サッカー日本代表の次期監督補に保一氏が浮上した。保氏は現在東京五輪に向けて五輪代表の監督を務めている。日本代表も率いることになれば、トルシエ監督以来の兼任監督になる。

監督2012年にミハイロ・ペトロヴィッチ監督の後をついでサンフレッチェ広島監督に就任。いきなりJ1優勝を成し遂げ、翌年も優勝し連覇を達成した名将です。今、サッカー協会が最も評価している日本人監督ではないでしょうか。ロシア大会では西野監督の下でコーチを務めていますが、これは協会が保さんに経験を積ませるためだと言う人もいます。西野ジャパン誕生の段階で次期監督補に挙げられていたのは間違いありません」(スポーツ記者

 兼任監督という点を見ても協会が高い信頼を寄せている拠。ジャパンの活躍に期待がかかる。そんな監督には、現役時代は名だったことが原因で、こんな恥ずかしエピソードがある。

 監督高校時代、選手権など全大会に出場することができず、名の存在のままマツダ(現サンフレッチェ広島)に入団。ここでハンスヨハンオフ監督に見出され、1992年オフ監督日本代表監督に就任した時、初めて代表メンバーに選ばれた。

マツダが1部と2部を行ったり来たりしていたこともあり、代表の常連選手たちのほとんどが保さんを知らなかったそうです。代表合宿に招集されたある選手はメンバー表に書かれた『保一』の名前を見て、『もり…ぽいち?これなの?』と聞いたとか。保さんは高校生の頃から『ぽいち』と呼ばれていたこともあり、代表でも定着。みんなから『ぽいち』と呼ばれ可がられました」(スポーツライター

 まるでのようなニックネームだが、本人は気に入っているようで「ぽいち」というタイトルの自伝まで出している。監督にしてみればすべき歴史なのだろう。ぽいちジャパンの今後が楽しみだ。

アサ芸プラス