
 そうですね。いろいろやりましたね。合唱部に入ったり、でもそこで、私、音痴だということに気が付いて。

一同:
 (笑)

下村
 残念なことに。で、じゃあ、ってことで、クラシックギター部に。仲のいい友達が入っていたので。

大森
 ギターも弾かれる?

下村
 いや、もう今は全然弾けないです。

大森
 ブラスバンドではなにが。

下村
 ブラスバンドでは、フルートと、あと副揮者をやっていました。なので、本当にいろいろ手当たり次第にやって、もしかしたら、ひとつぐらい才があるものがあるんじゃないかと思って。いろいろ、やってみたんですけど。

 結果、進学するときは、そんなに付け焼でやったものではなかなか難しいので、結局ピアノに戻ってきて。戻ってきてというか、ピアノ自体は、ずっと続けていたんですけど。なので、ピアノ受験しようかと。

大森
 なるほど高校時代にユニーク教育音楽教室で。

下村
 そうですね。情報を仕入れてきて、「音楽科のある高校に行くのは難しい」と言われて、じゃあもうどこに行きたいのかわからないって悩んだ時に、別の高校なんですけれども、音楽先生が面先生が、面い授業をやっているらしいよと聞いて。

大森
 それを知っていて、そこの高校に行った。

下村
 そうなんです。

普通の高校なのに変わった音楽の授業

大森
 どんな面い授業だったんですか?

下村
 結構、普通(笑)普通高校音楽の授業って、どういうのかわからないんですけど。

大森
 教科書があって、その中で、音楽を聞いたり、歌ったり。

下村
 全然そんなのじゃなかったですね。各学期末ごとに、演奏を何かする。もしくは論文って言うんですかね。何か研究したことを発表する。

大森
 高校生なのに論文を書かせる。

下村
 そうですね。あと、作曲する。

大森
 作曲の手法とかを教えるんじゃなくて、曲を作ってごらんって。

下村
 そうですね。そういう作曲っぽい授業はあったんですけれども、そういうのが始まる前から、なにか発表をしろという。

大森
 音楽自由研究みたいな感じで。

下村
 そうなんです。だから、別に音楽の何について調べなさいというのもなかったので、結構、私はブラスバンドをやっていたので、ブラスバンド名曲について調べたり。

大森
 研究発表をしたり。

下村
 そういうのをそれっぽく書いたりとか、あとは演奏が、ソロだけじゃなくて、アンサンブルもしなくちゃいけなくて。

大森
 すごいクリエティブですね。

下村
 そうですね。これもすごいんですけど、音楽室にグランドピアノが2台あったんですよ。

大森
 立校ですよね。

下村
 普通立校なんですよ。あと、横にアップライトがある音大にあるような練習室みたいなのがあったりして。で、アンサンブルは、仲の良い友達4人で、2台のピアノで。2台ハッシュですか? やったりしましたね。

木本
 アンサンブルというのは、簡単に言うと“合唱”のことです。

下村
 そうですね。本当に普通高校なんですけど。

大森
 なんか、自由作曲する授業で大作を書いちゃったって。

下村
 そうなんですよね。なんかイタイ人だなって、今、本当に思うんですけど、ピアノソロの曲で7分ぐらいある曲を作ってしまい。

大森
 大作ですね。それは大ウケだったんですか?

下村
 大ウケというか、みんなちょっとした作曲の授業だったり、みんなが曲を作って、先生のところに行って、先生ピアノがちょっと弾いて、先生が、「この曲はこういうところがいいですね」とか、だいたいみんなが褒めてもらっている感じで。

 私の時は、なんと褒めてもらえるのかと楽しみにして、先生の前に行ったら、おもむろに「君はA型かね?」って聞かれて(笑)

大森
 何なんですか?

下村
 私、本当にでしょ? って言われるんですけど、A型なんですよね。

大森
 要するに、個性的なB型に見られがちなA型なんですね。

下村
 そうなんです。その時「B型かね?」って、聞かれて、「いいえ違います」と答えて、「じゃあOだね」と言われて、それも「Oでもないです」「ABじゃないよね?」「ABでもありません」と繰り返したら「たまにいるんだよ。こういうA型」って言われて(笑)

大森
 その先生は、後の大作曲を予言していたのか、普通じゃないなという感じ。

下村
 だから、その曲がよっぽど痛かったのかなと、私は思っているんですけど。

大森
 ちょっと聞いてみたいですね。

下村
 いや、もう本当に恥ずかしいです。その頃、MP3とかなくて、良かったなと思ってますよ(笑)

指揮者・下村陽子

大森
 作曲とは別に揮も習っていたと。

下村
 そうなんです。私、小澤征爾【※】さんがものすごく好きで。

小澤征爾
おざわ せいじ。日本人揮者。ウィーン国立歌劇場音楽監督を務めた揮者。

 しく関西コンサートがあるときは、必ず聞きに行くというぐらいの感じだったので。そしたら、ちょっと揮をやってみたいなと重い、1年揮を習っていたんです。それがあって、ブラスバンドもちょっとだけ揮をやっていたんですけど。

 その時、揮の先生に、作曲の授業があって、先生に聞いてもらったら、「B型だね?」って、言われちゃったんですけど。「楽譜を持っているの?」って言うから「持ってます」と言って、「じゃあちょっと弾いてみて」みたいな話になって、弾いてみたら、「君、揮よりも作曲やった方がいいよ」って。それは、揮にまったく才がなかったのかな? という気もするんですけど(笑)

大森
 どちらかですよね。すごくを見出したのかもしれないし。

下村
 そうですね。だから、いっぱい曲を作って、結構自信があったのに褒めてはもらえなかったので、やっぱり落ち込んでる。

大森
 でも、音楽って、個性の強い方が残る。好きな曲は褒められ、わかる人にはわかってもらえるけど、わからない人にはまったくわからないものじゃないですかね。

下村
 どうですかね?

木本
 出会いだと思うんです。

大森
 それは、揮の先生との出会いが運命的な感じがしますけどね。

下村
 そうですね。揮でも学んだことって、今でも心に残っていることが多くて。もちろんピアノもそうなんですけど、音楽を続けていくうえで、すごく心に残っていることがあるので、いろいろ手を出したけれども、いろいろ習ってよかったなと思ってます。

大森
 幅がどんどん広がっていきますね。