「これが自分の限界です」「自分みたいに負けないで」ーー。そう遺書を残して2005年に自ら命を絶った男性の過労自殺事件が、13年の月日が経過し、ようやく終わろうとしている。

横浜市の電気通信設備会社に勤務していた男性(当時27)は、2005年7月末の午前3時、深夜業務後の帰宅途中に交通事故を起こし、けがのため出勤できなくなった。その直後に精神障害を発症。2005年8月10日、自ら命を絶った。亡くなる1か月前の2005年7月、会社の売り上げは通常の23倍にのぼり、男性は約177時間もの時間外労働をしていた。

今回の事件で会社側は自分たちの非を認めず、虚偽説明や故人への誹謗中傷を繰り返した。

遺族が損害賠償を求めた訴訟の尋問で、社長は「36協定とかは全然わからないで会社を作っていました」と証言。1日の労働時間は8時間、1週間40時間を超えてはならないと定める労働基準法についても「すみません、それは分かりませんでした」と話した。

「会社が尽くしてくれた人に対して、手のひらを返す。事件は終結を迎えても、怒りは収まらない」。男性の遺族側代理人をつとめる山下敏雅弁護士に、今回の過労自殺事件の経緯と過労死を巡る問題について聞いた。(編集部・出口絢)

●労災申請、時効5年まで悩む家族も

ーー「13年前の過労自殺事件。10年前に受任して、ようやく終わる」。山下弁護士が呟いた今回の事件の経緯を書いたツイートは大変な反響がありました。

13年前の過労自殺事件。10年前に受任して,ようやく終わる。社長が虚偽説明や故人への誹謗中傷を繰り返す。 ↓それに引きずられた労基署,労災を認めず。 ↓国相手の行政訴訟で覆って労災認定(労災申請から3年8か月) ↓会社と社長相手の損害賠償訴訟。被告ら「自分達に責任ない」 ↓

— 弁護士山下敏雅 : 子どもの法律ブログ (@children_ymlaw) 2018年6月7日

事件はようやく終わりを迎えようとしています。会社と社長が破産申し立てを行い、管財人が財産を回収しているところで、今月中には債権者に配当される見込みです。

ーー今回の事件は労災を申請し、不支給が決定した後、審査請求を経て、再審査請求、行政訴訟の判決まで、4年8カ月もの月日が経過しています。

今回の事件は2008年3月横浜西労基署に労災申請し、行政不服審査(審査請求、再審査請求)も棄却され、再審査請求中に提起した行政訴訟でようやく労災として認められました。男性の遺族は労災認定された際の記者会見で「これほどまでに長く、負担のかかるものだとは思っていませんでした」とコメントしています。

労災申請された後、会社側は労基署に対して様々な証拠を出し陳述をします。しかし、どのような証拠が出されているのか、遺族側は労基署段階では分かりません。審査請求や再審査請求になり、初めて資料の内容がわかってきます。経験上、ある事ない事を会社から労基署に伝えられ、それに引っ張られ判断されるケースは多いと感じています。

また、亡くなった後家族がすぐに労災申請するケースもありますが、多くのケースでは家族は会社の状況がわからない中、なぜ亡くなったのか悩み続けます。自殺で亡くなった場合であれば、親族にさえ死亡原因を話していないということもあります。労災申請の時効は5年ですが、そのギリギリまで悩む方が多くいます。4年半くらいで相談に来られて急いで申し立てるケースもありました。遺族は孤立し、悩んでいるのです。

●自分たちの非を認めない会社側

ーー男性の遺族は2013年、会社と社長に対して損害賠償を求める民事訴訟を提起。提訴から3年2カ月後の2016年10月、過失相殺なし(労働者側の落ち度なし)の勝訴判決が確定しました。

会社側はこちらの主張に対し、

・男性の業務がパソコンを使った事務作業で労働密度が低かった

・業務量の多さをアピールするために退館時間を遅らせていた

・毎日のように長時間喫煙所や駐車場で雑談をし、毎日長時間話をしていた

・時間外手当をつけるため出勤簿に実際の終業よりも遅い時間を記載していた

などと反論していました。しかし、入室記録や関係者の証言などと照らし合わせ、裁判所はそのような主張を全て退けました。会社側は自分たちの非を認めず、男性に非があるかのような主張を繰り返してきたのです。また、男性の人格非難や家族のプライベートなことに関する、文字通りの誹謗中傷がありました。

●10年かかっても、労災認定を得られなかったケースも

ーー労災認定にかかる時間は一般的にどのくらいなのでしょうか。

遺族らによる労災申請を受け、労基署による調査が始まります。資料も多く、医学的な判断も必要となります。争いがない場合は数カ月で労災認定が通ることもありますが、申請の多くは認定まで半年から1年はかかります。労災が認められず、行政訴訟で何年もたたかっても、認定を得られなかったケースもあります。

また、労働災害として認められなかったからといって、国に対していきなり裁判は起こせません。今回の事件のように、審査請求、再審査請求を踏むことになります。いきなり裁判手続きに入るのではなく、専門的な知見を持ち速やかに遺族を救済するため、行政手続きの中で2回審査をしましょうというものです。2016年から再審査請求を経ずに訴訟提起も可能になりました。

