オウム真理教元代表の松本智津夫麻原彰晃死刑囚ら教団元幹部7人の死刑執行。

 その翌日(7月7日刊各は何を書くか注した。

 すると、オウム総括というより「現代とオウム」について現在進行形の記事が多いことに気づいた。

1995年オウムの病理

 朝日新聞は事件の取材を続けてきた江川紹子氏のコメント引用しつつ、こう書く。

《当時と時代状況は一変した。だが、江川氏は「人間関係に悩んだり、社会に居場所がなかったりする若者はいつの時代でもいる」と摘する。インターネット上の情報をうのみにし、「正義」と信じて他人を攻撃する集団もある。「善悪二元論に陥る『カルト性』は散見される。オウムの問題から教訓を学び、次の世代に伝えていく必要がある」》

 オピニオン欄では映像作家達也氏が、

地下鉄サリン事件は、多くの人々に直接深刻な影を与えましたが、社会のありようにも変容をもたらしました。「正義か悪か」「味方か敵か」という二分論が強まり、悪や敵とみなされた者を社会から排除する動きが噴出したのです。》

 毎日新聞は「病理は消えたのか」(元社会部長小川一)。

地下鉄サリン事件の年、ウィンドウズ95が発売され、本格的なネット時代に突入する。(略)もが時に世界とつながり発信できる情報革命。皮にもその環境教団にも似た数の閉じた共同体をつくり、妄想を増大させ、共同体の外には気で罵詈雑言を浴びせる事態を招いた。》

オウムの病理は消えてはいない。むしろ、形を変え威を増して拡散しているのではないか。》

オウムの「生さ」を突いた東京新聞

 日経新聞はズバリ、

「『オウム的なもの』今なお 排他的社会の不満吸収」

 と書いた。

《元代表らの死刑執行で平成の初期を揺るがした事件は区切りを迎えはした。しかし、排他的で独善的なを振りかざし、現状への不満を募らせる層を反社会的行為へといざなう事態が起きる恐れは消えていない。》

《信じられる確かなものを見いだすことが難しい社会において、排他的で独善的なは現状に満たされない人々を招き寄せ、誘い込む。時が流れ、社会のありようが変わっても、「オウム的なもの」への警を忘れてはならないだろう。》

 若者はなぜオウム真理教に魅かれたのか。東京新聞は「生さ」をあげた。

オウムに魅を感じた若者たちがめていたのは「生のむなしさ」への解答だ。教団が八〇年代後半のバブル経済っ盛りに伸長したことは偶然ではない。》

《生であるが故に社会のあり方に違和感を感じていた信者は、秘体験や生のむなしさへの解答をインスタントに与えてくれる「師」をめた。「共同幻想」が共振し教団暴走した。》

あの傲慢さは何から生まれたものなのか?

 この「生さ」というキーワードはほんとうに重要だと思う。

 オウム事件のときに20代だった私は当時リアルタイムで考えたことを自分の本に書いたことがある(『教養としてのプロレス双葉文庫)。

オウム事件が起きたとき、事件の中心となった信者たちと世代が近かった私はどこかむず痒かった。私たちの世代には学生運動がなかった。本来なら、そこで「発散」されていたはずの「若気の至り」がオウムにハマる事態になったのではないかと思ったのだ。誤解を恐れずに言えば、オウムの若者たちは不良どころか、むしろに近い存在であることをなんとなくわかっていた。だからこそ「たちが悪い」。》

《自分たちがストイックに信じるモノ・価値に対し「なぜ世間はわかってくれない?」と苛々する気持ちは「自分以外はすべて馬鹿」という極論に変しやすい。純で硬直化している頭には「タメ」がなく一気に過に変貌する。純傲慢一重なのである。あの傲慢さとはそういうことだ。世の中に受け入れられない若者が陥る極端な姿だ。》

 あの頃私はこのように考えていたのだが、最近ふと思う。あの傲慢さは若者だけでなく現在はどの世代にもまんべんなく浸透していやしまいかと。

死刑執行翌日の刊各摘したように

 SNS日常になればなるほど、「善か悪か」で二分しがちであるほど、自分の正義を疑わなくなればなるほど、「自分以外はすべて馬鹿」という態度があふれる。

 それはつまり死刑執行翌日の刊各摘したように、「正義」と信じて他人を攻撃することであり、共同体の外には気で罵詈雑言を浴びせる事態であり、排他的で独善的なを振りかざすことである。

 自分以外はすべて馬鹿。この傲慢と生暴走こそ今も残る「オウム的なもの」なのではないか?

 せめてそういう時代は「自分以外はすべて利口」と考えてのぞんだほうがよいのかもしれない。少しくらいのん気に屁をこいていたほうがよいのかもしれない。

今回オウム記事をじっくり読んでみて、痛感したことである。

(プチ鹿島

各紙は一面トップで報道した