崎陽軒の三代目社長・野並直文氏(右)とシュウマイ研究家のシュウマイ潤氏(左)
崎陽軒の三代目社長・野並直文氏(右)とシュウマイ研究家のシュウマイ潤氏(左)

2018年は、シュウマイ業界にとって"飛躍の年"になっている。

横浜名物「シウマイ」の崎陽軒が創業110周年を迎えたことがその起爆剤だ。そして、『マツコの知らない世界』(TBS)や『タモリ倶楽部』(テレビ朝日)に"主役"として取り上げられるなど、とかく餃子の陰に隠れがちだったシュウマイが、かつてないほど脚光を浴びている。

なぜ、いまシュウマイなのか? そして、その知られざる魅力とは――?

シュウマイ界の二人の"キーマン"、崎陽軒の三代目社長・野並直文(のなみ・なおぶみ)氏と、『マツコの知らない世界』に出演したシュウマイ研究家のシュウマイ潤(じゅん)氏に大いに語り合ってもらった。

* * *

――崎陽軒、創業110周年おめでとうございます!

野並社長(以下、野並) ありがとうございます。

シュウマイ潤(以下、) 横浜の方を中心に、崎陽軒が受け入れられて110年。そして、御社を代表する商品「シウマイ」が生まれて90年。本当にすごいことだと思います。

野並 お客様に頭が上がらないとしか言いようがないです。

 崎陽軒のシウマイといえば、いろんな意味で世の中のシュウマイの基本というか、座標軸になっていると思うんです。

野並 そうなんですか(笑)。

 他のシュウマイ屋さんは御社の「シウマイ」より固くしたり、柔らかめにしてみたり、サイズを大きくしたりと、"崎陽軒基準"で考えて作っているんじゃないかと食べながら感じることがあるんです。業界トップの御社の影響力は大きいと思いますね。

野並 そういう点でシュウマイ業界にお役に立てているのなら光栄です。

 崎陽軒のシウマイがどれほど売れているかは看板商品のひとつ、「シウマイ弁当」の1日の販売数が目安になりますが、確か、2万個ほどでしたか......。

野並 現在は少し増えていて、1日平均で約2万4000個です。

 その数は化け物です(笑)。なぜこれほど崎陽軒の「シウマイ」が受け入れられていると思いますか?

野並 手前味噌ですが、"飽きがこない"こと、"お客様の思い出と共にあること"。このふたつが大きいでしょうか。

 ひとつ目の「飽きがこない」というのは確かに......。駅の売店で「シウマイ弁当」を見たらまた買おうと思っちゃう。そのさじ加減というか、あとを引く感じが絶妙ですよね。

野並 「シウマイ」で使っている食材は、豚肉、干しホタテ貝柱、玉ねぎ、グリンピース、砂糖、塩、胡椒、澱粉(でんぷん)、小麦粉。保存料や化学調味料は一切使っていません。工場見学に来る人には原材料を見て「たったこれだけですか?」と驚かれます。このシンプルさが飽きさせない秘訣です。

 なるほど。では、ふたつ目の"お客様の思い出と共にあること"というのは?

野並 シュウマイに限らず、食とは思い出と共にあるものです。例えば以前、ある金融機関の横浜支店長が弊社に就任の挨拶に来られた時、「崎陽軒のシウマイを食べるたびに亡くなった父親のことを思い出す」と言って頂きました。子どもの頃、お父様が仕事帰りによく買っきてくれた崎陽軒のシウマイが美味しくて、それが今も忘れられないそうです。

 わかります、その感覚。

野並 そういう心理的な影響もあってか、シウマイは世の中が明るい時によく売れるんですよ。

 景気がいい時に売れる?

野並 例えば、運動会の時とか、山下公園で家族と一緒に食べたよとか、自分へのご褒美でシウマイ弁当を買ったとか、気持ちが明るい時によく売れるんです。逆に、世の中が暗くなると売上げは極端に落ちる。

 御社のシウマイは"ハレの日"によく合いますからね。

――ちなみに、野並社長は5月にシュウマイ潤さんが出演された『マツコの知らない世界』をご覧になられましたか?

