プロ野球もキャンプ入りし、盛り上がりを見せているが、「国民的スポーツ」と称されるプロ野球で起こった「大事件」の裏側を、当時を知る人々の証言を元に明らかにしよう。

 日本プロ野球史に刻まれた『空白の一日』──1978年11月21日、翌日に行なわれるドラフト会議に先立って、読売巨人軍が野球協約の盲点を突き、江川卓との電撃契約を発表した。
 
 この一件から、江川は“悪役”のレッテルを貼られるようになるが、彼自身は謀略に巻き込まれた“被害者”である可能性が高い。江川と親交の深い、スポーツライター・永谷脩氏が語る。

 「前年のドラフトでクラウンライターの指名を拒否して米国に留学していた江川と、ロサンゼルスで会う約束をしていました。一緒にドラフト会議をテレビで観るためで、彼から事前にチケットも送られてきていた。しかし前々日になって、江川から“急遽帰国することになったから、来ないでほしい”という国際電話がかかってきたんです」

 江川自身、帰国理由を知らされていなかった。

「彼も“どうしてだか分からないんだけど……”とひどく困惑していました。おそらく、本人も巨人との契約のことは知らなかったのだと思います」(永谷氏)

  実は当時、米国航空会社のストライキの真っ最中で、ロスから東京への便は空席がなかった。しかし江川は、シアトル経由のファーストクラスで帰国。これには江川の後見人を務めていた、某大物政治家事務所が関わったとされている。弱冠23歳の青年は、様々な大人の思惑に翻弄され、その後大バッシングを浴びた。

  入団後も身に覚えのない報いを蒙った。チームの決まりごとを教えてもらえず、間が悪く先輩より先に風呂に入ると、「裏口から入ったヤツはルールを知らん」などと陰口を叩かれ、慌てて謝りの電話を入れたという逸話が残っている。電話に出たのは陰口を叩いた選手の妻。「評判とは違って、意外に悪い人じゃないみたい」と語っていたという。

※週刊ポスト2013年2月15・22日号

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