さて、前回に引き続き、「子」に描かれた清少納言藤原斉信とのやりとりについて紹介していきましょう。

前回の記事はこちら。

今回取り上げるのは、清少納言の夫であったも関わるエピソード。ちょっと笑える話なので、恋愛抜きにしても紹介したいおすすめの段です。

居所を斉信には教えていなかった清少納言

子絵詞」「淑舎、宮に参り給ふほどのことなど」の段

紹介するのは「里にまかでたるに……」の段です。このとき、清少納言は宮中から退出して里下がり(自宅に帰っていた)していました。清少納言は自宅にまで人が訪ねてくるのは煩わしいので、多くの人に自宅の場所を教えていません。知っているのは、夫であったのほか、左中将経房、済政くらいでした。

あるとき、清少納言のもとに則がやってきていいます。

昨日宰相の中将のまゐりたまひて、「いもうとのあらむ所、さりとも知らぬやうあらじ。言へ」といみじう問ひたまひしに、さらに知らぬよしを申ししに……(後略)

子」(校注・訳:松尾永井和子「新編日本古典文学全集」/小学館より)

宰相の中将とは斉信のことです。斉信が則のところにやってきて、「(夫であるから)いもうと(ここでは清少納言のこと※一般にはのことだが、夫婦関係のような曖昧な立場を義兄妹のように称したとされる)の居場所を知っているだろう。言いなさい」としつこく迫ったのだといいます。

長く宮中から退出していた清少納言がいないのが寂しかったのでしょうか。二人がお互い教養を持つ親しい友人として付き合っているにしても、ちょっと斉信は清少納言を気にしすぎているようにも感じられるエピソード

宮中で気の利いたやりとりができる相手がいないことが寂しいのか、はたまた「あなたに気がありますよ」というアピールなのか……。

夫・則光との関係も見えた「ワカメ事件」

斉信はあまりにもしつこく居場所を尋ねたので、知らないとをついている則は笑いそうになって、台盤の上にあったワカメをつかんで口につっこみ理やり食べることでごまかしたのだ、といいます。

その場はそれでやりすごしたといいますが、後日、則から文が届きます。

宰相の中将、御物忌に籠りたまへり。「いもうとのあり所申せ、いもうとのあり所申せ」と責めらるるに、ずちなし。さらにえ隠し申すまじ。さなむとや聞かせたてまつるべき。いかに。仰せにしたがはむ」

子」(校注・訳:松尾永井和子「新編日本古典文学全集」/小学館より)

「また斉信がしつこく居場所を聞くので教えてもいいですか?もう隠し通せません」という内容です。

清少納言はこの返事として、文は書かずに藻(わかめなど)をに包んで使者に渡したのです。要するに「そのまま黙ってなさい」という意味で贈ったものなのですが、これは則には通じませんでした。

「妙なものを送って、何か行き違いがあったのか」という則に、清少納言は和歌を贈ります。もともと和歌嫌いであったらしい則とは、その後関係も悪化したんだとか。

機知にとんだ清少納言の返しに気付くこともできない則離婚の原因もうかがえるエピソードです。

このまま冷え切った関係のままだったかというとそんなこともなく、離婚後も友人としてやりとりはあったそうです。

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