著名な生物学者と生物画伯が本気で昆虫採集をしました。東京近郊の自然めて野の山に向かう、いい歳をした大人2人の素敵な冒険録、前編です。

まずは具から、シガコンと六本脚

絵本作家野鴻さんのアトリエがある野に遠征した福岡ハカセ昆虫採集に最適なのは午前中と夕方ということで、東京7時に出発し、9時から採りがスタートする>

福岡 だいぶ使い込んでいますね、その捕網。私のは「シガコン(志賀昆虫)」のなんですが、野さんのは?

野 これとこれがシガコンですね。今日はこっちにしようかな。「六本脚」の長竿で、8メートルくらいに伸ばせるんです。

福岡 おお、昆虫文献でも有名な千代田区三番町の「六本脚」ですね。東京昆虫少年にとってグッズの老舗といえば、「志賀昆虫」か「六本脚」。最近はネットで買えるようになったので便利ですよね。私のも40センチ弱に短くできるので、網部分と一緒に常にリュックサックに入れてあるんです。

都心の公園で夢中になってチョウを追いかけた

野 渋谷の「シガコン」はオヤジさんが亡くなって宮益坂の店を畳みましたよね。

福岡 今、実店舗は戸越銀座にあるようです。(網部分をパッと広げて竿に装着)ほら、カメラマンの持っているレフみたいでしょ、コンパクトに畳める。羽根を傷めないように網はシルク製。ちょっと高くて竿セットだと1万円くらいかな。

野 福岡さんはチョウ好きですからね。いつか都心の公園昆虫採集したときも、真剣アオスアゲハを追いかけていたじゃないですか。最近、都心の大きな公園だと、昆虫観察はいいけれど採集するのは禁じられていて、注意されないかとヒヤヒヤでしたよね。

福岡 今日は2人だから心強いけれど、いい大人が1人で網を振り回していると立ちます。

香川照之さんも「つちはんみょう」つながりか

野 さて、今日は山に登る前に、観察フィールドにある古いお社にご案内しようと思っているんです。つい数日前、NHK Eテレの「昆虫すごいぜ!」で香川照之さんがハンミョウの取材にいらしたんですよ。もそのロケ現場に立ち会って、ちゃっかり自分の絵本(『つちはんみょう』)を手渡すことができました(笑)

福岡 おお、ここですか。ずいぶん古い木に囲まれていますね。(説明読み800年以上の椎の木のがあるんですね。すごい巨木だ。

野 スダジイですね。この大きなスダジイのウロではベーツヒラタカミキリが発生します。たまに死体が落ちているんだけど……。

福岡 べーツというのはダーウィン子の博物学者(ヘンリーウォルター・ベーツ)で、世界各地でを採りまくり、新種を見つけた人。だから、いろいろな昆虫に彼の名前がついている。あ、ハンミョウのだ!

野 そう、ここに幼が隠れていて、アリなどが通ると飛び出して食いつく。

顔が獰猛な「ハンミョウ」みーつけた

福岡 子供のころ、こういうの前に座って、よくハンミョウ釣りをしましたよ。

 お、いた!(ハカセ、見事に捕獲)

野 ツチハンミョウと違って、普通ハンミョウは色合いが鮮やかで綺麗ですよね。顔が獰猛ですごい。牙があるので噛まれると痛いですよ。

福岡 おお、ぴょーんと飛んでいった。嫌なにあったからな(笑)ハンミョウは、ぴょん、ぴょーんと少しずつ飛びながら進むので「おしえ」とも呼ばれています。

野 (地面にしゃがみこみ)アリジゴクの巣がたくさんありますよ。

福岡 (落ち葉の茎でをつっつく)出てこないかな。これはの巣みたいだ。

野 アリが来たりすると、ビビビと動くんですけどね。あ、これです!(アリジゴク発見)

福岡 ほんとだ。死んだふりをするから、土のかたまりにしか見えないけど。

野 大きくなると、ウスバカゲロウになるんですよね。

バラバラ殺人現場に出くわす?