しかし、実際にはそれで結論がひっくり返ることは非常に少ない。よほど大きな証拠が新たに出てくるか、争っている間に認定基準が変わるかなどの事情がなければ、なかなか救済されません。

後者については、2001年には「脳・心臓疾患の労災認定基準」が策定され、2011年には「心理的負荷による精神障害の労災認定基準」が改定されています。遺族が頑張ってきたおかげで、過労死、過労自殺の認定基準は少しずつ変わってきました。

●大企業、零細企業関係なく起こりうる過労死

ーー男性が働いていた会社は、約20人規模の中小企業でした。過労死事件と会社の大小に関連はありますか。

過労死、過労自殺は、大企業から零細企業のどんな会社でも、どんな職種でもどんな世代でも起きうる問題です。

中小企業は男性がいたところのように、労基法をわかっていないという事案も見受けられます。就業規則自体作っていない会社もありました。今回の事件の尋問で社長は「僕はそういう36協定とかその会社の規約とかというのが全然分からないで会社を作っていましたので」と話しています。

一方で、労働時間を管理するシステムがある大企業であっても、過労死は起こります。過去には、タイムカードでなく労働時間をパソコンで自己入力させ、36協定の上限を超えるとエラーが出て、パソコンで労働時間を入力できないという事案がありました。その結果、最後の5日間で帳尻を合わせることになり、月の最後だけ見事に残業時間が減って、月の残業がきれいに80時間や100時間ぎりぎりになっていました。

●追い込まれた人は、解決策が見えづらくなっていく

ーーZOZOTOWNを運営する株式会社スタートトゥデイのコミュニケーションデザイン室長、田端信太郎氏が6月2日、Twitterで「自殺だから一義的に自己責任なのは当たり前」「追い込まれても、会社なんて辞めて生活保護受ければいい」といった持説を展開しています。こうした意見をどう考えますか。

こうした自己責任論は、使用者側がそのほうが都合がいいため繰り返されます。また、過労死の問題に限らず、この社会は被害者に対して非常に冷たいと感じています。ひどい加害行為があったときに「逃げればいい」「やめればいい」と言う人がいます。それは違います。ますは加害行為を止めなければならないのです。

追い込まれた人は、自殺以外の様々な解決策が見えづらくなっていきます。この心の状態を「心理的視野狭窄」といいます。

遺書を残して亡くなった方の中には、遺書で「申し訳ありませんでした」「ごめんなさい」と謝っている人も多くいます。過労、ストレスの結果生じたうつ病の症状の1つとしての罪責感です。しかし、会社の状況がわからない遺族は、この「謝罪」を読んで思い悩みます。

しかし、謝るべきは追い込んだ側の会社です。私はこうした遺書を見るたびに悔しさと憤りを感じます。

●裁判の積み重ねで世の中は変わる

ーーいまだに根深い過労死、過労自殺の「自己責任論」ですが、労働者側の事情を理由に民事事件で過失相殺される事例はあるのでしょうか。

労働者側にも落ち度があるとして過失相殺する裁判例もあります。しかし、安易な過失相殺はすべきではありません。最高裁もそのような姿勢を2度明らかにしています。

電通事件(最高裁判決平成12年3月24日)は、労働者の性格が同種労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を超えてなければ本人の性格などを理由に賠償額を減額するのは違法だと示しています。また、東芝事件(最高裁判決平成26年3月24日)は、労働者本人が在籍当時にメンタルクリニックに通っていることを会社に告げていなかったことなどは過失相殺事由にならないと判断しています。

世の中に労働者の自己責任といった誤った認識がある中で、こうした裁判所の判断は重要です。企業法務は裁判例から逆算し、対応策やリスクマネジメントに繋げていきます。こうした裁判の積み重ねで世の中は変わってきます。

●法律や制度を武器として持って欲しい

ーー長時間労働をしている人に対し、周りができることはありますか。

私たち過労死弁護団が毎年6月に実施している「過労死110番」の電話相談を受けると、配偶者や親からの相談が多く寄せられます。今まさに本人が過労で倒れそうで家族は心配していても、本人は忙しくて家族と話したり、電話相談をしたりする時間もないと言うのです。

話を聞いてみると、これまでの過労死で突然死している残業時間の基準と同じくらいになっているケースがほとんどです。そうした電話を受けた時には「心配ですよね。今連絡いただいて良かったです。私が関わった多くのケースからみて、ご本人の労働実態もいつ亡くなったっておかしくない状況です。ご遺族は過労しで大切な家族を亡くし、『あの時止めていれば』と悔やみながら戦っておられます。命や健康を失う前に、こうやって弁護士から聞いたと説得してみて欲しいです」と伝えます。

過労死が生じてしまった後の補償もハードルは高いのですが、補償が得られたとしても、無くした命や健康は取り戻せません。命や健康が失われる前に、動けるような社会にしたいですね。

ーー働く人はどういったことに気をつけたらいいのでしょうか。

労働者は使用者と力の差があります。弱い立場だからこそ、労働法で守られています。どういった手続きで、救われるのか。学校でも詳しく教えるべきですし、働く人たちは法律や制度を武器として持って欲しい。それが願いです。今の子ども達が成人する時までには、この社会から過労死事件をなくしたい。そう思っています。

(弁護士ドットコムニュース)

過労自殺、解決までに13年…社長は「労基法は分からない」と証言、故人への誹謗中傷も