『教室ハルヒはいない』(新井 :著、こじこじ:イラスト/角川書店)というラノベが発売された。タイトルから、あの「涼宮ハルヒシリーズ谷川流:著、いとうのいぢイラスト/角川書店)の続編かスピンオフかと思った人もいるかもしれないが、そうではない。この作品には、涼宮ハルヒどころかハルヒ的なキャラも一切登場しない。「涼宮ハルヒシリーズ作者谷川流認ではあるが、むしろこれは「涼宮ハルヒ」に一種のアンチテーゼを唱えた作品なのだ。

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 ラノベ界ので、深夜アニメの火付け役にもなった「涼宮ハルヒシリーズ。それが、今年で10周年を迎えた。ハルヒ人気ぶりは凄まじいもので、文化祭ではコスプレしてエンディングの「ハレ晴れユカイ」を踊ることが流行ったし、なんとフィリピン刑務所では更生と娯楽を的としてこのダンスが踊られていたほど。ハルヒの影音楽を始めた人もいたようだし、『涼宮ハルヒの憂鬱』を読んでラノベにはまってオタクデビューしたという人も多いのでは? そんな読者視聴者への影だけでなく、作品としても、ハルヒラノベアニメ業界に与えた影は計り知れない。『新世紀エヴァンゲリオン』(貞本義行/角川書店)から続いていた、社会をすっ飛ばし、主人公とそのごく身近な環境だけでセカイ完結している“セカイ系”の系譜を受け継ぎながら、新たに“日常系”というジャンルを築いたこのシリーズ。さらに、強インパクトを残すツンデレヒロインハルヒ無口キャラ長門有希天然巨乳朝比奈みくるなど、それぞれのキャラクター性もその後のラノベに影を与えた。

 『涼宮ハルヒの憂鬱』を読んだり見たりした人のなかには、彼らの非日常に憧れ、ハルヒカリスマ性に心惹かれた人も多かったはず。しかし、『教室ハルヒはいない』の主人公である男子高校生ユウは、ハルヒの有名なセリフ、「ただの人間には興味ありません。この中に宇宙人未来人異世界人、超能力者がいたら、あたしのところに来なさい。以上」を聞いて、「だったら、ただの人間はどうしたらいいんだ?」と胸をえぐられてしまうのだ。しかも、それが原因で学園モノアレルギーになってしまったほど。だから、『教室ハルヒはいない』には、当然宇宙人異世界人も登場しない。ユウにとっては、その日初めて会った人と1対1で何時間も話をするということだけで「人生の中でも稀有な出来事」なのだ。

 また、作品にハルヒが登場しないのにタイトルに「ハルヒ」の名がつくのには理由がある。それは、ユウクラス際の1番後ろの席。つまり、「涼宮ハルヒシリーズハルヒが座っている席の女の子が、入学から2ヵ以上経つのに1度も登校していなかったから。そこで、ユウクラスメイトで悪友の白河は、彼女に「涼宮ハルヒ」というあだ名をつけて呼んでいた。だけど、ユウ白河が「『涼宮ハルヒ』が登校してきたら人生は変わるかもしれない」と言っているのを聞いても「それこそマンガアニメの話だろ」とそっけなく返す。「少年が一人の少女に出会い、人生ががらりと変わってしまう」というボーイ・ミーツ・ガール話は世の中に溢れているが、それはあくまで「現実がそうではない」から。「そうだったらいいなと思う人はたくさんいても、そうだった人なんていない」と、ハルヒ的な非日常も、ボーイ・ミーツ・ガール話も、圧倒的な存在感を放つハルヒキャラクターも、すべて否定しているのだ。たしかに、彼の言うとおり、現実にはハルヒのようにぶっ飛んだキャラは登場しないし、大半がラノベアニメの“日常系”と呼ばれる作品よりも、さらになんてことない日々を過ごしている。この作品のタイトルに『教室ハルヒはいない』とあるように、どのクラスだろうとハルヒのような存在はいないのだ。

 『教室に~』の主人公ユウは自分でも意図せず、声優幼馴染女の子や有名なアニメ脚本家人気アイドル声優など、アニメ業界の人間とかかわっていくことになる。はたして『教室ハルヒはいない』は、セカイ系ブームを打ち壊し、日常系へとシフトさせてきた「涼宮ハルヒシリーズのように、新たなジャンルへと導くポストハルヒになれるだろうか。

文=小里
ダ・ヴィンチ電子ナビより)

『俺の教室にハルヒはいない』(新井 輝:著、こじこじ:イラスト/角川書店)