会社の中で、長時間労働が状態化している人は誰か。それは、仕事ができる優秀な社員だ。社長が重要な任務を与えるたび、彼らの仕事量は増える。真面目な彼らは、「もうできません」とは言わない。放っておくと、嫌気がさして、会社を去ってしまう。彼らのオーバーワーク、そして流出を防ぐために、社長がやるべきこととは。数多くの労働トラブルを見てきた弁護士が、シンプルな解決法を教える――。

■本音では、もっと働いてほしい

長時間労働の抑制が社会問題として取り上げられるようになって久しい。いかにして長時間労働を抑制し、社員の生活の質を上げていくか。こうした課題への対応策として、生産性を向上させるノウハウや成功事例をまとめた本も多く出版されるようになった。

とは言え、多くの中小企業では、期待するほど労働時間の短縮に成功していない。むしろ人手不足から、「もっと働いてくれたら……」と感じている経営者も少なくない。

労働時間については、経営者と社員でとらえ方が違う。社員としては、「売り上げよりも、労働時間を減らして働きやすい職場がいい」となる。経営者としては、「目の前の売り上げがなければ、社員に給与が支払えない」となる。経営者にとっては、売り上げと労働時間はトレードオフの関係になっている。このような見解の相違は、ときに両者の感情的な対立に発展する。

「長時間労働はよくない」という価値観は共有できているのに、立場の相違から対立関係になるのは残念なことだ。感情論を超えて、「なぜ、中小企業で長時間労働がなくならないのか」を冷静に考えてみよう。

■サービスを追求しすぎると、苦しい

これまでの日本の経営では、「お客様至上主義」が繰り返し唱えられてきた。「利益はすべて社外にある。社内にあるのは経費だけ。だからお客様こそすべてだ」というのは、真理である。また、「日本の製品、サービスは高品質」ということをなかば自慢するようにして追い求めてきた面もあるだろう。

たしかに、それこそが客の求めるサービスだ。中小企業の経営者としても「より品質の高いサービスこそが我が社の強み」という意識を抱く人は少なくないだろう。一方で、こういった高品質のサービスこそが客のさらなる要求を生みだしているのも否めない。人間は、いったんあるレベルのサービスを受けると、当初は感動しても、それが次第に「当たり前のもの」になってしまうからだ。

客は神様だ。だが一歩間違えば、客に隷属し、社員が疲弊することになる。社員の長時間労働にもつながる。経営者としては、「ここまでのサービス」と割り切り、取引先と合意することが必要だ。

■優秀な社員ほど、仕事量が増えていく図式

「仕事は、忙しい人に頼め」と言われる。私の経験から言っても、優秀な人ほど忙しい傾向にある。社長としては、優秀がゆえに、その社員に安易に仕事を依頼してしまう。とくにありがちなのは、新規事業の依頼だろう。新規事業は、まだ誰も手を付けたことがない分野だから、何をするにも手間がかかる。だから、わからない問題に対して臨機応変に対応できる人材を選ぶしかない。

もちろん、優秀な人材に難易度の高い仕事を依頼すること自体は、何ら問題ない。頼まれた社員にしても、「これを達成できればスキルが上がる」という気持ちにもなる。問題は、正当な評価をしないまま、仕事量だけを増やしてしまうことにある。こうした状態が続くと、優秀な社員ほど退職の道を選ぶ。評価と業務量について、もう少し細かく検討してみよう。

■社長の評価は、辛すぎる

人は、「自分を正当に評価して欲しい」という意識を持っている。それは職場における地位かもしれないし、給与かもしれない。いずれにしても「評価されている」という実感を社員が持てるようにしなければならない。これは口で言うほどカンタンではない。

社員が持っている自己評価と社長が抱く評価は、異なることが一般的だ。どうしても前者が高くなってしまう。これは社長が「自分をベース」にして社員の能力を評価するからだ。社長が「自分ならもっとうまくやれる」と考えているかぎり、社員に対する適切な評価は実現できない。新たな仕事を与えるときは、同時に社員をいかに評価するかも検討するべきだ。評価なく仕事ばかり増えれば、誰だって腐ってしまう。

■「効率を上げろ!」にも、無理がある

長時間労働を抑制するために、「生産効率を上げよう」と言われるが、正直のところ眉唾だ。「効率を上げる」というのは、「同じ作業を短時間で処理する」という意味だ。以前と同じ作業量を、短時間で処理するなど、そもそも無理な要求だ。作業の効率を上げることだけで、長時間労働を抑制できるとは考えにくい。

社長が具体的な指示や費用を出すことなく、「もっと効率化して」と言うのであれば、現場としてはしらけるだけだ。「給与は上がらないのに、効率を上げろと言われても……。社長の懐が温まるだけでしょ」ということになる。

「効率を上げろ」と命じることは何の解決にもならないが、優秀な社員への業務集中をすぐに解消できる方法がある。

■唯一の方法は、仕事を「削除」すること

優秀な社員に1つの仕事を加えたら、1つの仕事を手放させる。しかも、社長自身が指示しなければならない。真面目な社員ほど「仕事量が多すぎます」と言わないからだ。優秀な社員が仕事を手放すと、いいことがある。他の社員の成長にも寄与するのだ。上に優秀な社員がいると、下の社員は頼ってしまい、なかなか成長しない。この状況を打破できる。

つまり、大事なことは「効率化」ではなく「削除」だ。

これは、会社全体にも言える。業務を見つめ直すと、必要がないのに時間をかけて実施している作業が少なくない。利用されていない報告書や伝票といったものが、あるはずだ。こういった不要な作業を削除するのがもっとも効果的だ。ただ、不要な作業を見つけ出すことは、難しいかもしれない。なぜなら多くの人は、「すべて必要な作業」という固定観念のもとで仕事をしているからだ。社長が「この作業をやめよう」と指示しても、現場から「それをやめたら大変なことになります」と反論されるだろう。

■社員の反論にひるんではいけない

そこでひるんではいけない。社長がやめると決めたら、断固としてやめるべきだ。私の経験から言うと、社長が「削除」の指示をして、混乱したというケースは見たことがない。長時間労働抑制は、社長の仕事だ。他の人にできるものではない。

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