『モンタヌスが描いた驚異の王国 おかしなジパング図版帖』(パイ インターナショナル)
日刊サイゾー

「オォ、ユメの国ジパングとはドンナ国なのか……?」
 
 なーんて言って出発したかどうかは知らないが、ヨーロッパ人が日本を「発見」したのは1543年のこと。この頃、ヨーロッパでは大航海時代を迎え、アメリカ大陸やアジア大陸などに次々と進出。未知の国の不思議な文化や風俗を伝える出版物が非常に人気を集めていた。

 当時、日本に関する出版物もあったのだが、ヨーロッパから遥か東の最果てにあり、しかも後に鎖国が行われたため、ヨーロッパまで届く情報は極端に少なかった。そんな時代にヨーロッパ人が描いた、日本に関する絵図や挿絵を集めた1冊が『モンタヌスが描いた驚異の王国 おかしなジパング図版帖』(パイ インターナショナル)だ。

 空想と思い込みにあふれた、どこにも存在しない日本が多数登場する本書だが、タイトルにもなっている17世紀のオランダ人・モンタヌスが著した「日本誌」の挿絵は、なんとも言えぬ絶妙なユーモアに富んでいる。この本では、それまで断片的であった日本の情報を網羅的に取り上げ、初めて挿絵を入れる、という画期的な試みが行われたのだが、その挿絵が「んんっ? 本当に日本を描いたの!?」と思わず疑ってしまうほど、日本離れしている。

 日本人の顔立ちはちょっと欧米風で、頭のてっぺんにまったく毛がなく、ハゲ散らかしのカッパ風。さらに、強引に西洋的な文化をミックスしたものも多く見られ、大名行列らしき中にまるでハーメルンの笛吹きのような陽気な楽隊がいたり、仏像にはまさかの大きなおっぱい。しかもその周りを、キリスト教の宗教画によく見られる小さな天使らしきものが飛んでいる、というとんでもない空想っぷり。

 それもそのはず、モンタヌスは教科書や歴史書を多く手がけていたものの、日本へ行ったことがない。もちろん先人の文献を収集し、独自に入手した口頭情報を元に描いているのだが、なんせ見たことがないので妄想が大暴走している。

 けれど、それが堂々たる躍動感に満ちていて、こんな面白い国があったらぜひとも行ってみたい、という気になるから不思議だ。

 また本書では、50冊以上の参考文献から抜粋した、当時のヨーロッパ人が日本で見聞きした内容も盛り込まれていて、これまた面白い。ヨーロッパ人の使節団は、日本の将軍の質問攻めに遭うことが多かったようで、

「われわれはある時は立ち上がってあちこち歩き回らなければならなかったし、ある時は互いに挨拶し、それから踊ったり、跳ねたり、酔っ払いの真似をしたり、つかえつかえ日本語を話したり、絵を描き、オランダ語やドイツ語を読んだり、歌をうたったり、外套を着たり脱いだり等々で、私はその時ドイツの恋の歌をうたった」

とあったり、文化の違いとして、

「われらにおいては、人びとはまったく人目につかぬように、家で身体を洗う。日本では男も女も、仏僧も、公衆浴場で、もしくは夜分、(自宅の)戸口で入浴する」

「われらは、親指または人さし指で鼻孔をきれいにする。彼らは鼻孔が小さいので、小指でそれをおこなう」

など、日本がどういう国だったのか、ヨーロッパ人の彼らの目を通して、細やかに伝わってくる。

 もしも、今のような情報にあふれる世の中ではなかったら、学術書や旅行記を読んで、どれだけ未知への国に憧れ、空想にふけることができただろうか。インターネットでなんでも調べられてしまう今の時代、もはや地球でまったく未知の国や場所は、ほとんど見つからないのかもしれない。そう思うと、この時代の人々がちょっとうらやましくもある。
 
本書を読んで、この時代のヨーロッパの人々が描いていた、とんでもない驚異の王国ジパングへ、ぜひ旅立ってもらいたい。
(文=上浦未来)
 
●みやた・たまき
1964年生まれ。作家・エッセイスト。著書に『はるか南の海のかなたに愉快な本の大陸がある』『スットコランド日記』『スットコランド日記 深煎り』『だいたい四国八十八ヶ所』(本の雑誌社)、『ふしぎ盆栽ホンノンボ』(講談社文庫)、『四次元温泉日記』(筑摩書房)、『日本全国津々うりゃうりゃ』(廣済堂出版)、『東南アジア四次元日記』『わたしの旅に何をする。』『ときどき意味もなくずんずん歩く』『晴れた日は巨大仏を見に』『なみのひとなみのいとなみ』(幻冬舎文庫)など。

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