野並 いえ、私は見ていませんが、社内では話題になりました。全国のシュウマイを食べてらっしゃるんですよね。なぜ、シュウマイの研究を始めようと?

 お恥ずかしながら、私は崎陽軒のホームタウンである神奈川県横浜市の近隣、茅ヶ崎市の出身でして。幼少期は日常的に崎陽軒のシウマイを食べていました。その後、就職後に東京に暮らすようになって、シュウマイが身近でないことに気づき、自分なりにシュウマイを調べ始めたのが第一歩でした。でも本格的に始めたのは、ここ3年ほどです。

野並 これまで何種類ぐらい食べられましたか?

 200種類以上は食べています(18年5月時点)。

野並 すごいですね~!

――では、その中でシュウマイ潤さんにとっての"最高のシュウマイ"をひとつ挙げるとすれば?

潤 私はシュウマイを研究する上でひとつのルールを決めていて、最高とか、一番のシュウマイをあえて決めないことにしています。ただ、あまりにこうした質問が多かったので、昨年に食べた中での最高のシュウマイは、大阪・なんばの一芳亭さんのシュウマイにさせていただきました。野並さんは自社の商品以外で印象に残るシュウマイはあったりするんですか?

野並 実は意外とシュウマイ屋は、他社のシュウマイを食べないんですよ。

 意外です。野並社長はてっきり様々なシュウマイを研究分析されていると思っていました。

野並 でも先日、味の素さんの「ザ★シュウマイ」が結構売れていると聞いて食べてみました。

 私も「マツコの知らない世界」で紹介させていただきました。16年12月に全国発売された冷凍シュウマイ。CMに俳優の小栗 旬さんが起用されるなど、これも昨今のシュウマイの"メジャー化"を象徴する商品といえます。お味の方はどうでしたか?

野並 素材感があるなぁと。

 確かに、食感がしっかりと残る。最近のシュウマイのトレンドといえば、この「ザ★シュウマイ」のような素材感が強いものですよね。だからこそ、崎陽軒のシウマイの立ち位置が明確になっているように感じます。

野並 それは他社のものがゴロっとしていて、うちはそうでないということ?

 崎陽軒の「シウマイ」は、具材の一体感が強いように感じます。

野並 ただ、シュウマイは混ぜ物だけど、練り物ではないんですよ。あまり混ざりすぎると「練り感」が出てきちゃう。その手前で止めなければいけない。

 崎陽軒のシウマイならではのバランスがあるんですか?

野並 そう。できるだけ練られないようにというのはありますね。

 なるほど。シュウマイの連載をさせていただく機会が増えたのですが、多くのシュウマイ屋さんが、その練り具合にこだわっているのが印象的です。そのなかでも崎陽軒の「シウマイ」は練り物にならないギリギリの線で、ぎっちりとした肉の塊としての食感と旨みが絶妙なバランスで保たれているように感じます。また、一緒に練り込むグリンピースの食感もきちんと想定されている気がしますね。

とはいえ、練りすぎないこだわりが、一般家庭のシュウマイと商品としてのシュウマイで求められる、いつも同じ美味しさを出すポイントなのかなぁと。

 御社の創業は1908年ですが、「シウマイ」を初めて発売されたのは1928年。20年の期間があったのは何か意味があるんですか?

野並 実は、その20年にすごく大きな意味があるんですよ。

 と、いいますと?

野並 創業から20年間はシウマイ屋ではなく横浜駅で駅弁屋を営業していましたが、駅弁はあまり売れなかった。東京駅―横浜駅間はすぐの距離だから、東京に向かう乗客はあと少しで着くし、東京から来た乗客はまだ列車に乗ったばかり。わざわざ横浜駅で駅弁を買おうなんて誰も思わないわけです。そこでヒントにしたのが小田原のかまぼこや、静岡のわさび漬け。要は、横浜にも名物を作ろうと考えたわけです。

 野並社長の祖父、茂吉さんが社長の頃ですね。その後、どうされたのですか?

