バリバリの現役世代にもやがて訪れる50歳の壁。キャリア、家庭、経済面で難題が押し寄せてくるのはもちろん。そうでなくてもどこか満たされない状態が続く、鬱屈とした時期をイメージするのでは?

 そこで、あの“中年の危機”という言葉が浮かぶだろう。もう二度と幸せを感じられなくなってしまったら、一体どうすればいいのか……。

 しかし、それが生物として避けて通れない成長の過程だとしたら、少しは気分もラクになるかもしれない。

◆幸福度は「U字カーブ」を描くという研究結果

 いまアメリカで話題の『The Happiness Curve Why Life Gets Better After Midlife』(ジョナサン・ローチ著)。人生への満足度が加齢とともにU字曲線を描くと論じている一冊だ。夢と希望に満ち溢れた20代に始まり、現実を知る30代から下降線を辿り始める。そして40代から50代にかけて、一度どん底を迎え、その後、上昇していく。

 この幸福度のU字カーブは、いくつかの研究チームが提唱している。たとえば、米国ブルッキングズ研究所のキャロル・グラハム教授は世界160国以上の世論調査(ギャロップ社による)をもとに幸福度を分析し、そこから社会的な要因――性別、収入、未既婚など――を取り去って「年齢と幸福度の関係」だけを抽出した。すると、40代~50代前半でドン底になり、その後上昇するU字カーブになると分析した(2010-2012年)。

 統計によると、これは世界各国共通の現象だという。<不満を抱いているという状態そのものに不満を覚える>(p.2 以下筆者訳)、そんな感覚らしい。

◆「俺の人生はダメだ」中年の誰もが不満を持つ

 本書の著者であるジョナサン・ローチ(作家、ジャーナリスト)もその一人。45歳のときにはすでに本を出版し、賞も受賞した。講演活動やメディアへの出演も活発にこなして、健康で経済的に何の心配もなく、同性のパートナーとの関係も至って順調。

 なのに、全く満たされることがなかったのだと振り返る。

俺は人生をムダにしている… この数年というもの、何一つ価値のある仕事をしていないじゃないか… どこか違う場所へ移りたい、とにかく何か他のことをしてみたい… ところで、あの日曜のトークショーはどうして俺に出演のオファーをしないんだ? っていうか、本当なら俺は何かデカいプロジェクトを動かしていなきゃならないんじゃないか?>(p.15)

 不思議なことに、「日曜のトークショー」への出演や「デカいプロジェクト」を立ち上げることなど、ローチは人生においてただの一度も望んでこなかった。にもかかわらず、ありもしない夢や野望を捏造してまで自分の現状を過小評価していたのである。

 ここで、10代や20代のときに思い描いた人生の目標を浮かべてみてほしい。個人差はあるだろうが、自らの意志と計画によって何かを勝ち取ることこそが幸せだと信じていたのではないだろうか。たとえば、高水準の教育を修了し、よい収入と名声を得て、素敵な家族ととも歩み続ける輝かしい未来。

 とはいえ、これらのごほうびが中年期においても同じような価値を持つとは限らない。かつてのみずみずしい感性が追い求めた野心を、現実にもまれた認識が否定するのである。

 それでも、身体の方はまだ元気でいる。ローチの理不尽な苛立ちは、そんなミスマッチから生じてしまったのだ。

◆チンパンジーにも“中年の危機”がある

 だが、これこそが“生物として避けて通れない成長の過程”そのものだという。エジンバラ大学のアレキサンダー・ワイス教授によると、チンパンジーにも同様の傾向が見られるからだ。ヒトと同じように、歳を重ねるごとにより内向的になり、争いを避け、感情を抑制し、自らの振る舞いに気をつけるようになるのだという。

 ヒトもチンパンジーもこうした変化を受け入れるための準備期間のために、中年期の理由のないイライラを必要としているわけだ。

 こうして心も身体もシフトチェンジしたときに、にぎやかな幸福から静かな充実へと求めるものが変わるのである。そのとき、人生への満足度は再び上昇へのカーブを描き始める。
 では生涯を通じての充実とはどんなものなのだろうか? それは勝ち取るものでも達成するものでもない。いまある人生に「感謝する」(gratitude)態度によって満たされるのだ。

◆ジタバタしなくても時間がたてば楽になる?

 実際、50歳を迎えたローチからは、「日曜のトークショー」や「デカいプロジェクト」を求める気持ちが次第になくなっていったという。

 <何かが突然変わったというわけではない。でも、ある時期を境に、自分のことを批評する自分が消えていくのに気づいたんだ。(中略)毎年少しずつの進歩ではあるけど、できなかったこと、やれそうもないことで責めるよりも、その日すべきことをする自分にもっと満足するようになった感じがしている。>(p.218)

 結局のところ、人生という長旅の最終目的は、すべての荷物をおろしたときの安堵感に集約される。立派な成果を上げて他人から認められても、長続きしない満足感が焦りを生む。その最初の気づきが40代から50代にかけてのどん底にやってくるという話なのだ。

 本書ではそれを「知恵」と呼んでいる。日々起きることを、あるがまま受け入れる精神状態のことだ。言うまでもなく、緻密な資産運用や賢いキャリアアップなどのハウツーを勉強しても絶対に得られない。

 ただ、時間だけが解決してくれる。つまり、腹をくくって年を取るしかないのである。 <文/石黒隆之>