基礎生物学研究所(基生研)は、アーバスキュラー菌根菌(AM菌)が単独では生育できない理由を遺伝子情報から明らかにするため、単離されたAM菌株R. clarusHR1株のゲノムを解読し、モデルとされているAM菌(R.irregularis DAOM197198株)との比較ゲノム解析を実施した結果、脂肪酸やチアミンといった物質の合成系が2種類のAM菌で共通して失われていることを確認し、これらのAM菌は環境中に存在する多糖類をエネルギー源として利用可能なブドウ糖に分解する酵素もほとんど失っていることが明らかにしたと発表した。

この成果は、基礎生物学研究所/共生システム研究部門の川口正代司教授、小林裕樹研究員、 前田太郎研究員、亀岡啓研究員、田中幸子技術員、基礎生物学研究所/生物機能解析センターの重信秀治准教授、山口勝司技術職員、北海道大学の江沢辰広教授によるもので、6月18日付けで「BMC Genomics」にオンライン公開された。

ほとんどの植物は、根において土壌中の菌類と共生関係を構築している。植物が光合成によって生産したエネルギー源を菌類に提供するかわりに、菌類が土壌から吸収したリン酸などの無機栄養を植物に受け渡すことで、互いに協力的に生活するという関係だ。その中でも4億年以上も昔から存在するのが、アーバスキュラー菌根菌(AM菌)と呼ばれるタイプの菌根で、農業分野においても効率的なリン栄養の利用が行える点で注目されている。

しかし、アーバスキュラー菌根菌は植物と共生しないと増殖できない絶対共生菌で、人工的にも単独培養ができないため、AM菌の基礎研究や生物資材としての利用を行う上での障害となってきた。AM菌の研究はこれまで、主にモデル系統である Rhizophagus irregularis DAOM197198株を用いて行われてきており、そのドラフトゲノムの情報から脂肪酸合成酵素やチアミン合成酵素の欠損が指摘されていたが、それらがAM菌において一般的な特徴であるかは不明で、そもそも遺伝子情報の欠損がゲノム情報の不完全性に由来する可能性も考えられていた。

そこで研究グループは、AM菌が失っている遺伝子を確認し、そこから絶対共生性の手掛かりを解明するため、愛知県西尾市から単離されたAM菌 R. clarus HR1株のゲ ノム解読を行い、モデル種R. irregularisとの比較ゲノム解析を行った。

アセンブルを行った結果、先行研究のゲノム情報を上回る品質のドラフトゲノム情報が構築できた。この情報を用いて、モデル菌株 R. irregularis DAOM197198 株で指摘されていた脂肪酸合成酵素の欠損を確認すると、今回解読したR. clarus HR1 株においても同様に、この合成酵素がゲノム中に存在しないことが確認された。チアミン合成酵素についても同様にゲノム中に存在しておらず、脂肪酸や チアミンといった物質の合成能力の欠損がこれらのAM菌に共通する特徴であることが確認できた。

また、菌類は一般的に環境中に存在するセルロースなどの多糖類を分解してブドウ糖に変換し、これをエネルギー源として使用することが知られているが、解読したAM菌ゲノム中に存在する多糖類の分解酵素を調査すると、これらのAM菌は他の菌類と比較して多糖類をブドウ糖に分解する酵素が非常に少なく、環境中の多糖類をエネルギーとして利用する能力をほぼ失っていることが新たにわかった。これらの結果からAM菌は、脂質やチアミン、ブドウ糖などの物質を宿主植物に完全に依存し、このことがAM菌の絶対共生性の理由のひとつになっていると考えられるという。

この研究により、AM菌の失っている代謝経路が見出されたことから、これらの代謝系の産物がAM菌の必須栄養物質である可能性が見えてきた。研究グループは、こうして見出された必須栄養素の候補物質を用いることで、これまで不可能であったAM菌の単独培養が可能になれば、遅れていたAM菌の研究が前進すると考えられるほか、農業資材としての積極的な活用も可能になり、リン鉱石資源に依存しない農業への足掛かりとなるかもしれないとしている。
(早川厚志)

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