人口2700人、高齢化率約45%、村民の平均年収150万円弱。そして、村の診療所に医師がまるで定着しない村。それが秋田県上小阿仁村(かみこあにむら)だ。4年で4人もの医師が着任し辞めていったのは、「村の閉鎖性」「よそ者への陰湿ないじめ」が原因ではないかとの臆測が飛び交い、ネットユーザーは“現代の八つ墓村”を見つけたとばかりに大騒ぎしている。だが、そんなトンデモない場所が本当に現代日本に実在するのか? 現地に行って確認してみた!

■「閉鎖社会」「魔窟」「悪の村」―。

秋田県の上小阿仁という人口2700人ほどの小さな村が、今、ネットで激しい糾弾にさらされている。この村が知られるようになったのはちょうど4年前のこと。村にある唯一の医療機関である診療所に、初の公募でやって来たC医師が、着任からたった半年で辞任したことがきっかけだった。

その際、この医師は村の広報誌で村執行部や村民を痛烈に批判。さらに後任のD医師も就任から1年後に「精神的に疲れた」と辞意を表明。これを受けて村の広報誌に小林宏晨(ひろあき)村長(当時)が「一部村民によるいじめが辞任の原因」と暴露したことで、上小阿仁村は、ネット上で不名誉にも「医師殺しの村」として定着してしまった。

その後も、2011年6月に診療所にはE医師が着任したが、やはり昨年5月に辞意を表明。そして昨年10月に診療所に来たF医師は、今度は1ヵ月で診療所を去った。

「やはり医師いじめの村だ」

今やネットユーザーの興奮は最高潮に達している。

しかし、医師がいなくなれば上小阿仁村は無医村になる。本当に村民が医師をいじめているのなら、なぜ彼らは自分の首を絞めるようなマネをするのだろうか? 真相を確かめるべく、記者は上小阿仁村へと飛んだ。

秋田市市街地から車で約1時間、県中央部に位置する上小阿仁村。かつては天然秋田杉の産地として栄えていたこの村も林業の衰退とともに過疎化が加速し、65歳以上の人口の割合を示す高齢化率は44・5%で県内一。村民の平均年収約143万円は県下ワースト2位と、村の「懐事情」も芳しいものではない。


■「マッドサイエンティスト」が抱えていたトラブル

そんな村の中心部にある上小阿仁村役場で、加賀谷敏明副村長にF医師辞任の経緯を聞いた。

「辞任理由は健康問題です。F先生が辞意を伝えてきたのは11月6日。当初は後任が見つかるまで村に残るとのことでしたが、14日に秋田市内の病院で診察を受け、手術が必要な病気を患っているとのこと、またこれ以上の診療は不可能とご本人の申告もあり、誠に残念ながら19日に正式に辞意を受け入れた次第です」

実際に診察を受けた村民らの話では、F医師は村に来た当初から歩行が困難な様子だったという。辞意を表明する直前、隣町の寿司店をF医師は訪れているが、店の店主も「確かに伝い歩きをするほど、歩くのがつらそうでした」と漏らす。

その一方で、F医師は就任直後からあるトラブルを訴えていた。

就任6日目の10月18日早朝、診療所裏の自宅(歴代医師が寝泊まりしている住居)の外で物音がするためF医師が窓の外を確認したところ、何者かが窓のすぐそばの柱によじ登って家の中をのぞこうとしていたというのだ。

さらに10月30日には自宅車庫のシャッターを一部破損させられるなどの被害を報告、村側が地元警察に被害届を提出している。

捜査をした北秋田警察署は「故意に何者かが壊したような形跡はなく、事件性はない」としている。

だが、F医師と交流のあった村民は「トラブル以降、F先生は夜も眠れなくなったと漏らしていた。でも村側は“狂言”と取り合わなかった」と証言する。この村民の話が事実なら、辞任理由は健康問題のみではない可能性もある。

しかし詳しく事情を知る村関係者や北秋田署の話を聞いた上で、実際に現場を見たが、F医師の訴えは矛盾点が多すぎる。はっきり言って彼の訴えは「人をおちょくってる」レベルの与太話の印象なのだ。どうして彼は村の人を困らせるような話をしたのか……。

実は、F医師は元通産官僚で人間行動科学の研究者の顔も持っている異色の医師だ。過去の彼の著作には、「公然と人を侮辱するとその相手はどう反応するか」といった内容のものもあるため、ネット住民からは「元官僚のマッドサイエンティストvsムラ社会の陰湿な住人」「陰湿な村民も音を上げるのではないか」と、注目を集めていたのである。


