「メンヘラ」という言葉が苦手な精神科医・星野概念さんと、血まみれ女子大生のエピソードから始まる『ファーストラヴ』の島本理生さんとの、「心の問題」対談の後編。

前編より続く
http://bunshun.jp/articles/-/8031

◆◆◆

ギャル男に「すた丼」口実にふり回されて

島本 精神科医である星野さんが、プライベートで人の相談に乗ったらうまくいかないと思っていらっしゃるのは意外です。

星野 僕の妹の話なんですが、10年くらい前にギャル男のことを好きになったんですよ。ギャル男はいつもそっけないんだけど、夜中の2時くらいになると「すた丼を食いに行かないか」って誘ってくると。妹としては、ギャル男が好きなのでその後彼の家に行くという展開を期待しているんだけど、いつもすた丼を食べるだけで帰らされるからすごく辛いって。

島本 都合よくすた丼に付き合わされるって珍しいケースですね……。

星野 そういう相談を週に2、3回、2時間くらい電話で聞かされるんですよ。僕は「すた丼に行くんじゃねえ」ってアドバイスをしていたんですけど。

島本 まっすぐなアドバイス(笑)。

星野 結局しばらく妹はすた丼を食べに行き続けまして、僕の言葉は全然役に立たなかったことが証明されました(笑)。

相談にのったら解決するまでつきあわないと

星野 プライベートの相談の難しさの1つは、1度相談に乗ったら、その問題が本人の中で解決するまで付き合う義務が生じることです。妹の愚痴を聞くことはできましたが、他の人に同じことができるかどうか……。僕がはじめは親身になって話を聞いてたとしても、途中で興味を失ってしまったら相手はメチャメチャ傷つくと思います。

島本 それは、たしかにそうですね。

星野 だからカウンセリングとか診察として時間の枠が決まっているのはとてもいいことなんです。30分なり1時間の時間内であれば、絶対に自分の話を聞いてもらえる環境を患者さん(クライアント)に提供できる。安心して自分の話をできることって日常ではあまりないから、カウンセリングや診察の場って大切だと思うんです。

島本 親しい人に相談すると「そんな人からすぐ離れたほうがいい」と言われたりする。頭ではわかっていても、気持ちがそのアドバイスについていかないと、自分が親しい人の言葉に従えなかったというもう1つの罪悪感を背負うことになって余計に苦しくなる。だからアドバイスは別に聞いても聞かなくてもいいけど、お金を介してちゃんと自分の話を聞いてくれる人がいるのはありがたいですね。

アルコール依存症の患者がお酒を飲んじゃったら

星野 しかも我々の役割は、患者さんの心理を分析したり何か答えを与えることは違います。辛そうだから、話を聞いて何か力になれることがあったら一緒に考えましょう、みたいな立場。だから、診察室では相手のことを否定したりはしないんですよ。例えばアルコール依存症を治療中の患者さんが、我慢できずにお酒を飲んでしまったときでさえ、「駄目じゃないか」とは言いません。「飲んじゃってどんな気持ちでした?」みたいに聞く。いろんな先生がいるので一概には言えませんが、僕はそういうやり方をしています。

島本 どんな関係性にせよ、他人の気持ちを変えるのは非常に難しいことですよね。時間はかかるけれど、自分の心は自分で整理するしかないのかなと。

星野 そうなんです。こちらが「こうした方がいいですよ」と答えを用意してしまうと治療になりませんから。ジャッジするというより、感想を述べながらずっと話を続けていくという形を大事にしたいなと。

裁判の休憩中に弁護士さんが○○の悪口を

星野 『ファーストラヴ』前半は臨床心理士の由紀と殺人者・環菜の面会室での心理サスペンス。後半は一転法廷劇になります。取材のために裁判所にも通ったと伺ってますが。

島本 この小説を書くためにかなり裁判所に通いました。殺人事件を中心に見学していましたが、地方が多かったので6時の新幹線に乗って9時半に裁判所に到着みたいな感じで。早起きが一番辛かったです(笑)。

星野 お疲れ様でした(笑)。これまでに裁判を見に行ったことはあったんですか?

