第100回を迎えた夏の甲子園、球児たちの陰でひときわ注目を浴びている人たちがいる。その名も、「阪神園芸」。甲子園での試合を支える、最強グラウンドキーパー集団だ。

 彼らのグラウンド整備の美しさに酔いしれる野球ファンが続出。「阪神園芸」は、一躍甲子園のトレンドワードとなっている。その人気にかこつけて、『阪神園芸 甲子園の神整備』という本まで出てしまったくらいだ。

 人々を惹きつける彼らの魅力とは何か。それはこの本の中にすべて詰まっているが、今回は高校野球に寄せた特別番外編として、著者の阪神園芸チーフグラウンドキーパー、金沢健児氏に職人技の神髄についてのインタビューを行った。

「もはや芸術の域」

「今年は、夏の甲子園100回の中で、一番きれいなグラウンドになったと自負してますよ。まあ、100回分の画像を全部見て比較、というのはできないんですけどね」

 すごいことを淡々と語る金沢氏。阪神園芸のグラウンドキーパーを束ねるリーダーである。

 甲子園といえば、いつ見ても青々とした天然芝、白いラインが映える内野の美しい黒土。天候や気温によってくるくると変わるグラウンドのクオリティーを保つべく、毎日たゆまず手入れをしているのが、阪神園芸のグラウンドキーパーたちである。芝はきっかり15ミリに刈り揃えられ、土をならす整備カーはマウンドを中心に見事な円を描き、一糸乱れぬ散水はグラウンドに虹をかける。あまりの手際の良さに、「もはや芸術の域」と感嘆する観客もいるくらいだ。すべての技を習得して一人前になるには、10年はかかると言われる、匠の世界である。

 ただ、阪神園芸の本当のすごさは、雨の日にこそ発揮される。そもそも、彼らが「神整備」という異名を取ったのは、昨年のセ・リーグクライマックスシリーズファーストステージ。2日間も雨に打たれ続け、泥沼のようになった甲子園のグラウンドを、ものの4時間半で回復してみせたときだった。グラウンド各所の特性を知り尽くし、雨上がりの整備ノウハウを蓄積していた彼らだからこそ成し遂げられた偉業である。それ以降、ほかの屋外球場でも雨が降ったときには、「阪神園芸を連れてきて」というメッセージがSNSを飛び交うようになった。

7月26日、阪神対広島戦での「ファインプレー」

 実は、今回の高校野球開幕直前にも、彼らのファインプレーがあった。7月26日、甲子園で行われた阪神対広島戦。試合開始18時のわずか2分前に降り始めた豪雨で、グラウンドは瞬く間に水が浮く状態に。しかし、18時20分ごろに小ぶりになると、驚異的なスピードで水が引いていった。グラウンドキーパーたちが登場したのは18時35分ごろ。効率よく水たまりに吸水パッドを並べ、砂をまき、19時過ぎには元通りのグラウンドを用意してみせた。

 なぜそんなことができたのか。金沢氏は、「土の掘り起こしが効果的に働いた」と語る。

「甲子園の土は、黒土と砂が混ざったもの。毎日数センチずつグラウンドを掘り起こしてるんですけど、使っているうちに黒土はどうしても下に潜って水を通さない層を作ってしまう。だから、夏の高校野球前にもう少し深く掘り起こして、グラウンドの水はけと水持ちを回復させておくんです。26日は、たまたまそれが効きましたね」

 高校野球期間中、突然雨が降ってきても耐えられるようなグラウンドに。そんな思いを込めて周到に準備をしていたのだ。しかも金沢氏は、突然襲った豪雨にも拘らず、「むしろあの雨はグラウンド的には良かったんですよ」とさらっと続ける。

「ずっと雨が降ってなかったでしょ。土の水分量が減ってきてたんで、グラウンドもそろそろ雨が欲しいところだったんですよ。弾力を維持するためにもね。まあ、あのタイミングであれだけの量じゃなくても良かったですけどね」

西日本豪雨に、どう対応したか?

