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「男を殺すに刃物は要らぬ。初ゆHの後で一言『早いのね』と、冷たく漏らすだけでいい」
(かつて私の先輩が、これでオトコとして機能できない人間になってしまったことがありました……)

昔も今も性に対する問題はデリケートなものでして、なかなかオープンに語れない雰囲気は濃厚であります。

が、それゆえに対立や確執を生み、結果として悲劇を迎えてしまうカップルが多々いるのもまた事実。

『ブルックリン』(15)『レディ・バード』(17)などで人気沸騰の若き演技派シアーシャ・ローナン主演の『追想』も、実はそんな悲劇を描いた作品です……

《キネマニア共和国~レインボー通りの映画街326》

その舞台は新婚初夜、幸せになるはずのハネムーンが、ほんの少しのボタンの掛け違えで取り返しのつかないことに……。

新婚初夜を迎えた若きカップルの
喜劇のように生々しい悲劇

『追想』はシアーシャ・ローナンの出世作でもある『つぐない』(07)の原作者イアン・マキューアンによる『初夜』を、ドミニク・クック監督のメガホンで映画化したもので、マキューアンは脚本も担当しています。

舞台は1962年のイギリス、ロンドン。

未だ保守的な空気に社会が包まれていた時代、バイオリニストのフローレンス(シアーシャ・ローナン)は歴史学者を目指すエドワード(ビリー・ハウル)と恋に落ち、めでたく結婚にゴールイン。

ふたりは新婚旅行で美しい自然に囲まれたドーセット州チェジル・ビーチへ赴きます。

まだまだ初々しいふたりは、初夜(といっても昼間ですけど)を迎える緊張と興奮で、さらにぎこちなさをエスカレートさせながら、ベッドに横たわっていくのですが……。

この後、何が起きてしまうのかは、直接その目で確かめていただきたいと思いますが、正直、切なくも生々しい緊張感に耐えきれず、思わず笑いが漏れてしまいかねないほどの(というか、笑わないとやってられないほどのリアリティ)やきもき感があります。

悲劇と喜劇は隣り合わせとはよく言ったもので、本当に見ているこちらは一体どうしたらよいのやらといったじれったさ。

しかし、性に対して今よりもさらに封建的だった当時の男女にとって、初めてのSEXにおける意思の疎通がいかに繊細で難しいものであるか。

そして、どんなに気持ちの上では愛し合っていても、一度歯車を狂わされてしまうと、なかなか元に戻らない人生の残酷さは、大人になればなるほど痛感&納得させられるものがあります。

心で愛し合っていても、体が言うことを聞かない。

まるで肉体そのものにも心があるかのようです。

閉ざされた性の体現者としての
シアーシャ・ローナン

シアーシャ・ローナン自身は、いわゆるセックスアピールを強調する女優ではありませんが、『つぐない』ではひそかに慕っていた姉の恋人をレイプ犯と偽りの告発をし、彼の人生を台無しにしてしまうなど、どこかしら性がもたらす残酷さを体現する存在といった一面も携えているように感じられます。

現にその後も、『ラブリー・ボーン』(09)ではレイプ殺人犯に殺されてしまった少女とその家族の再生をファンタジックに描いたものでした。

最近の『ブルックリン』でも、閉塞的なアイルランドを飛び出して1950年代のアメリカNYブルックリンにやってきた移民ヒロインの青春と恋の物語(ドラマ後半は、もしや不倫に? といった一幕も)。

かたや『レディ・バード』は、閉塞的ムード漂うサクラメントの田舎町からの脱出を望む高校生の恋と性の憧れなどを、母親との確執をキーに描いた作品でした。

このように、どこかしら“閉ざされた性”の体現者のようにも映えるシアーシャ・ローナンだからこそ、本作は巧みに成立し得ているのかもしれません。

また、そんな彼女の資質を見込んで、今回は原作者自身が脚本も記しているような、そんな気もしてなりませんでした。

さて、新婚初夜の後でカップルがどういった運命を迎えるか、ネタバレは控えますが、やはり男に比べて女は強いなと痛感させられます。

それは己の性を閉ざしていようがいまいが、シアーシャ・ローナンという女優自身が醸し出す強さでもあるのかなとも感服させられた次第なのでした。

(文:増當竜也)

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