自分は自分を理解しているのか? 沸き上がる不安や怒りは本当に「それが」原因なのか。 父親殺しの女子大生と臨床心理士を描く『ファーストラヴ』の島本理生さんと精科医の星野概念さんが、現代人の心の問題をり合った。

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事件に対峙するリアルすぎる臨床心理士

島本 星野さんと初めてお会いしたのは、とあるトークイベントの打ち上げの席でした。それがご縁で、『ファーストラヴ』の中で臨床心理士の描写について監修もしていただきました。

星野 もちょくちょくご一緒させていただいて。というか、島本さんと素面で話すのは初めてじゃないですか?

島本 いつもは2人ともすごく酔っ払ってますからね(笑)

星野 『ファーストラヴ』をめて読みましたけど、すごくリアルでした。カウンセリングする立場でも実は葛を抱えていたりするよな、とかうなずいてしまう感じで、臨床心理士の真壁由紀は実際にいる先生なんじゃないかって思うくらい実在感がありましたよ。

島本 そう言っていただけるとホッとします。

星野 臨床心理士のを通して、父親を殺した女子大生山環菜の過去が紐解かれていく、というストーリーです。このような物語を書こうと思ったのはなぜでしょうか。

親子の間でこんなことが起こるのか

島本 中学生のときに精科医の斎藤先生の本に出会ったのがきっかけです。家族問題や性虐待の問題を扱った本を読み、親子の間でこんなことが起こるのかと衝撃を受けました。心理学モチーフにした作品をいつか書きたいと思っていましたが、今回やっと実現しました。

星野 実際に臨床心理士の方の取材もしましたか?

島本 はい、いろいろな方にお話を聞きました。実際の診療現場も知りたくて、自分でも催眠療法を受けてみたりもしました。

星野 ご自身でも体験してみたんですか。

島本 はい。計3人のカウセラーのところに行ったんですが、最初の先生が全然合わなくて。アメリカ帰りでちょっとスピリチュアル的なことを話す方で、会った途端に前世の話をしだして。

星野 それは大変な人に会っちゃいましたね(笑)

島本 でも、帰るわけにもいかずカウチに寝っころがるわけです。それで「自分が一番落ち着く場所を想像してください」と。私は結構暗くて狭いところが好きなので、ひっそりとしたホテルの一室を想像していたら、「そこは本当に広々として開放的な間ですね」って言われて、これはダメだと思いました(笑)

星野 まったく話が噛み合ってないじゃないですか。

島本 はい(笑)。その苦行が診療時間いっぱいの50分間続いて、しかもそれで1万2000円っていう。民間カウンセリングって保険が効かないのもあって、どうしても高くなるんですよね。

星野 気軽に行ける値段ではないですね。

カウンセリングに気軽に行ける世の中になれば

島本 ただ、3人の方とはすごく相性が良くて、「あの出来事にこういう意味があったのか。だから私は悲しかったのか」と、自分でも気づいていなかった過去の出来事の意味が明らかになりました。最初のスピリチュアルの人だったら100回会ってもピンと来たかどうか……。

星野 スピリチュアルの感覚も大事だと思いますが、最初からそれだとビックリするかも。

島本 『ファーストラヴ』でも描いたことですが、たとえば親への怒りや悲しみを理やり押し込めている人って、その憎悪が人とか友達とか、あるいは仕事相手などの第三者に飛び火してしまうことがあるじゃないですか。

星野 何か特定の言葉を言われるとキレて止まらなくなっちゃう、しかもその原因がわからない、というケースがあったりします。

島本 結果、周囲からは「あの人怖い」と距離を置かれたり、なにより本人が生きづらくなってしまう。そんな自分の心の状態を把握して整理していくことで、誤解や辛さも減るかなと。そのために、カウンセリングに気軽に行ける世の中になればいいなと思っているんです。そういえば星野さんはいとうせいこうさんの精科の治医でもあるんですよね。お2人の対談が『ラブという』にまとめられています。すごく読みやすくて、より良いコミュニケーションの手がかりになるお話がたくさんあって、自分も心の調子が悪いときに受診してみようかな、と思えました。

星野 ありがとうございます。あれは、いとうさんが診療でお話する中で気づきを得られたようで、いとうさんの突然な提案で実現した企画です。対談では精科診療のことや、精科と関係ないことなど色々な話をしました。

メンヘラ」という言葉が苦手

島本 小説の中で「男メンヘラ」という言葉が出てきます。私は「メンヘラ」という言葉自体は、内面の深刻さを揶揄するような印を受けるので好きではないんですが、その一方で、精的な不安定さが女性特有のものと思われがちなことにずっと違和感を持っていました。女性を振り回す精が不安定な男性もいるのではないか、と思っています。