ある村民はこう漏らす。

「確かにF先生は変な人でした。楽しく話していたのに突然不機嫌になったり、同じ話を何度も繰り返したり。先生が村民の行動を研究するために演技をしていた可能性? いや、さすがにそれはないでしょう(苦笑)」

真相はわからないが、総じて村側とF医師はうまくいってなかったのは間違いない。健康問題がなかったとしても、彼は村には長くはいられなかったのではないか。

■医師が辞めていく本当の理由

F医師のスピード辞任により、公募開始以降、4年で4人もの医師が診療所を去ってしまった。ナゼこの村から医師が逃げていくのか。ネットでいわれている村民による“医師いじめ”は本当に存在するのだろうか。

「一部でこの村が誹謗(ひぼう)中傷されているのは知っております」

本誌の取材にそう語る村役場総務課長の萩野謙一氏はこう続ける。

「まず、過去の診療所の医師についてお話しします。以前はずっと同じ先生がこの村の診療所にいたんです。20年以上の在任期間を経て、約10年前に65歳で定年退職。あの頃までは、今のようにコロコロと医師が代わっていなかったんですよ」

その後、B医師からF医師まで5人の医師が交代している。村幹部らの話によると、「歴代の先生が辞めた理由はそれぞれ違う」という。そこで、本誌は複数の村民や関係者の証言を基に、各医師の辞任理由を探ってみた。

まず07年6月末に依願退職したB医師の場合。辞任の直接の原因は「当時の村長とのあつれき」だと推察される。

「07年4月、三つ巴(どもえ)の激しい選挙戦の末、小林宏晨村長が就任。彼は徹底的に村の財政立て直しに着手し無駄を省いてきました。しかし、B医師は就任早々の小林村長に、ある高額な医療器具を購入してほしいとお願いした。ところが小林村長は、それを拒否。その対応に怒ったB医師が直後に、村に辞表を提出したというわけ」(小林前村長に近い村民)

この村民によると、B医師が購入を求めた医療器具はCTスキャンだという。地域医療に従事するある医師は「一般論だが、小さな村の診療所にCTスキャンは必要ないもの」と指摘する。


村の元幹部もこう証言する。

「これがきっかけでB先生は辞めてしまった。『高額な医療費を購入したらメーカーからキックバックがあるから、B先生はそれを狙ってたんだ』などといわれてました」

B医師が辞職し、これ以降、上小阿仁村は公募で医師を募集するようになる。待遇は年収2000万円で、診療所のすぐ裏手にはB医師を呼んだときに建てられた車庫付き一戸建て住宅も。賃料も月額5000円と、かなりの高待遇だ。

こちらに応募してきたのがC医師。栃木県で20年間、地域医療に従事した後、インターネットで同村が医師を公募していることを知り、「この村が、医師として最後の勤務地。人への愛情、興味が尽きない限り、診療を続けたい」と志高く診療所にやって来るも、わずか半年で辞任している。冒頭で書いたとおり、彼は辞める直前、村の広報紙(08年9月号)で村側をこう批判している。「この村の執行部の人々の、医者に対する見方、接し方、処遇の仕方の中に医者の頑張る意欲を無くさせるものがあった。(中略)『次の医者』を見つけることは相当に困難でしょうし、かりに見つかってもその人も同じような挫折をすることになりかねないものがあります」

C医師は村の対応にかなり不満を感じていたようだ。もしかして彼には陰湿ないじめがあったのだろうか?

「一方的ないじめはないけど、村民と仲良くはなかった。とにかくC先生はお薬を出さない方針でね。前任のB先生が薬を出しまくっていたから、C先生のやり方は村民、特に一部老人たちには大不評だった。この村では薬さえもらえれば安心する老人も多い。もっと言うと、薬をたくさん出してくれる先生はいい先生だと思っている人もいる(苦笑)。でもC先生は、薬は必要最低限でいいの一点張り。そこの部分でよ~く村の老人とトラブルを起こしてたっけ。

それに、小林前村長から『村民は貧しいので安価なジェネリック医薬品を処方して』と口出しされたこともあって、それにも不満があったみたい。薬を決めるのはオレなんだから素人が口出しするなと。ちなみにC先生は辞める際、『今後は仏道を志す』というような話をされていましたよ」