野並 何か名産品になりそうものはないかと、南京町(現在の横浜中華街)へ探しに行ったら中華料理屋が数軒あって、そこでシュウマイと出合った。当時は突き出しとして出されていたんですよ。これを折り詰めにして売れないか?となったけど、シュウマイというのは冷めると味が落ちるわけです。

 シュウマイは冷めても美味しいのが常識だと思っていました! でも確かに、駅弁屋だから冷めても美味しいシュウマイを作らなければならない......。

野並 ということで、南京町から中国人の点心職人を招いて、冷めても美味しいシュウマイの開発に着手してもらったんです。約1年後に完成したのが、干しホタテ貝柱と豚肉をミンチにした「シウマイ」。そのレシピは現在も変わっていませんが、ふたつの素材がひとつになって、お互いを引き立て合うから冷めても美味しいんです。

 冷めてもウマい!は今や崎陽軒の代名詞です。その中でも貝柱がポイントになっていることは"崎陽軒マニア"の間でも知られる話ですね。

野並 私はよく結婚式のスピーチで「崎陽軒のシウマイのような夫婦になってください」と話すんです。夫婦も出来立ての時は熱々だけど、10年、20年経つと冷めてくる(笑)。でも、その冷めた時こそ味わいのある夫婦になってくださいと。

 ウマい! 今度、飲み屋のネタで使わせていただきます(笑)。近年、御社では季節限定品を含めて「桜えびシウマイ」や「あさりシウマイ」、「金目鯛シウマイ」、冷やしてわさび醤油で食べる「いかシウマイ」といった新感覚のシュウマイを発売されています。こうした傾向は野並社長が就任されてからだと思いますが......?

野並 そうですね。それこそ昔は崎陽軒も職人の世界でしたから、いい仕事はするけれど、頭は固いし融通が利かない。これでは通用しないと思い、私が継いでから大卒を採用するようにしたんです。すると、柔らか頭の女性が入ってくるようになり、彼女たちの"ノリの良さ"からいろんなアイデアが出てくるようになった。そして、女性社員から「これを作ってほしい!」と言われると、職人たちはまんざらでもない(笑)。

崎陽軒の歴史の中で大きな存在となったシウマイ娘
崎陽軒の歴史の中で大きな存在となったシウマイ娘

 崎陽軒にとっての女性の存在といえば、「シウマイ娘」も欠かせませんね。

野並 崎陽軒の歴史を振り返ると、「シウマイ娘」の存在は大きかった。彼女たちを販売員として登場させたことで、小説に登場し、それが映画になり、全国ヒットして「シウマイ」が名物になった。女性の力を活用するという意味では、祖父の頃からやっていることを変わらずやっているとも言えます。

 今も昔も崎陽軒躍進の陰に"女子力あり"というわけですか。

野並 ただ苦い思い出もあって。高校時代、弊社の工場でアルバイトをしていたとき、当時は今と違って女性スタッフが手でシウマイを握っていたのですが、私はその女性たちに囲まれて......。

 それは楽しそうなご職場です。

野並 いや、私が苦労して握ったシウマイを奪い取られ、「出来が悪い」と周囲の女性スタッフが握り直すの。もう嫌になっちゃったよね(苦笑)。

 確かに苦い思い出ですね(笑)。でも、当時も今も変わらないのでしょうが、御社の社員さんはいい意味で自然体で、何より「シウマイ」を純粋に愛して仕事をしてらっしゃる印象を受けます。やはり、もともとシュウマイが好きで入社される方が多いのですか?

野並 それはどうでしょう......。

崎陽軒の初代社長・野並茂吉氏とシウマイ娘
崎陽軒の初代社長・野並茂吉氏とシウマイ娘

広報 私は入社2年目ですが、崎陽軒の「シウマイ」が好きすぎて大学ではIT業界を志望していましたが、「シウマイ」の魅力には勝てず、この会社を志望しました。同じように「シウマイ」愛を持っている社員は多いですよ。

 すばらしいですね。

野並 ただ、お客様や社外の方と接する機会が多い社員は自分たちの仕事が注目されていると実感できるからいいけど、工場の人間は自分の仕事がどう評価されているのかがわかりにくい。それを得るために始めたのが、工場見学です。

 なるほど。それが今や3ヶ月先まで見学予約が埋まるほどの人気ぶりです。

野並 工場見学を始める時、最初はみんな反対したんですよ。「俺たちは見世物じゃねぇ!」「仕事の邪魔になる!」とね(笑)。でも、やってみると予想以上に反響が大きかった。人間というのは、自分の仕事に関心を持ってもらうことで喜びを感じ、いい仕事をしようと思う。その環境を用意することは経営者にとっては大事なことだと思っています。

――シュウマイは餃子や中華まんほどメジャーではありません。提供するお店が少ないからか食べる機会も少なく、どちらかといえば日陰の存在という印象も......。

シュウマイはもっと表舞台に出てもいいのでは?なんて思うのですが、その点についてはいかがでしょうか?