 雨をも味方につけるかのような金沢氏の話しぶりからは余裕すら感じられるが、実は7月上旬、甲子園のグラウンドは大きな危機を迎えていた。西日本豪雨である。各地を混乱に陥れたそれは、甲子園球場をも襲い、2日連続で大雨洪水警報が発令される事態に。金沢氏は、「あれだけの大雨が連続して降るのは、経験したことがなかった」と語る。

「それでも、土の方は大丈夫だったんですよ。ピッチャーマウンドを中心にグラウンドの傾斜をしっかり保ってるおかげで、大雨なら、周りの人工芝のゾーンに流れていってくれますし。ただ、芝はすごく悪くなった。もともと傾斜も緩いし、排水が追いつかなかったときに水に浸かる面積が広いんです。雨が止んだあとに見ると、フェンスの50センチの高さに芝が付いてたところもあったくらい」

 しかも、甲子園の芝生は夏芝と冬芝の二毛作。西日本豪雨が襲ったのは、その二種類の芝がせめぎ合いをし、一年で一番ダメージを受けやすい時期だった。

「芝は、水に浸かって根腐れ起こしかけているところもありましたね。変色して、かなり見栄えも悪くなって。とにかくものすごい臭さ」

夏芝が例年以上に元気になっていった

 1ヶ月前にこんな状態で、高校野球に間に合うのだろうか。不安になってしまいそうだが、金沢氏は続ける。

「とにかく、芝の全体にポツポツと穴を空けてから下地を乾かして、肥料を入れるという手当をしていきました。運良く、豪雨のあと、気温が急上昇したんです。うまい具合にさっと乾いて、夏芝が例年以上に元気になっていったんですよね」

 こうして、第100回の記念大会には、史上最高のグラウンドが用意できたというわけである。結果オーライとは言うものの、天気次第では結果が変わっていたかもしれない。まさに綱渡りだ。

「もちろん、多少心配はありましたよ。気温が上がるという予報はあっても、自然相手だと何の保証もないんでね。大丈夫かな、いや、大丈夫、大丈夫と自分に言い聞かせながら。まあでも、最終的には、自分たちができることはやったしということで、どんと構えていましたけどね」

 グラウンドがどんな状態であっても、阪神園芸ならなんとかしてくれる。確かな経験に裏付けされた職人技は、甲子園での試合を楽しみにする多くの野球ファンにとって、希望であり、誇りである。

嵐のメンバーはグラウンドを気遣ってくれた

 そんな阪神園芸のグラウンドキーパーたちにとって、この夏の甲子園開幕2日前に、嬉しい出来事があった。8月3日のミュージックステーション、嵐の甲子園生中継パフォーマンスでのことだ。

「甲子園のグラウンドでのパフォーマンスについては、今年の初めにはすでに、テレビ局から相談を受けてて。どうしてもやりたいんですけど、どういう方法であればやれますかねという内容でした」

 グラウンドでの嵐のパフォーマンス。実は、内野ではなく、ファウルグラウンド内で行われた。

「嵐のメンバーたちが、ダイヤモンドの中に入るのはやっぱり球児たちに失礼だと言ってたみたいで。球児たちのことを考えてくれてる、グラウンドを気遣ってくれてる、それがすごく心にしみましたね」

 選手たちのプレーする地面を傷つけないよう、日ごろから足を引きずらないことを徹底しているグラウンドキーパーたち。そんな彼らにしてみれば、自分たちと同じようにグラウンドに気を配ってくれる存在は、尊く映ったはずだ。

史上最高のグラウンドが用意できている

 最後に、金沢氏に、グラウンドキーパーとして第100回記念大会に出場する球児たちに伝えたいことを聞いてみた。

「僕としては、本当は、100回であろうが99回であろうが関係ないんです。どの年の大会も、球児たちにとっては1回きり。記念大会だから、なんとか今年だけはしっかりと、なんていう仕事のしかたはしていないので。ただ、天気のおかげもあって、今史上最高のグラウンドが用意できていると思います。その上で思いっきりプレーしてくれれば嬉しいですね」

 球児たちの足元に目を向け、グラウンドに施された職人技に思いを馳せてみる。今まで想像もしていなかったところに新たな野球の面白さが見えてくるかもしれない、そんな夏の甲子園第100回大会である。

(「文春オンライン」編集部)

神整備された甲子園球場