続くD医師辞任の理由は、すでに述べたとおり一部の村民によるいじめだといわれている。事情を知る村民はいじめの事実を認めた上でこう続ける。

「D先生は本当に献身的に村のために頑張ってくれた方なんですよ。辞意表明をされたとき、村民から600以上の署名が集まり慰留されたほど。いじめをしていたのは5、6人らしいですが、先生は犯人が誰かを明かさなかったので、みんな真相を知らない。あといたずら電話も頻繁にあったみたいです。でも、辞めた後に『いじめくらいで辞めるなんて、これだから女は』という厳しい声もありました。この村は男尊女卑の激しい地域。女医というだけでやりづらかったと思います」(村に住む60代女性)


ネット上での「医師いじめの村」という評価を決定づけたD医師の辞任劇。だが、現地で聞き取りをする限り、明確ないじめが確認できたのはこのケースのみ。後任のE医師のケースでもいじめはまったくなかったようだ。

「E先生は強いタイプだったし、実際に辞める際にも、『マスコミはまたいじめで医者が辞めるなんて騒ぎたてるかもしれないけど冗談じゃない! いじめなんてないし、むしろオレが村民をいじめたくらいだ!(苦笑)』と言っていたほど。辞めた理由はもっぱら今の村長とうまくいかなかったからとの話。実際に、診療所でふたりが言い争う姿も目撃されてるし、オレも本人から直接、コレ(親指を立てて)とうまくいかないから辞めると聞いてる。コレ(親指)は村長の隠語だよ」(村の事情通)

■そもそも診療所維持に無理がある?

このように直近のF医師を含め、歴代医師の辞任の理由はひとつひとつ事情が違う。しかし、これだけ連続して医師が辞めるのには、いじめ以外の共通した「何か」があるはず。

地域医療問題に詳しい栃木県塩谷郡市医師会の岡一雄副会長はこう分析する。

「そもそも地域医療はどこも医師不足です。市立病院が赤字撤退しているような時代に、村単独で診療所を運営するのはかなり無理があること。上小阿仁村に行ったことはありませんが、村で診療所を維持しようということ自体が困難なことだと思います」

つまり、上小阿仁村に独立した診療所を置くこと自体難しいのではないかということだ。

「もし診療所を運営していくなら、この地域出身者が医師を務めることが望ましい。今の時代、ほかの地域から公募で来てもらって、何十年も過疎の村で医者をやってもらうのはあまり現実的ではない」(岡副会長)

確かに上小阿仁村では、医師公募を始めたC医師以降、まったく定着していない。B医師より以前は近隣大学から紹介を受けたり、村長が医師を説得し連れてくるなどして医師を確保していた。村役場担当者は、「B医師退任後から、大学から医師を呼べなくなった」とコメントする。

「医師へのバックアップ態勢も地域医療では重要。例えば、周辺の診療所や病院と連携して、休診日以外に代診の先生が来る日をつくる、といった措置が必要です。住み込みで地域医療に当たる場合、急患などの場合はひとりで対応しなければいけない。365日24時間の態勢になるわけです。しかし代診の先生がいたら、その日は患者を任せて休むことができる。週1日でも、こんな日がないとやっていけません」(岡副会長)


また、他地域の人間には聞き取りづらい方言や、この地域の宿命ともいえる厳しい冬と陰鬱な曇天、遊興施設や飲む店もほぼないなど、厳しい諸条件もそれぞれの医師の辞任になんらかの影響を与えた可能性もある。

一方、村民の気質を問題にする声も聞かれた。30代の村民の男性は自戒を込めてこう吐露する。

「村全体が差別的な目で見られるのは悲しいですが、ここまでくると村民ひとりひとりが意識改革する必要はあると思う。この村に生まれて、暮らしてきて思うことは、やはりここはどこか閉鎖的だし、他人の噂話が大好きで根も葉もない誹謗中傷が飛び交うコトもある。人間関係も面倒なことだらけ。ある家庭に子供が生まれたとき、『あの子の本当の父親は違う』なんていうデマが流れたこともありました。そういうところはボク自身すごく嫌いです。だからお医者さんもいづらくなるんだと思います。……こんな話が雑誌に載ったら、『コイツは誰だ』って犯人探しが始まるかもしれない」

F医師が去った直後、北秋中央病院(現・北秋田市民病院)の元院長で前北秋田市長でもある岸部陞(すすむ)氏が臨時の診療所長となっている。村幹部の男性は「このまま後任になってほしい」と希望を口にするが、岸部医師はすでに76歳と高齢だ。何年も村の診療所にい続けるのは現実的ではないだろう。

岸部臨時所長が辞めるとき、またネットでは「5人目の被害者が出た」といわれるのかもしれない。上小阿仁村の受難は続く―。

(取材・文・撮影/コバタカヒト)

医師の定着しない上小阿仁村診療所。公募されているのは常勤の内科医で、外来者数は一日約64人だとか