福岡 おや、これは何だろう? 葉っぱに抜け殻がついています。

野 (手に取って解体する)サナギじゃなく成の遺体だな。成をこなごなにしたのがのようになっている。うーん、だ。

福岡 バラバラ殺人現場の検証のようですね。何者かが成を殺し、かみ砕いてにし、それを利用して成長し、飛び立った。

野 かなり凄惨な現場です(笑)あれ? 枯葉を巻いた中に何かが入っている。サナギかな? 一歩ごとに何か見つかりますね。こんなんだからちっとも前に進めない(笑)

福岡 私は子供の頃からこんなことばっかりやっていました。友だちがいなかったので、ひとり寄りパン(笑)。そういう子供は、大きくなっても財務省とかには入れない。

野 は小さい頃からナチュラリストというわけでなくて、中学生くらいまではスーパーカーばっかり描いていましたね。友だちが欲しがるんで、注文に応じて何枚でも。

 このぶんだと、神社だけで午後になってしまう。そろそろ切り上げましょうか。

体育は「2」だけど、チョウは採れる

登山の入り口へ移動。日が差してきた>

福岡 あ、いのがいる。(にもとまらぬ速さで網を動かし捕獲)

野 おお、凄い! さすがチョウ屋の動きですね!

福岡 1回で採れないと、何度やってもダメなんです。これはスジグロチョウだな。私はあらゆる運動が苦手で、体育は2だったんですけれど、チョウだけは採れる。

野 もともとチョウがお好きなんですね。

福岡 そう、見たの美しさと、メタモルフォーゼ、変態するところが好きなんです。満員電車にいるヘンタイじゃなくて、変態ね。昨日までモコモコした毛だったのが、サナギになって、ドロドロした中から美しいチョウが出てくる。

野 そして、ひらひらとを飛んでいく。

ネオンカラーのオオセンチコガネタラノキにいるセンノキカミキリ

野 (地面から拾い上げ)これが、今度絵本にしようと観察中のオオセンチコガネです。

福岡 ああ、きれいな甲だ。ネオンカラーですね、ぴかぴかしている。(手に取って転がす)おのほうも色がきれい。人間の手の温度って、にとっては、すごく熱いんですよね。こいつも驚いているだろうな。

野 おや、あそこにいそうだな(シュシュシュと竿を最大限に伸ばし、高いところにあるの枝を網で探る)。ほら、いた。センノキカミキリです。

福岡 見えないところから、よく採れましたね。すごいな手品を見ているみたいだ。

野 食が食べた跡)が見えたので。これはタラノキなんですが、上のほうの葉っぱが枯れているでしょう? この葉を食べる大は、センノキカミキリかタテジマカミキリなんです。

福岡 さすが、昆虫探偵論理的な仮説です。しかし、この竿は長いな。しかも、軽い。

野 「六本脚」のカーボンファイバー製です。1万7000円くらいします。こういうのがない時代はタモ竿も使っていたんだけれど、重くてね。

福岡 やはりこれぐらいの軽さじゃないと振り回せないですよ。おお、ルリタテハがいた!

<2人でチョウを追いかける>

昆虫図鑑といえば「クマチカ」のころ

福岡 違うのが2羽、一緒に採れました。これはジャノメチョウとベニシジミかな。

野 ほんとだ、ここでジャノメチョウを見たのは初めてです。写真を撮っておこう。

<山を登り始める。福岡ハカセかごを装着>

野 がヒメツチハンミョウやヨツボシモンシデムシの絵本を描いていたときには、毎日この山に入っていました。ちょうどこのあたりが絵本に描いた雑木モデルになったところです。

