― 連載「倉山満の言論ストロングスタイル」―

◆日本人のイメージと異なる恐ろしいプーチンの実像とは?

 こいつ、絶対に人を殺したことがある奴の顔だ!

 ロシアの独裁者、ウラジミール・プーチンを最初に見た時の、感想である。

 ところが日本人の中には、「欧米や中国と張り合っている力強い政治家」「柔道や秋田犬が好きだから親日」「プーチンなら北方領土を返してくれる」という、妄想を抱く者までいる。プーチンに限らず、ロシア人が聞いたら笑い転げるか、逆に「日本人は何を考えているのだ?」と警戒するだろう。

 プーチンは、旧ソ連の秘密警察であるKGBの出身である。東ドイツでスパイとして働いていた。スパイの活動には大きく2種類あり、一つは情報の収集と分析、もう一つは自己の意思を他者に強要する工作である。プーチン本人によれば、政治情報の収集をしていたとのことだが、本当のことをペラペラしゃべるスパイなどいるはずがない。

 ソ連がロシアに変わり、ボリス・エリツィン初代大統領の政権が末期症状となるとプーチンは台頭し、首相から大統領に上り詰める。’99年12月31日、プーチンはエリツィンから大統領の地位を禅譲されて以来、一度も権力を手放していない。ちなみに、漢語の「禅譲」には「最高権力者が位を譲ること」という形式的な意味の他に、「最高権力者に位を譲らせること」との意味合いもある。プーチンの場合は、見るからに後者だった。

 プーチンは首相時代から辣腕を振るい、ロシアを悩ませてきたチェチェン紛争を力ずくで叩きのめした。チェチェンは、ロシア連邦内にある共和国だが、その大統領には傀儡を据え続けている。まったく他民族統治に慣れていない日本人の感覚では理解できないだろうが、傀儡を据えるとは「地回りのヤクザに住民を黙らせて、みかじめ料を上納させる」のと同じことなのだ。勇猛果敢で知られるチェチェン人も、プーチンの前には今や搾取されるのみである。

 この紛争で、プーチンに反抗的な軍人は最前線に送られて戦死し、自分に媚び諂った人間だけを出世させているという。

 プーチンは暗殺の常習犯でもある。プーチンを批判する演説をしていた女性が背後から忍び寄った何者かに注射器を刺され、途端に昏倒した映像が世界中を駆け巡ったことがある。

 また’06年10月に、元KGBのアレクサンドル・リトヴィネンコが亡命先のイギリスで毒殺されたこともある。猛毒を盛られて。イギリス政府の報告書によれば、下手人はアンドレー・ルゴヴォイとのことだ。この人物は、生前のリトヴィネンコと最大の親友だった人物だ。裏切り者は一番の親友に殺させる。旧ソ連以来の手口だ。

 プーチンの政敵には、謎の事故死を遂げた政治家も多い。アレクサンダー・レベジもその一人で、ヘリコプターの墜落事故で死去している。

 レベジと言えば、エリツィンと組んでロシアの民主化を真剣に推し進めた政治家だ。この場合の民主化とは、「人を殺してはならない」という価値観を徹底することである。欧米や日本では「民主化」と報道されたが、エリツィンやレベジの真意を汲めば、彼らが渇望したのは「法治主義」だろう。

 安全保障においても、NATOや日本との友好を模索し続けた。理由はもちろん、中国と決別するためである。彼らに「人を殺してはならない」という理屈は通じない。

 日本人でプーチンを褒める人に会うたびに、「では、あなたはレベジをどう思いますか。彼のほうがよほど親日だったと思いますが」と聞くと、一言も返事がない。私が会ったロシア専門家(と呼ぶのもおこがましい半可通)がことごとくレベルが低いだけで、本物の専門家の見解は違うのかもしれないが。

◆プーチンがいる限り、日本はロシアとマトモな交渉ができると思うな

 プーチンを「反中」と称する人もいるが、何を指してのことだろう。中国との国境交渉では、3分の2を譲り渡した。それでいながら、国内では半々で折半したとしか報道させない。

 そもそも、中国とロシアは上海協力機構を結んでいる軍事同盟国だ。親中に決まっている。むしろ、「媚中」と言い切っても過言ではない。国内では強権を振るうプーチンも、中国に逆らったことは一度もない。

 それも当然で、プーチンの野望は旧ソ連の版図を奪回することである。グルジアもウクライナも、軍事侵攻で領土を奪われた。プーチンから見れば、西で欧米と喧嘩している以上、東で中国と事を構えるわけにはいかないのだ。シベリアには中国人が大量入植しているが、見て見ぬふりである。のみならず、プーチンの故郷であるサンクトペテルブルクのような都心部にも、チャイナタウンが跋扈している。

 プーチンはロシアの愛国者なのだろうかというと、それも疑問だ。

 ロシア憲法では、大統領は連続3選できない。そこで自らは首相に退き、最側近のドミトリー・メドベージェフを大統領に据えたことがある。今、メドベージェフは再びプーチンの下で首相を務め、忠勤に励んでいる。そのメドベージェフは、ガスプロムという財閥の会長であった。プーチン自身もガスプロムという特権企業の利益代表である。どれくらいの特権があるかと言うと、法律で重武装を認められているくらいだ。

 かつて、イギリスは東インド会社という国策会社を使い、インド人から搾取した。ガスプロムはロシア人から搾取しているのだ。同胞から。

 ガスプロムの最大顧客は中国なのだから、プーチンが中国に逆らえないのもうなずける。

 昨年、ドイツのゲアハルト・シュレーダー前首相が、ガスプロムの事実上の傘下企業のロスネフチ社の会長に選任された。これ、EUの制裁対象企業なのだが。シュレーダーは現職時にやたらと反日的言動が多かったが、お里が知れる。

……以上、急にプーチンの話をしたというのも、この前、師匠とプーチンの話題になり、その“酔人談議”をそのまま原稿にしているだけなのだが。師匠によれば、ロシア語には「安全」という単語はないそうだ。あるのは「無危険」のみとか。

 先日も米露首脳会談が行われたが、外交には「何も成果がないことが成果」「余計な結果にならなければ良し」という場合もあるのだ。

 我が国は、アメリカと軍事同盟を強めるほかない。プーチンある限り、ロシアと交渉できると思うな。<文/倉山 満>

【倉山 満】
憲政史研究家 ’73年、香川県生まれ。’96年中央大学文学部史学科を卒業後、同大学院博士前期課程を修了。在学中より国士舘大学日本政教研究所非常勤職員として、’15年まで同大学で日本国憲法を教える。’12年、希望日本研究所所長を務める。同年、コンテンツ配信サービス「倉山塾」を開講、翌年には「チャンネルくらら」を開局し、大日本帝国憲法や日本近現代史、政治外交について積極的に言論活動を展開。ベストセラーになった『嘘だらけシリーズ』など著書多数

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