漫画家・押見修造氏の人気漫画実写映画化した「志ちゃんは自分の名前が言えない」は、希望にあふれた高校生活のルートから少しだけ外れてしまった"不器用"な少女2人の交流を映し出している。ダブル演を務めた南沙良と珠が、劇中の流れとともに感情を積み上げていった芝居は、今、そして"あの頃"10代だった全ての人々の心を揺さぶるだろう。(取材・文/編集部、撮影/間庭裕基)

押見氏が実体験を基に執筆した原作漫画を、長編商業映画デビューを果たした湯浅監督メガホン、「百円」の足立紳による脚本で映画化。上手く言葉を話せないことに引けを感じ、周囲となじめずにいる高校1年生・志(南)と、音楽好きだが音痴同級生・加代(田)が出会い、バンド結成をきっかけにコンプレックスや自分のあるべき姿に向き合っていく。

「 幼な子われらに生まれ」に続く映画出演第2作で、くも初演を飾ることになった南は、元々押見作品の大ファンだったようで「絶対に志を演じたい」という決意を秘めていた。だが、いざ合格の一報を聞くと「すごく嬉しかったんですが、(原作の)志ちゃんのイメージを壊してしまわないか不安になりました」。同じく映画演の田は「今までは"か"の作品に出るということが多くて、自分達が中心になる作品は初めてでした。でも、不安よりも楽しみという気持ちの方が強かったです。同年代の子との共演、何よりも自分達の芝居で1つの作品ができるという初体験を楽しみたいと思っていました」と当時の心を打ち明けた。

クランクイン前、それぞれの役への理解を深めることになった。「言葉が詰まり、間がく」という特徴を持つ難発の吃音に悩む志――南は「実際に吃音がある方とお話したり、動画や本を参考にしました」と準備を怠ることはなかった。一方の田は、ギター趣味とする加代と同化するために猛練習。「全然コードが覚えられなくて、運も本当に難しかったんです。挫折しかけていたんですが、監督たちと加代が使うギターを選びにいったことをきっかけにやる気が芽生えてきたんです」とり、現在でもギター趣味となってしまうほどハマってしまったようだ。

撮入は、2017年4月17日オーディション時から「テンポが合う」「きちんと(芝居の)キャッチボールができる」と感じた2人は、すんなりと「志と加代」の関係性を築き上げてしまう。ほぼ順撮りというスタイルも功を奏したようで「実際に私たちの距離感が縮まりながら、志と加代のも深まっていく。そのリアルな一面を作品に反映することができていると思います」(田)という言葉が物語る。今でも継続している南と田の友情は、本作に欠かせないエッセンスだった。

バンド「しのかよ」を結成し、ひとりぼっち世界から抜け出した志と加代。だが、クラスで浮いている同級生菊地(萩原利久)の「仲間に入れてほしい」という願いが、彼女たちの穏やかな日々に波紋を生じさせる。心の拠り所だった2人の世界に生じた変化を受け入れられない志。"言葉が上手く喋れない"ことへの憤り――南は「合間合間で抱いた感情を、大切しながら心に秘めていました。監督は、感情を発散するところでは、その溜まっていたものを全て出してほしいと仰っていたんです」と述懐する。

湯浅監督の演出によって生み出された南の"泣きの芝居"は、息をむほどのエネルギーを発している。瞳から止めどなくあふれる涙、鼻水を拭うことすらせず、それまで積み重なってきた感情を"言葉"で伝えようとする志の姿を、カメラ摯に受け止めてみせる。カラオケ店前でのシーンを例に挙げた田は「私にはできない泣き方。『本当は泣きたくない』という思いが伝わる涙でした」と述べ、初めて南の演技をの当たりにしたオーディションを振り返った。

田「(南は)志が自分の思いを叫ぶクライマックスシーンを演じたんですが、鳥肌が立ちました。冒頭の自己紹介、歌唱も披露していたんですが、ゾワッとする魅がありました」

体育館を舞台にしたクライマックスシーンは、田の大一番の場でもあった。音程を外しながら歌い上げる劇中歌「魔法」は、押見氏が作詞を手がけたもの。「人も大勢いたんですが、あまり緊しなかったんです。それよりも志に気持ちを伝えたいという思いが強くて。私が緊するというよりも、加代の『自分の気持ちを伝えたい』という感情が勝っていたんです」と告白する田。感情の高ぶりによって歌詞を間違えるというトラブルも発生したが、製作はその思いを重視し、田の内から生まれた言葉をそのまま採用している。「珠はいつも明るくて面くて、ずっと皆を笑わせてくれる」と話す南は、「でも、本番になると一で加代になっていました」と尊敬の念を抱いている。

南「(田が)加代として私に思いを伝えてきてくれたおかげで、私も志として出せる感情があったと思います。志が生きてきたなかで心にしまい込んでしまったものが、加代がいてくれたことで出せたという感覚があったんです」

押見氏の著作について「自分のことではないのに、自分のことのように感じる」という共感に魅了されていた南は、完成した作品を「すごく生々しい」と説明。「押見先生もそう仰ってくださいました。あとは『(スクリーンのなかに)志と加代、菊地がいた』と。その言葉が嬉しかったですね。(本作を通じて)自分の嫌な部分、認めたくないことを、コンプレックスではなく"個性"として受け取ってほしいです」とアピールすると、田は「人と上手に関われない、社会に上手く染めないと思っている方は、志たちのように『自分も変わろう』という勇気をもらえるはずです」と補足した。

「焼いてステーキ、煮込んでシチュー、油を使えばビーフカツ」と調理方法によって様々な変化を見せる「お」を例えにした座右の銘を持つ南。「小さい頃から自分じゃないかになりたいと思っていました。絵本『ぐりとぐら』のぐらになりたかったり、になりたいと思ったことも。その時はインコを飼って、"視点"を調べたこともありましたね(笑)」と女優す前から、その素質は兼ね備えていたようだ。「普段はそんなに明るくないんです」とはにかみながらも「でも、キラキラしてみたいですね。『元から私は明るいぞ!』というような作品に出てみたいです」と今後の展望を明かした。

三度殺人」「万引き家族」といった是枝裕和監督作品に出演し、表現を磨いてきた田は「ずっと女優として生きていきたい」と迷いはない。「もっとたくさんの作品に参加して、演じたことのない役に挑戦し続けたいです。女優には、限界がないと思っています。同じ役は1つもないですし、ずっと楽しめる職業だと感じています」とさらなるステップアップを誓ってみせた。

青春は全ての者に等しく訪れるが、必ずしも美しいものになるとは限らない。苦悩や葛に苛まれ、傷だらけになりながら、暗いひと時を過ごさなくてはならないこともあるはずだ。「志ちゃんは自分の名前が言えない」は、そんな日々における"きを放つための小さな1歩"の重要性を示してみせた。役柄同様のを築き上げ、作品を強くけん引した南と田にとっては記念すべき演作、そして自らの"名前"を世に知らしめる代表作だといっても過言ではない。

「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」の撮影を述懐