福岡 野さんのタッチはまさに細密画で、今回描いていただいた『ツチハンミョウのギャンブル』の装画も、まるでアンリ・ルソーの絵のようです。もともと熊田千佳慕さん(通称クマチカ)のお子さんだったのですよね。

野 が絵をやっていまして、子供のころ、すぐ近所にクマチカが住んでいたので、連れて行かれたんです。当時は、別に昆虫の絵を習うというのではなく、好きな絵を描いていましたけれどね。

福岡 私の世代の好きにとって、クマチカの昆虫図鑑といえばバイブルのようなもの。今の図鑑は全部、写真になってしまったけれど、昔はすべて絵でしたからね。

野 の絵で食っていこうと決めたのは25、26歳で、その頃にめてクマチカに「子入り宣言」して、生意気にも技術は教えないでくれと頼んだんです。教えてもらったのは、昆虫の生き死にをどう描きどう見せるかという表現上の考え方ですね。クマチカは「ちいさな命の美しさ」を追い続けた人。「するから美しい」というのが、師の座右の銘です。

取りおじさんオジサンに怒られる

<近くで刈りをしていたオジサンからをかけられる>

――あんたたち、何してるの?

野 あ、昆虫採集です。

――あんまり、こっちに入ってきちゃダメだよ!

福岡野 はーい。

野 怒られちゃいましたね。最近、昆虫採集も大変なんですよ。

福岡 昔は何にも言われなかったのにね。あ、ノコギリクワガタの頭部が落ちている。

野 (地面にしゃがむ)ここで、オオヒラタシデムシが交尾していますよ。そのすぐ横で幼ミミズの死体を食べている。これが同じオオヒラタシデムシの死体だったりすることもある。ちょっと、えげつない場面ですが。

福岡 これが、自然というものですよ。人間も似たような営みをやっているわけですから。野さんはこういうのを見ると、その場でスケッチされるんですか?

野 いや、スケッチよりは言葉をメモしますし、写真も沢山撮ります。

 そうそう、このあいだ安曇野に行って常念岳に登ってきたんですよ。高山の絵本のために。まだ季節がぎたんですが、たくさん写真を撮った中にミヤマモンキチョウの幼がいました。これはうれしかった。

福岡 おお、私たち昆虫オタクヒーロー田淵行男さんが通い詰めていた常念岳ですね。

野 田淵行男さんは、私にとって「」のような存在ですよ。高山に魅せられて、素晴らしい本を出された方です。あんな本を作ることができたらなと思い続けて、はや何年かな。

福岡 もともとは山岳写真だけど、当時カラーフィルムがなかったので、細密画でチョウを描いたのが素らしくてね。熊田千佳慕と年齢も近かったのでは。

野 クマチカより6歳年上だったと思います。明治まれの一徹というところが見事に共通しています。

※後編へ続く
「本気の昆虫採集おじさん2人 共食い編
http://bunshun.jp/articles/-/8099

ふくおか・しんいち
生物学者。1959年生まれ。京都大学卒。米国ハーバード大学医学部博士研究員、京都大学助教授などを経て、青山学院大学教授米国ロックフェラ大学客員教授ベストセラー『生物生物のあいだ』、『動的衡』など、「生命とは何か」を動的衡から問い直した著作を数多く発表。近著『福岡伸一、西田哲学を読む』、最新刊『ツチハンミョウのギャンブル』。

たての・ひろし
絵本作家1968年生まれ。札幌学院大学中退。幼少時より熊田千佳慕に師事。1996年より神奈川県野で生物調のかたわら、生物画の仕事スタートする。絵本に『しでむし』、『ぎふちょう』、『つちはんみょう』、『宮沢賢治』(文・俊英)など。図鑑も手がける。
2018年7月14日9月24日町田市文学館で「野鴻絵本原画展 ぼくの昆虫記」が開催される。

福岡 伸一,野 鴻)

登山道入口でツーショット 左から福岡伸一さんと舘野鴻さん ©三宅史郎/文藝春秋