2018FIFAワールドカップW杯ロシア大会の決勝トーナメント1回戦で、ベルギー相手に今大会ベストゴール補ともいわれるシュートを決めた乾貴士。「大会最軽量」とも言われただが、セゾンFCから野高校に進学をした頃は今よりもさらに細く、ひ弱なイメージが付いて回る身体だった。

だが、野高校サッカー部を率いる山本監督には、を放たんとしているダイヤの原石として映っていた。

はセゾン時代から抜群のテクニックを持っていたが、滋賀県トレセンから関西トレセンの選考会に行っても、周りの大人から『上手いけど…小さいし、出来ないことが多すぎるね…』と言われて、落とされて来た選手。本来あれくらいの選手ならいろんなJユースや強校の間で争奪戦になるはず。そうならなかったのは、選手への判断基準が未成熟だからだと思いましたね」(山本氏)

 山本氏は当時をこう振り返ったように、フィジカル的に周囲の選手より劣るは、正当な評価を受けていない印を受けた。

も出来ないようなボールの持ち方、そして常に相手の逆を取る『駆け引き』の上手さには、すごく才を感じました。だからこそ、その長所を高校3年間でより伸ばそうと思ったんです。手っ取りく勝とうと思ったら、高校時代からにどんどんフィジカルトレーニングをさせていけば、もっと良い成績を出せたかもしれません。でも、それだと将来的に選手として行き詰まってしまうんです。大学プロに行ったら、周りのフィジカルもグッと上がってきます。フィジカルだけで優位に立てない状況になったときに、武器がないと生き残れません。だからこそ高校時代に、身体が小さくても、大きい選手に対して『これだけは負けない』というものを培わせておけば、フィジカルは正直大学プロになってから鍛えても間に合うと思います」(同)

 短所を必死に補うのではなく、持っている長所を徹底して伸ばす。特にその短所がフィジカルなどの成長の個人差、体質的なものがある要素であれば、そこで躍起になってしまうと、肝心の長所を消してしまい、その選手の将来性をも消してしまう危険性もある。だが、山本氏には“信念”があった。

高校3年間は『最後の育成年代』でもあります。ならば、大学プロに行ったときにすぐには使ってもらえないかもしれないけど、高校時代には『仕上げ』を優先しないといけないんです。高校生の年代には璧な選手などいません。それなのに璧にしようと思うと、どうしても短所にばかりがいき、そこを善しようとアプローチし続けると、こじんまりしてしまいます。ストロンポイントを磨いていくことで特出したものが生まれて、その上でいろんな周りを補っていくことができれば、上のステージで戦える。これはに限らず、野に来た選手全員にいえることです」(同)

選手が自ら考えて育つ環境をつくる

 野で徹底して長所を磨いたことで、高2になるとは徐々に頭を現していく。岡山国体では高3の選手が滋賀県選抜において、一の2年生レギュラーとして出場(※この岡山を最後に国体サッカー少年の部はU-16の大会になった)、3位入賞に貢献した。

 そして、だけでなく、野の運命を大きく変えた2005年度の第84回全高校サッカー選手権大会では、個々のテクニックと豊富なアイデア、流れるようなパスワークとドリブルを組み合わせた「セクシーフットボール」で快進撃を続け、初優勝を達成。セクシーフットボールの申し子として一躍脚を浴びた。

「あの時のチームは決して『だけのチーム』ではありませんでした。3年生に上手い選手がたくさんいて、は左サイドで割と立っていたけど、チームに貢献するために動いていました。私も『お前チームじゃないからチームに貢献しなさい』と言っていたし、左サイドのレシーバーとして彼の持っている才を引き出そうと思いました。それが非常にハマったし、今も得意なポジションとして躍動していますね」(同)

 適性ポジションで躍動しただったが、山本氏は高3になったに対して新たなポジションを与えた。それは長所を伸ばす導の一貫だった。

「高3になって、センターの中心選手が抜けたというチーム事情もありましたし、は『ただのドリブラー』ではないからこそ、いろんなことをやってもらおうと【3−5−2】のトップ下に置きました。360度の視野の中で周りを使うようにして、サイドにいた頃のドリブラーではなく、ゲームメイクスルーパスを出す環境に置くことで、より長所を伸ばそうと思ったのです。に『ああだ、こうだ』と細かく示するのではなく、環境ポジションを与えることで、自分自身で考えて成長していきました。の魅はドリブルもできるし、パスもできる選手です。ただドリブルしかできない選手ではなく、『何をしてくるかわからない選手』なんです。中にも外にも縦にも仕掛けてくるし、時にはワンタッチで周りにパスを出したり、急所を射抜くスルーパスも出す――。もう予測不ですよね。トップ下でプレーしたことで、より怖い選手になってくれた。彼は環境を与えることで、『伸びていってくれた』存在でしたね」(同)

 才は育てるものではなく、育つもの。これはほかのW杯戦士すべてに共通する。長所を壊さず、それを発揮する環境を与える。そうすることで才は自らので育っていってくれる。

 山本氏は、の才を壊さない環境を与え続けた。そのアプローチベースとなり、今の彼の躍動を支えている。
(文=安藤人/サッカージャーナリスト

野洲高校サッカー部・山本佳司監督