 答えになっていないかもしれないですが、今、シュウマイは次のステージに来ていると思います。崎陽軒さんの"ノリの良さ"の部分が、世の中的にもわかってきたんじゃないかなと。私の周りでシュウマイという単語を発すると、みんな楽しそうに反応する。「餃子の方が好き」とか言いながらも、決して否定的ではないんですよね。

その点でいえば、御社が東京駅にオープンされた『シウマイBAR』は面白い試みだと思います。この流れでもっと手に取るきっかけが増えれば、シュウマイは餃子に負けないぐらいの存在になると思うんです。

――手に取る機会を増やすという意味では、たとえば、崎陽軒さんはシウマイやシウマイ弁当をコンビニで全国展開するような方針はないのでしょうか?

 コンビニのレジ横にある、中華まん用の蒸し器の一部でシウマイを売ったら、人気が出るかもしれない。

野並 実は、コンビニ各社から『シウマイ弁当』を展開してくれないかという話はずいぶん前から頂いています。社内でもかつて、「コンビニでやろう」と提案した社員がいました。でも、ウチはあくまで駅弁屋。同じ弁当でも、コンビニ弁当と駅弁は別物です。それに、『真に優れた"ローカルブランド"を目指す』というのがウチの経営理念。ナショナルブランドを目指すつもりはありませんので、コンビニへの展開もやりません。

ただ、弊社の主力商品『昔ながらのシウマイ』を核として、さらにいろんなバリエーションを増やしていきたいとは思っています。その先には、ひょっとすると餃子なのかシュウマイなのか区別がつかないシウマイができたりして。

 シュウマイと餃子が融合!? 起源は同じという説もありますが......。

野並 おいしさを皮で包む、兄弟的立場にあるとも言える"皮の文化"ですよね。だからいろんなバリエーションを作っていけば、シウマイも餃子的なものになる可能性もあるかと。

 確かに餃子をも取り込んでしまいそうな包容力の大きさはシュウマイならでは。そのシュウマイの奥深い魅力をもっと世の中に広めるためには、シュウマイ屋同士が戦うのではなく、共存共栄しながら発展できる連合的な組織のようなものが必要なんじゃないかと思っているんです。そうすればシュウマイ祭りやシュウマイグランプリといったイベントもできる。でも、シュウマイ業界には業界団体すら存在していないのが現状で......。

野並 餃子業界はそういうことをやっていますよね。

 シュウマイも、それこそ崎陽軒的な"ノリのよさ"でやればいいんじゃないかと。私は割と本気で作ろうと思っています!

野並 本当にできたら面白いですね。実現したら、もちろん応援させて頂きますよ。

●野並直文(のなみ・なおぶみ)
1949年神奈川県生まれ。崎陽軒の3代目社長。学生時代から崎陽軒でアルバイトを経験。慶応義塾大学卒業後、他企業で就職を経て、1972年に入社。1979年取締役、1991年に取締役社長に就任

●シュウマイ潤(しゅうまい・じゅん)
本名、種藤 潤(たねふじ・じゅん)。1977年神奈川県生まれ。大学卒業から独立し、現在はフリーランスとして取材執筆を行う。2015年頃からシュウマイ研究を開始し、インスタグラム「焼売生活」を中心に情報を発信。2018年5月にTBS「マツコの知らない世界」でシュウマイの知らない世界を紹介している

★【画像】で振り返る「ひょうちゃん」の歴史

取材・文/シュウマイ潤 インタビュー撮影/利根川幸秀 写真提供/崎陽軒

崎陽軒の三代目社長・野並直文氏(右)とシュウマイ研究家のシュウマイ潤氏(左)