インターハイは日中の連戦、根強く残る旧態依然とした体質

 4年後のカタール・ワールドカップは、世界各国から酷暑を危惧する声が集まり、冬季開催に変更された。しかし今年の日本の夏も地域によっては40度を超えているから、ほとんど気温は中東と変わらない。日本サッカー協会(JFA)は夏の試合のガイドラインを記しているが、Jリーグはナイトマッチに限られているのに、インターハイに参加した高校生たちは日中の連戦をこなした。

 高校総体におけるサッカーの立場は、五輪と似ている。大半の競技の選手たちにとってインターハイは、高校生活で最高の舞台になる。だがサッカーに五輪を上回るワールドカップという大舞台があるように、日本の高校生も年末年始の選手権を集大成と考える。一方で最近はプレミアリーグも行われているので、高校生が日本一に挑戦する機会が年に3度もある。

 ところがインターハイも選手権も依然としてノックアウト方式で行われており、せっかく大変な準備をして開催地に向かうのに、過半数が1試合のみで帰ることになる。もともと育成年代で年に3度の全国大会開催が国際的にも異例なのに、大会方式が非効率で経験値の蓄積が栄養になる年代の特性に即していない。

 そして非効率で過密なスケジュールは、高校生からオフを奪い取っている。そこが国際基準に照らした「異例」の発端になっている。

 欧州では夏はバカンスと相場が決まっている。この間は、プロもユースも少年もサッカーのトレーニングをしない。学校スポーツが中心になっているアメリカなどでも、オフの確保は明確に義務づけられている。ところが多くの日本の高校では、伝統的に夏は鍛える時期と捉えられてきた。もちろん最近では十分な良識をわきまえた優秀な指導者も育っているので、だいぶ学校ごとの色合いに落差は生まれているが、それでも「スパイクもボールも持たずに」夏の合宿に出かけてフィジカルを追い込む旧態依然とした体質は根強く居座る。


旧来の“量依存型”の発想から脱却を…

 まだ身体ができ上がっていない育成年代ほど心身の無理を強いるのは日本スポーツ界の通弊で、かつてはプロ野球でも新入団してきた選手たちから「高校時代に比べて随分と練習が楽になった」という声が漏れていた。日本スポーツ振興会の調査では、1975年以降に部活中に熱中症で亡くなった選手たちの4分の1が野球だというが、盲目的に「練習量が結果に直結する」という考え方は、皮肉にも本来速筋の強化が必要な野球を軸としていた。

 野球の世界でも、本場アメリカの指導者たちは、高校生が延々とランニングを行う日本の指導に首を傾げているそうだが、さらに広い世界と競うサッカーは早急に旧来の“量依存型”の発想から脱却する必要がある。無茶を克服した選手ばかりが生き残るのではなく、育成年代こそ合理的で無理のないトレーニングを重ね、専門競技に限らず人間的にも幅を広げることも視野に入れるべき時期が来ている。

 欧州では、夏は一切の活動を休むことで、オンオフのメリハリをつけている。日本でもプロの選手たちは、基本的にリーグと天皇杯を終えればオフに入る。大人にオフがあるのに、学生にオフがない。それは物凄く不合理で奇異なことである。


(加部 究 / Kiwamu Kabe)

不合理で奇異な高校サッカーの現状とは?【写真:Football ZONE web】