星野 環菜が葉について「あの人男メンヘラですよね」と言って、由紀に「そんな言葉は使っちゃいけない」と諭される場面ですね。はここを読んだ時、「いいぞ」って思いました。は「メンヘラ」という言葉がすごく苦手なんですよ。その言葉が何をしているかわからないから。
それはともかく、葉のように何らかの情の枯渇とか十分な着をはぐくんでこれなかったゆえの不安定さとか、相手を振り回すことによって自分の心を安定させる心の構造を持った男の人は全然いると思います。

島本 女性の場合、不安定になったときもストレートに自分の気持ちを出すことが多いような気がします。「どうして一緒にいてくれないの!」とか「あなたがいなかったら死んじゃう!」みたいに、泣いて相手を追い詰めたりする。でも男性の場合は逆で、「お前に全然執着していない」という態度を取りながら、離れようとすると気を引くことを言い、近づいていくと逃げるみたいな人いますよね。一見女性側が執着しているように見えるけど、実際はそう仕向けているような……。

モテそうだけどイライラさせる男性

星野 結局相手に自分を見ていてほしい、ということなんじゃないでしょうか。でもそういう人ってモテそう。島本さんイライラも伝わってきました(笑)

ファーストラヴ』で言えば葉は本当にそういう人に見えます。何をどのタイミングで言ったら相手の心がフラフラするかちゃんとわかってる。

島本 そういう人って、それで相手をコントロールすることができた成功体験があるから、繰り返してしまうのかもしれません。

星野 モテる人は、きっとそれを把握しているんですね。

島本 昔、変な感じのする男の人がいたんですよ。その人がよく使っていたのが「あ、そういう受け取り方するんだ」っていうフレーズです。それが何となく気分が悪かった。

星野 ちょっと上から目線の言葉のような印を受けます。

島本 それに加えて、もしかして私はこの人の言葉を間違って受け取っているのかも、という気持ちにさせられるんです。すると不安になって、「じゃあ本当はどうなの?」と聞くんですが絶対に答えてくれない。

星野 自分が何を考えているかを気にさせるんですね。

支配欲を隠して相手の気を引くテクニックとは

島本 そのエピソードカウセラーの方に話してみたら、「その男性にはたぶん強い支配欲がある。あなたが正解を言ってしまったらコントロールできなくなるから、何を言っても間違っていることにされてしまう」と摘されて、どきっとしました。

 LINEなんかでも、わざと話を途中で切ってしまうと、相手の気を引けるっていうテクニックがあるとか。読み終えた物語より、完結していない物語のほうが人の心に残りやすいらしいです。

星野 でも興味を持っていない男の人に揺さぶりをかけられても、女性的には「いやいや、あなたのこと知らないし」ってなっちゃう。

島本 それはそうですね(笑)。しかも意識的にやっていることがバレた間に信頼関係が壊れますし。

星野 まあ、そうですよね。

島本 でもそういう危い方法で女性を手玉に取っている男の人は少なくないと思うんです。

星野 女性の敵みたいな男は結構多いのかも。これは個人の印ですけど、女性を振り回す男の人ってその成功体験が癖になって人を振り回す依存症みたいになっちゃう。女の人の方でもそういう男性に振り回されて辛い思いや悲しい思いをするわけじゃないですか。「この男は危険だ」って勘が働くと思うんですが、あれには抗えないものなんですか?

何かをしてあげたほうが危険な関係に?

島本 個人的には、DVを受けるほど離れられなくなる心理に近いのかな、と思います。あとは、人間って何かをしてもらったことではなくて、何かをしてあげるほどに相手のことを好きになると聞いたことがあって、それは私も実感としてあります。自分が何かをしてあげた分だけ、意識に見返りをめて、それが返ってくるまでは別れられない。そんな深層心理も働いているのかなと。

星野 そういう感情を理性的にコントロールするのは難しいのかな。でも、あげた分が返ってこないからもうこの男に期待するのはやめよう、みたいな発想にはならないわけですか?

島本 そう思える人はいいですが、もともとの性格として、なんでも自分が悪い、と考えがちな人っていますよね。自分が相手のことを好きすぎるから、自分が重いから、それなら自分が慢すれば、もしかしたら相手が応えてくれるかもしれない、という心理状態に入るとなかなか抜けられないのかも。

星野 ああ、なるほど。そういう人と話してみたいです。でも、の立場だと通院する患者さんとは話せますけど、通院はしなくていいけど男性に振り回されちゃうような人って、あまり会うことがないんですよ。

島本 精科医が本職の星野さんが聞いてくださるなら、自分のことを話してみたい女性はいっぱいいるんじゃないですか?

星野 そう思われることが多いんですが、たぶんが話を聞いてもうまくいかないんじゃないかなあ。同じ人の話を聞くのでも、診察をするのと相談を受けるのでは、話し手も聞き手もまったく意識が違うんです。

後編に続く
http://bunshun.jp/articles/-/8032


6月16日大盛堂書店にて

島本 理生,星野 概念)

星野概念さん ©末永裕樹/文藝春秋