島本 ほとんどなかったんですが、実際に行くと発見がありますね。小説にも書きましたが、休憩時間中に自販機のところに行くと弁護士の先生が検察官の悪口をすごい勢いで言っていて。そのまま書いたら、言葉が激しすぎるので、小説の中の会話のほうがまだソフトにしてあります(笑)。

星野 それはすごいですね。

裁判には身を守るためのヒントがいっぱい

島本 あと、私が見かけた傍聴マニアみたいな人はだいたい男性なのですが、今回取材をしてみて、若い女性こそ裁判を見に行った方がいいと思いました。

 内容的には辛いものが多いんですけど、その代わり、何か危険なことが起きたときに人はどう行動すればいいのかっていうヒントがいっぱい詰まっているんです。

星野 例えばどんなヒントですか?

島本 これは声を大にして言いたいですが、絶対に別れ話は密室でしない方がいいです。

星野 そういう事件があったということですか?

島本 そうなんです。密室で別れ話していて、もし相手の男が逆上して殺されてしまったら……殺されただけでも悲劇ですが、彼が裁判で「別れ話をしようとしたら、彼女が自殺しようとした」って証言したケースがあって。しかも男性側が、それまでも女性側が不安定だったことを示す証拠を出してきたことで、真相が藪の中状態になってしまっていて。結局、本当のところは当事者同士にしか分からないし、当事者同士でさえ、実際は食い違っているかもしれない。

星野 それはそうですよね。他には何か発見がありましたか?

島本 ほかにも、親族間のトラブルが泥沼化したケースや、強盗を追いかけてさらに深い怪我を負わされたりした事件を見て、これは危ない、なにか変だと感じたら、多少の損失はあっても早めに距離を取ったり逃げるのが大事だな、と……本当に勉強になりました。

カウンセリングと裁判は似ている?

島本 この小説を書いていて気付いたことなんですが、カウンセリングと裁判って少し似ているところがあるんです。

星野 へえ、それは意外。どんなところがですか?

島本 被告人の中には、それまでの人生で、自分の話をきちんと聞いてもらったことすらない人もいるわけで。罪を問われる立場とはいえ、初めてそこできちんと言葉を受け止めてもらって解放されることもあるのかな、と。あとは弁護人が被告人質問するときに、誘導尋問はNGなんです。「あなたは本当は殺すつもりはなかったんですよね?」みたいにイエス・ノーで答えられる質問をしてはいけないことになっています。

星野 なるほど、自分の言葉で説明してもらうようにするわけですね。法廷のことはわかりませんせが、カウンセリングではクライアントをなるべく導かず自分で話してもらうのがポイントのような気がします。主役は僕ではなく、クライアントですから。

「いいね!」が分断を生んでいるとしたら

島本 最近特に感じることなんですが、どういう枠でもない中庸なコミュニケーションが失われつつあって、それが息苦しい。たとえばツイッターで「いいね!」の機能ってありますよね。あれなんかは一見友好的なコミュニケーションなんですが、「いいね!」をつけることは同時に「いいね!」しないものを選別していることであるとも思うんです。そうやって常に世界を2つに分けることをしたり、されたりし続けるって、じつはとても疲れることじゃないかな、と。

星野 「いいね!」って数字でカウントされるじゃないですか。数字ってすごくわかりやすいから、今回は50だから次は100を目指そう、みたいな中毒性があるんじゃないかと思っていて。もうちょっとわかりにくく、その呟きがいいと思う人が増えたら、サーモグラフィみたいにじんわりタイムラインが赤くなる、みたいなシステムの方がずっといいと思います。だって、物事ってもともと分かりにくいんだから。それを数字で単純化するから変な感じになる。

島本 とくに人にかかわることが単純化されすぎるって、どうなのかな、と思います。小説の中でも悪い登場人物を書くとき、できるだけ一面的に書かないようにと気を付けていました。いかにもわかりやすい「悪」ってそんなにいない。むしろ、自分のすぐ隣にいて普通にコミュニケーションを取れるんだけど、よくよく話してみると「あれ、この人なんか変だぞ」みたいな。無自覚だけどいつの間にか加害者になることもある、という危うさを描きたいと思っていました。

星野 人の考えや人格は複雑ですから、マルバツで分けられるようなものじゃない。島本さんがいまおっしゃったように、人にはいろんな側面があって、それを可能な限り単純化しないように表現しようとしているのがすごくいいねって感じです……。

島本 あ、思いがけず「いいね!」をいただきました(笑)。

星野 なんかすみません(笑)。この小説は、いろんな登場人物に感情移入できると思うんでみなさんに読んでほしいです。


※6月16日大盛堂書店にて

(島本 理生,星野 概念)

島本理生さん ©末永裕樹/文藝春秋