“サバイク”と、“サバ博士”右田さん。
Excite Bit コネタ

小さい頃、私は牡蠣がダメだった。どう調理しても、無理。箸ではじいて避ける存在だったもの。
しかし、これが大人になったら様相が変わってくる。1カ月の内の25日は牡蠣でいい。大好物。子供時代の私は何だったんだろう。そして、私に何が起こったのだろう。自分でも、よくわからない……。

そして、ここにも幼少期と味覚が全く変わってしまった人がいる。しかも、変わりっぷりが半端じゃない。“サバ博士”を自称する右田高有佑(みぎたこうすけ)さんは、昔は魚が大っ嫌いだったそうだ。
「ウチの母が悲しくなるほど料理がヘタで、魚の生臭さを取ることができなかったんです」(右田さん)

しかし、19歳の頃に「人が足りなくて困ってるから、入ってくれ」と、知人によって強引に魚屋に就職させられてしまう。すると「魚って美味しいんだ……」と、そこで初めて気付き、次第に魚の魅力にハマっていくことに。
その後、23歳になった右田さんは「もっと大きな世界を見てみたい!」と、単身オーストラリアに渡豪。そこではジャパニーズ寿司店に勤め、マグロをさばく仕事をしていたそうだ。

そして3年後、帰国。紆余曲折を経て、30歳で居酒屋をオープンする。そのお店のメニューはほぼ魚料理で、中でも人気を博したのは「サバ寿司」だった。
「遠方から、サバ寿司を買いに来てくれる方が多くいらっしゃいました。それで、サバだけをもっとプッシュしてみようと思ったんです」(右田さん)
そんなこんなで2009年6月に起ち上げたのが、サバずし専門店「鯖や」。そして、それと同時に右田さんも“サバ博士”を名乗るようになった。

では、“サバ博士”の活動には、どんなものがあるのか? まず、一番気になるのはオリジナルのバイクだ。もう、見た目が言うことない。屋根に1メートルのサバの模型が施されている。
「現在はお店のディスプレイになっていますが、開店して2年目くらいまではデリバリーの際に実際に乗っていました。ウチの広告塔のような存在です」(右田さん)
これは右田さんの奥様がデザインしたもの。競争が激しい寿司業界を生き抜くため、苦心の末に製作された功労車である。

それだけじゃない。上記の“サバイク”に乗ってデリバリーに行く時は、必ずBGMとして“サバソング”をかけていた。曲名は『サバばばーん』。
早速、取り寄せて聴いてみた。すると、いきなり「鯖やぁーーー!」と高らかに雄叫びが……。これは、店名か。続いて「サバ、サバ、サバ、サバ、サバばばーんっ」という、トラウマ必至の呪文のようなフレーズが、延々繰り返されている。
しかし、その後は「栄養たっぷりD.H.A ビタミン ミネラル バンバンバン」、「はやく君に食べられたいんだ」と、味わい深いフレーズも登場。勢い一発かと思いきや、コクのある歌詞だったりするのだ。

それにしても、あまりにもなインパクトで私は気圧されたまま。嵐のような3分19秒でした。
「2年前に一枚500円で販売したのですが、3枚くらいしか売れませんでした」(右田さん)
しかしこれらの宣伝活動が功を奏したのか、右田さんはデリバリーのみで月に約2000本のサバ寿司を売り切っていたとのこと。

そして、“サバ博士”の活動はまだ終わらない。2008年には「読むだけでサバのすべてがわかる」と謳った『家庭のサバ』(税込1,050円)なる本も執筆。
内容は、サバの効果効能や歴史、豆知識などを深くわかりやすく記した名著である。さすが、“サバ博士”!

また、サバ博士は地域の小学校にてお寿司に関する教室も開催する。そこでは、まず小学生にネタを切らせ、“軍艦寿司”“手巻き寿司”“手まり寿司”を各々で作って体験してもらっている。こうして、一匹の魚からお寿司になっていく過程を学ばせるのが狙いだ。
「子供たちの中には、サバを食べたことがある子ってなかなかいないんです。ただ、教室で初体験のサバを食べると『美味しい!』と、みんな言ってくれますね」(右田さん)
貴重なお寿司の体験授業なのだが、サバの普及についても抜かりなし。さすが、“サバ博士”!

もちろん、同店のサバは味も保証付きだ。「鯖や」では青森県八戸産の“八戸前沖サバ”しか使っておらず、同店ではそれを“とろ鯖”と呼んでいる。
(寺西ジャジューカ)

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